第23話 強行突破!(後編)

 俺はヘッドライトを消したまま、静かにCBRを走らせた。

 この豪雨のお陰で、ゆっくり走ればエンジン音もそれほど遠くには響かないはずだ。

 バルアック高原はこの丘陵地帯の森林を抜けたところにある。

 強い風雨を避けるためか、魔王軍はその丘の反対側に下ったところに夜営しているらしい。

 俺にとっては好都合だ。


 と道の真ん中に立ち塞がるように立っている人影が見えた。

 魔王軍の一人か?

 俺は警戒したが、人影が見えた時は既にバイクは近づきすぎていた。

 相手は俺を避ける様子もなく、道の真ん中に立っている。

 俺は人影の5メートルほど手前でバイクを停車させた。


「誰だ?」


 エンジンは切っていない。

 いざとなったら、バイクで突進するしかない。


「やっぱりココに来てしまったようですね」


 相手はグレーのローブを着ていた。

 顔は見えない。

 だがその姿には見覚えがあった。


 そうだ、集落の手前で足が痛くて動けないと言っていた老婆だ。

 あの老婆が、なぜこんな所に?


「アンタ、夕方に出合った老婆だよな?なぜこんな所にいるんだ?」


 俺の問いには答えず、老婆はゆっくりと俺に近づいて来た。


「あの時、私は言いましたよね?『運命の選択を迫られる』と」


 俺はスロットルを握る手に力を込めた。ギアは一速、そしてクラッチは握っている。

 いつでも発進できる。


「あんた、何者なんだ?」


 ただの老婆がこんな所にいる訳がない。

 と言うことは敵なのか?

 すると老婆はクスクスと笑った。


「私が誰かなんて、ハヤテさんはとっくに知っているはずですけどね」


「なんだと?」


「ハイッ」


 老婆は顔を隠していたローブを跳ね上げた。

 そしてその下から現れた顔は老婆のそれではなく、輝くばかりに美しい少女のものだった。


「あ、あなたは!」


 彼女はニッコリと笑った。


「そうです、女神ハイジアです。まだこの世界に来たのに一週間も経ってないのに、私の顔を忘れたって事はないですよね?」


「なぜあなたがこんな所に?」


 呆気に取られる俺に彼女は笑顔で答える。


「そりゃハヤテさんが心配だからに決まってます。あなたは無理をしそうな人だから。さっき言ったでしょ、『優しさは武器にも弱みにもなる』って。そして想像通り、あなたは『優しさ』によってムチャをしてココに来てしまった」


「俺を止めに来たって事ですか?」


 すると女神ハイジアは顎に人差し指を当てて首を傾げた。


「う~ん、正確に言うと違います。だってハヤテさんが魔王軍と戦うって言うのは、半分は期待していた事ですしぃ」


「え、でもあなたは俺に『魔王と戦う役割を押し付ける気はない』って、そう言っていたけど」


「その通りです。『押し付ける気』は毛頭ありません。そもそも神々が人間の世界に不必要に干渉する事は禁止されていますから。だけど『人間が勝手に魔王に立ち向かう』事は止めるつもりはありません」


「なるほどね。俺に『魔王を倒せ』とは言わないけど、『魔王を倒す事は期待している』って事か」


「そうですね、もっともそれを期待しているのは私じゃなくて、女神ヘラ様なんですけどね」


「どういう事なんです?」


 だがハイジアは俺の質問に答えず、急に厳しい表情になった。


「ハヤテさん、あなたが今から戦おうとしている相手は強敵です。魔王の名は『イプカリオン』。『新世紀王』とも呼ばれています。そしてここで魔王軍と戦ってしまえば、あなたはもう運命から抜け出す事は出来ない」


「俺は魔王軍と戦うつもりはなくて、白百合騎士団の団長を助け出したいだけなんだ」


「同じ事です。魔王軍とまったく戦闘にならずに、団長を助け出す事が出来ると思っているんですか?」


 俺は沈黙した。

 俺自身も敵と戦う可能性があるからこそ、剣などの武器を持って来たのだから。


「でも素人のあなたが武器を持ったくらいじゃ、魔王軍に太刀打ちできません。いくらあなたが『ヘラ様の母乳』で強化された身体であっても。そこでヘラ様からあなたへの贈り物があります」


 そう言ってハイジアは右手を上に向けると、いつの間にかそこにはくすんだ銀色のブレスレットがあった。

 ハイジアは俺の左手を取ると、そこにブレスレットを嵌める。


「これは『ファイヤー・ボム』。魔法爆弾を発射する腕輪です」


 俺は左手の腕輪を見つめた。


「威力はどのくらいなんですか?」


「かなりのものですよ。当った場所の半径5m以内は吹き飛んでしまうでしょうね」


 ちょっとイメージがよく解らないが。


「ハヤテさんの世界の『グレネード・ランチャー』と同じくらいだと思えばいいです」


 俺の考えを読んだのだろう。ハイジアはそう付け加えた。

 もっともグレネード・ランチャーの威力も俺には解らないが。

 まぁ纏めて敵を吹き飛ばせる、相当な威力の武器だと思えばいいんだろう。


「あ、でもこのファイヤー・ボムはそれなりに魔法力であるマナを消費します。今のハヤテさんでは5発を撃つのが限界でしょう。レベルが上がればもっと上限が増えますが。今はあまり無闇には撃たないように」


「レベルって何で解るんですか?」


 ゲームのようにステータス画面でも出るんだろうか?


「それは修練と鍛錬次第です。目に見えて解るようなものじゃありません」


 ハイジアは苦笑いしながら言った。

 そりゃそうか。


「でもあなたがファイヤー・ボムを撃とうとした時、このブレスレットで撃てる回数だけ赤い点が光ります。その数が増えればハヤテさんの魔法力であるマナの上限が上がったって事ですね」


「どうやれば撃てるんですか?」


「簡単です。あなたがその左手を目標に向けて『撃て』と念じればいいんです」


「なるほど。鉄砲を撃つより簡単そうですね」


 俺はそう言ってバイクを発進させる準備をした。

 それを止めるようにハイジアは俺の胸に手を当てる。


「敵は強大です。でもあなたには神々の女王であるヘラ様のご加護があります。あなたが強く念じれば、身体の一部分だけですが鋼よりも強靭になります。普通の剣や槍、弓矢などでは傷をつける事はできません。ですが不意をつかれたり、魔法攻撃に対しては効果はありません。それを忘れないように」


 ハイジアの美しい顔がすぐ間近にある。

 一瞬、俺は返事をする事も忘れてしまう。


「最後。白百合騎士団の団長・ローゼンヌ公は、魔王軍の中でも本陣に近い東側の紫色のテントの中にいます。よって東側の崖の上から近寄れば、見張りには見つかりにくいでしょう。ですがテントには当然見張り役もいますから気をつけて」


「わかりました、色々とありがとう」


「それでは私はこれで。あなたが成功する事を祈っています」


 ハイジアはそう言うと、暗闇の中に吸い込まれるように消えて行った。



この続きは明日の夜8時過ぎに公開予定です。

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