第25話 たった一人の救出作戦(中編)

 雨が収まりつつある。

 豪雨を隠れ蓑にしていた俺達にとってはマイナスだ。

 そしてさらにマズイ事に、ミッシェルが倒した兵の死体が発見されたのだ。

 どうやら他の見回り兵が見つけたらしい。

 警笛が鳴り響き、「兵がやられた!」「捕虜が逃げた」という怒声が聞える。

 その時、俺達は崖の下にいた。


「ここを登るんだ!」


 俺は降りてきた時の獣道を指差した。

 だが雨のせいで崖に僅かについた獣道はぬかるんでしまい、中々登れない。

 俺は焦った。

 こんな崖に張り付いていたら、下からのいい的だ。

 そして俺の悪い予感は的中した。


「あそこに居るぞ!崖の途中だ」


 クソッ、まだ半分も登っていないのに。


「ミッシェル、急げ!」


 だが彼女は身体のアチコチにダメージを受けているせいか、雨でぬかるんだ獣道を中々登れない。

 もっともこの道では、俺も簡単には登れないが。


「あそこにいるぞ!」


 敵は続々と崖下に集まって来る。


「矢を放て!」


 その声と共に、たくさんの矢を射掛けて来た。

 俺は下側からミッシェルの身体に密着させ、二人の身体を盾で守る。

 カンカンと放たれた矢が盾に当る音がする。

 さらに下側からは、装備に身を固めた兵隊達が登ってきた。

 スパイクでも着けているんだろうか?

 防具を身につけているにも関わらず、俺達より登るスピードが速い。


「ちくしょう!」


 俺は彼らに向かってボウガンを撃った。

 カンだけ撃ったのだが、それが見事に戦闘の男の腹部に命中したらしい。


「ウオッ」


 男は小さな呻き声を上げて後ろ向きに倒れる。

 そのまま濡れた急な獣道を滑り落ち、後続の兵隊を次々とドミノ倒しにして行った。

 運が良かった。

 だが敵はさらに増え、俺達はあまりの矢の多さに、一切動く事が出来なくなってしまった。


……こうなったら……


 俺は左手に意識を集中する。

 そこに着けたブレスレットに、赤い五つの光点が灯った。


「ファイヤー・ボム!」


 左手を突き出して叫ぶ。

 それと同時に、左掌から巨大な光弾が発射された。

 光弾はまっすぐに敵兵の中心に向かって飛んだ。

 着弾と同時に大きな爆発起こる。

 敵の弓兵たちは大半が吹き飛ばされた。

 凄まじい威力だ。

 確かにこれなら爆弾を投げ込んだくらいの威力はあるだろう。

 しかもその後に炎が燃え広がっている。爆弾の威力+焼夷弾の延焼力ってところか?


「そなた、凄い魔法が使えるのだな」


 ミッシェルも驚いたようにそう言った。


「まぁこれは俺の力と言うより、神のご加護みたいなもんだから。それより今の内に崖を登ってしまおう」


 俺達はこの隙に崖を登り切った。

 一気にバイクの隠してある大木まで走る。

 覆っていた潅木を取り払い、トリコロール・カラーのCBRが姿を現した。


「これがそなたの乗り物か?」


 ミッシェルが信じられないような目でCBRを見つめる。


「ああ、まあ騎馬みたいなものだと思ってくれればいい。だがこの世界のどんな乗り物も、速さではコイツには敵わない」


 俺はCBRに跨るとミッシェルに後ろに乗るように指示した。

 彼女は怖々タンデムシートに跨る。


「しっかり捕まっていろよ。ちょっと気を抜くと振り落とされるからな」


 俺はセル・スターター・スイッチを押し、エンジンを目覚めさせる。

 敵はまだ崖の上に現れていない。

 ここで焦る必要はないはずだ。

 そう思いつつも俺は、CBRを急発進させていた。


 もうこうなったらスピード勝負だ。

 ともかく一刻でも早く、少しでも遠くへ逃げるしかない。

 俺はヘッドライトを点けて夜の山道を疾走した。


 だがこの考えは甘かった。

 バイクと騎馬・騎竜との違いは何か?

 それは騎馬・騎竜は『道ではない林の中』でも駆け抜けられる点だ。

 バイクに出来ない訳じゃないが、そのスピードは騎馬・騎竜には劣る。

 しかも土地勘だって向こうの方がある。


 鋭い警笛の音と共に、右側の林を勢い良く敵兵達が駆け下りてきた。

 数えていられないが、相当の数だ。

 俺は左手を敵兵の群れに突き出した。


「ファイヤー・ボム!」


 光弾が発射される。

 直後に激しい爆発音が響いた。

 だが今回はさっきほど密集していなかったようだ。

 まだ追いかけてくる多数の騎馬や騎竜の足音が聞える。


「私に任せろ!」


 後ろに乗っていたミッシェルが叫んだ。

 そして俺のジャンバーの襟首を掴んで立ち上がる。


「私が引っ張った方へ、乗り物を誘導してくれ。安心しろ、私はこれでも騎馬戦闘は得意中の得意だ」


 なるほど、俺は騎馬代わりって事ね。

 ミッシェルはスラリと剣を抜いた。

 俺はバックミラーに目をやり、背後の敵を確認する。

 さらに横手から潅木を突っ切って、騎馬に乗った兵士が襲い掛かってくる。

 ミッシェルはその敵の方に俺の襟首を引っ張る。

 俺は言う通りに敵兵側に車体を寄せた。

 キンッ、ズシャ

 という音と共に、騎馬から男が落ちていくのが見える。


 続いて反対側から騎竜に乗った兵士が、俺達に槍を突き出してきた。

 だがミッシェルはその槍を簡単に剣で弾くと、相手の首を薙ぐように剣を振るう。

 首が落ちたかどうかは確認できなかったが、騎竜も追跡からは脱落した。

 その後も次々と襲い掛かってくる敵兵達を、ミッシェルは立ち木でも切るかのように切り倒していった。

 彼女の剣の腕はかなりのものだ。

 十人以上は倒しただろうか?


 だが安心するのはまだ早かった。

 深い森の中でカーブを回った所に、十騎ほどの騎竜の一団が待ち構えていたのだ。

 先回りされていたらしい。

 彼がが柵のように突き出した槍の手前で、俺は急ブレーキをかけてCBRを止めた。

 そして背後からはやはり十騎ほどの追手が迫っていた。

 俺たちは挟み撃ちにされてしまったのだ。

 俺は周囲を見渡す。だが逃げ場はない。


「おのれ……ここまで来て……」


 背中でミッシェルの憎悪の声が聞こえた。

 敵は俺たちを挟み撃ちにした事で余裕が出来たのか、前後ともゆっくりと距離を詰めて来る。

 警戒しつつも逃がさない、そんな意志が感じられる。


「ミッシェル、俺の背中にしがみついて体重を預けてくれ。何があっても手を離すんじゃないぞ」


 俺はタンクに跨るかのように、身体の重心を前にかけた。

 ミッシェルは意味が解らないようだが、黙って俺の言う通りに抱きついてくる。

 俺は前輪ブレーキをしっかりと握り、クラッチを握ったままスロットルを徐々に開いていく。

 エンジン音が甲高くなる。

 敵の魔王軍は、その音に一瞬怯んだようだが、それでもすぐにジワジワと間合いを詰めて来た。

 やはり生まれて初めて見る未知の乗り物に脅威を感じているようだ。


……二人乗りの状態で出来るか?……


 俺の危惧はそこだった。

 スタント経験のある俺でも、これから行う技は二ケツでやった事はない。


……だがやるしかないんだ……


 俺は身体をゆすり、前輪に何度か体重をかけた。

 フロントサスペンションが沈み込む。

 何回目かでフロントに体重をかけた時、俺はスロットルを捻ると同時にクラッチをスパッと勢いよく繋いだ。

 ギャギャギャギャギャギャ!

 CBRの後輪が勢いよく空転する。

 それと同時に石や砂利、そして砂埃を巻き上げた。

 俺は前輪ブレーキをかけたまま、後輪を激しく空転させながら車体をコンパスのように回転させる。

 マックスターンだ。

 その激しい勢いでタイヤの焦げる臭いと共に、俺の周辺は砂嵐状態となった。


 魔王軍の騎竜が驚き、身体を跳ね上げる。

 その背に乗った兵士たちが振り落とされた。

 いまだ!

 俺は前輪ブレーキを離し、アクセルを一旦戻して後輪のグリップ力を回復させた。

 CBRが前輪を持ち上げ、ロケットのような爆発的な加速で発進する。

 そのままの勢いで、前方に居た騎竜の間を突破する。

 だが砂煙の中、しばらく敵は俺たちが逃げ出した事に気が付かなかったようだ。


「ヤツラが逃げた!」


 その声が聞こえた時、既に俺は数十メートルは離れていた。 

 追いかけても間に合わないと悟ったのか、矢を射かけて来る。


「ミッシェル、俺の前に座れ!」


「どうする気だ?オマエが盾になるとでも言うのか?」


「いいから、時間がない!さっさと俺の前に来て、身体を伏せろ!」


 疑問顔のミッシェルを、俺は抱きかかえるようにして前に引き寄せた。


「タンクに身を伏せてろ!」


 彼女は言われた通り、タンクに身を伏せる。俺はその上に覆いかぶさった。

 女神ハイジアの言葉が正しければ、俺は集中さえすれば瞬間的に身体を硬化させる事が出来るはずだ。

 背中に意識を集中する。

 ビュンビュン飛んで来る矢の一本が、俺の背中に命中した。

 ガツンと言う衝撃を背中に感じたが、それが刺さった感触はない。当然、痛みもない。

 俺は三度、左手を突き出した。後方に向けて叫ぶ。


「ファイヤー・ボム!」


 凄まじい爆裂音と共に、追跡部隊からの攻撃は止んだ。

 林の中の一本道だ。あの爆発を避ける方法はないだろう。

 後はともかく逃げるだけだ。

 街道に出てさえしまえば、ヤツラの騎馬や騎竜では追いつけない。




この続きは明日の10時過ぎに投稿予定です。

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