第24話 たった一人の救出作戦(前編)

 木々がまばらになった丘陵地帯を東側に迂回してバイクを進める。

 もちろんヘッドライトは切ってある。

 東側は女神ハイジアが言った通り、ちょっとした崖になっていた。

 高さは十メートルほどだろうか。


 俺はバイクを大木の陰に隠した。

 念を入れて潅木を切って車体を覆っておく。

 豪雨のお陰で魔王軍の連中は俺の接近には気付いていない。

 だが逆に言うと、こちらも敵の見張りがどこにいるのか、よく解らない状況だ。


 崖の上からそっと様子を伺う。

 眼下には沢山の円形のテントが張られていた。

 俺の世界の『モンゴルで使われているゲル』に近いテントだ。

 どうやら魔王軍の野営地は南側から西側にかけてが兵士達の宿舎用テントとなっているらしい。

 宴会でも開かれているのか、そっちの方は明るい。

 東側は崖、北側は自分達の支配地が近いとあって警備が緩そうだ。

 篝火も少ない。


 女神ハイジアが「団長が捕われているのは、本陣に近い紫色のテント」と言っていたが、夜の上、豪雨と来てはテントの色は解らない。

 下に降りてみて、近くから確認するしかなさそうだ。

 俺はボウガンを構えて崖の下に通じる僅かな獣道を慎重に降りていった。


 テントの影から影に身を隠しながら進む。

 本陣の西側からは、勝利に酔いしれているのか時折歓声が聞える。

 四つほど進むと前方に、濃い紫色のテントが見えた。

 その前には一人の歩哨が立っている。

 おそらくあのテントだろう。


 俺はテントの後ろ側から、そっと歩哨に近づいた。

 背中の剣を鞘ごと引き抜いて構える。

 歩哨はコッチは気づいていない。

 力を込めて後頭部、延髄の当りに剣を打ち下ろす。

 この延髄を強打すれば即効で相手の意識を奪えると教えてくれたのは、大学の空手部の先輩だ。

 歩哨の男は一瞬で昏倒して前に倒れそうになった。

 慌ててその体を支える。

 歩哨の男は入り口に座った姿勢にしておいた。

 こうすれば遠目には居眠りか酒にでも酔っているように見えるだろう。


「なんだザラク、何かあったのか?」


 テントの中から声がした。

 しまった、もう一人兵士が中にいたのか?

 テントの入り口が跳ね上げられ、中から男が顔を出す。

 俺は剣の柄の部分でその男のこめかみを強打した。

 その男も昏倒する。


 俺は用心してテントの中に侵入する。

 幸い、他には兵士はいないようだ。

 テントは二重構造になっていた。

 内側のテントの入り口の布をめくって中に入った。

 中には鉄の支柱に後ろ手に縛られた女性が一人いた。

 この女性もどこかの捕虜なのだろうか?

 女性は下着と言ってもいいような、薄手の小さな服を身に着けているだけだ。

 他に人はいない。

 まさかテントを間違えたのか?

 女性が倦んだような目で俺を見上げた。

 俺は彼女のそばに近寄ると小声で言った。


「すまない、ここにいるのは君一人か?」


「だれだ、そなたは?」


 かなり疲れ切った様子だが、意思の強さを感じさせる声だ。


「誰って言われると困るが、成り行きからある人を探しているんだ。白百合騎士団の団長はどこにいるか知らないか?」


 女性の目が光った。


「なぜ団長を探している?貴様、何者だ?」


「俺はただの運び屋だ。話せば長くなるが、リュンデの町長から、そしてミッテンのハルステッド商会のミネルバさんに頼まれて、騎士団に物資を届けに来た。だが白百合騎士団の団長が魔王軍に捕まったと聞いて助けに来たんだ」


「ミネルバの?ミネルバ・ハルステッドの依頼でそなたは来たのか?」


「そうだ」


 すると彼女の目から鋭さが消えた。


「私が白百合騎士団の団長、ミッシェル・アン・ローゼンヌだ。見知らぬそなたが私のためにこんな所まで助けに来てくれたとは、俄かには信じられなかった」


「えっ、あなたが?白百合騎士団の団長のローゼンヌ公?」


 俺は驚いて聞き返した。

 てっきり団長は男だとばかり思っていたのだ。

 しかも……俺は彼女に再び目をやった。

 流れるようなプラチナ・ブロンド。

 そしてサファイヤのような青い瞳。

 肌は抜けるように白い。

 そして薄手の小さな短いタンクトップ状の下着からは、その下の豊かな膨らみが如実にわかる。

 Gカップ、いやHかIカップかもしれない。

 そして腰の回りを覆う小さな布。

 ヒップの形も良く、その下の太股から足先まで、男なら誰でも目が吸い寄せられるような曲線を描いている。

 ある意味、全裸より扇情的な格好だ。


 俺の目線に気付いたのか、ローゼンヌ団長は身体を隠すように足を縮めて膝を立てた。


「何をしている。助けに来たのなら、早くこの縄を解かぬか」


 彼女の目は明らかに俺を非難していた。


「す、すまない。今ロープを解くよ」


 俺は剣先を使って、彼女を縛っているロープを切った。


「大丈夫か?一人で歩けるか?」


 縛られた痕を揉んでいた彼女に、俺はそう尋ねた。


「大丈夫だ、問題ない」


 立ち上がった彼女を見ると、全身のアチコチに痣や傷がある。

 何でもないようには見えないが、ミッシェル・アン・ローゼンヌはかなり気丈な人のようだ。


「わかった、じゃあここから逃げ出そう。悪いが他の団員を助ける余裕はないんだ」


 するとローゼンヌ団長は暗い顔をして俯いた。


「もはやその心配は不要だ。彼らは全て死んでしまった」


「えっ?でも魔王軍は捕虜はすぐには殺さないって」


「魔王軍に捕まりそうな時、部下達は死に物狂いで私を守ったんだ。そのため魔王軍との戦闘で命を落としたんだ」


「そうだったのか」


「今さら、私一人がおめおめと生き残って国に帰っても……」


 俺は彼女の両腕を掴んだ。


「そんな事を言っている場合か?あなたがここに残って命を落としたら、あなたを守って死んでいった部下達は犬死になるんだぞ!もし本当に部下の事を思うなら、ここは恥を忍んででも逃げ出して、再度体勢を立て直して戦うべきじゃないのか?」


 彼女はしばらく躊躇っていた。だがやがて「そうだな」と小さく言った。


「これを着てくれ」


 俺はテントの横に掛かっていた、兵士用のマントを彼女に手渡した。

 彼女の白い身体は暗闇でも目立ちすぎる。


「剣を一本貸してくれ」


 彼女に言われるがまま、背中の二つの剣のうち一本を渡す。

 元々彼女のために持ってきた剣だ。


 俺達はテントを抜け出した。

 だが三つ目のテントを越えたところで、見回り兵の二人とバッタリ鉢合わせしてしまったのだ。


「おい、おまえら、どこへ……」


 皆まで言わせなかった。

 素早く二人の懐に潜り込んだミッシェルは、一瞬で二人を切り殺していた。


「おい、何も殺すことは」


 俺がそう言い掛けると


「こいつらは敵だ。そして私の部下の仇だ」


 と彼女は冷たく言い放った。

 その言い様に俺は何も言い返せなかったが、内心は「マズイ事になった」と思っていた。

 見張りの兵が戻って来なかったら、向こうだって「敵が入り込んだ」と考えるだろう。

 そしてミッシェルがいない事に気付けば、後を追ってくるに違いない。

 さらに味方の兵士が殺害されているとなれば、追跡も激しくなる。


「急ごう、ともかくここから離れるんだ」


 俺は兵が持っていた盾を奪うと、東の崖に向かって走った。



この続きは明日10時過ぎに投稿予定です。

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