第26話 たった一人の救出作戦(後編)

 CBRが山岳地帯の小高い丘の上までたどり着いた。

 既に魔王軍の追跡はない。

 俺達には追いつけないと知って諦めたのだろう。

 彼らにしても当初の目的であるバルアック高原は占領できたのだから、ここで深追いする必要もないはずだ。


 既に雨は止み、雲も晴れて月が昇っていた。

 俺はバイクを止める。


「ここまで来れば安心だろう」


 俺はタンク側にしがみ付いているミッシェルに、そう声を掛けた。

 彼女はゆっくりと身体を起して、俺の方を振り返った。


「助かったんだな、私は」


 そう言う彼女の顔を見て、俺は改めて絶世の美女が半裸で俺の腕の中にいる状態である事を思い出した。

 しかも彼女はかなりのナイスバディだ。

 その彼女の身体を俺は両腕だ抱いている感じになっている。


「そう言えば私はまだ、自分を救ってくれた勇者の名前さえ聞いていなかったな」


 彼女が願うような目でそう言った。俺は急に胸の鼓動が高鳴るのを感じる。


「は、ハヤテ。千条ハヤテ、です」


 なぜか急に敬語になってしまった。

 いや、何を焦っているんだ、俺?

 でも彼女のスタイルは男心をそそり過ぎる。

 白い肌に豊満な胸。

 しかも細く引き締まったウエストに形のいいヒップ、そして素晴らしい曲線を描いた太股。

 それを抱きかかえた形の俺の両腕には、彼女のバストの、ウエストの、ヒップの感触が直に伝わってくる。

 なにせ彼女は辛うじて胸だけを隠したような薄地のタンクトップと、腰の部分を覆ったやはり薄布だけなのだ。

 男なら妙な高まりを感じるのは当然だろう。


「千条ハヤテ殿か……」


 彼女は俺の名前を胸に仕舞いこむように、そう繰り返した。


「あ、あの、その、ミッシェルさんは、大丈夫だったのかな?その、魔王軍に変な事とかされなかった?」


 自分で言ってから「しまった」と思った。

 何を言っているんだ、俺は?

 彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて両手で胸元を押さえた。


「だ、大丈夫だ。捕まってからは形式的な尋問があり、テントに捉えられてからはすぐにハヤテが助けに来てくれたし……」


 そして上目遣いに俺を見る。


「本当にありがとう、ハヤテ」


「じゃ、じゃあさ、早く部隊の所に戻ろう。きっとミッシェルさんの部下も心配しているだろうし」


 彼女ははにかんだように笑った。


「ミッシェルでいい。さっきまではそう呼んでいたではないか」


「あ、ああ」


 だが彼女は不意に辛そうな顔をした。


「私は……もう騎士団には戻りたくない。今回の戦闘で、私が他の騎士団の団長からどんな目で見られているか、よく解った。それにこの王国の軍のあり方自体にも疑問を感じてしまった。私にとって騎士団は、そして軍とは、本当に名誉と命を賭ける価値のあるものなのだろうか?」


 俺はどう答えればいいのだろうか。

 俺は彼女の事も、そしてこの世界の事も何も知らない。

 ただ人の話から、ミッシェルが正論を口にして己の正義を貫こうとしたが上、同じ騎士団の団長から疎まれている事は知っていた。


「それに私がいれば、また部下達が巻き添えで危険な目に合う事になる。今回も多くの部下達が命を落とした。すべて私の責任だ」


「そんな事……」


 だがそれは慰めにはならない事は、俺自身も解っている。

 彼女は夜空を見上げた。


「それにこんな大失態を犯した団長なんて、間違いなく懲罰ものだ。処刑される事はないだろうが、団長資格どころか騎士の称号も剥奪だろうな。私の今までやって来た事はなんだったんだろう」


 深いため息の後、俺を見て自嘲気味に笑った。


「と言っても屋敷に戻って父上の言う通り、花嫁修業に精を出す気にもならないけどな。どうせ政略結婚でどこかの年老いた妻のいない貴族に嫁がされるだけだし。いっそこのまま、旅に出たい気分だよ」


 その時、なぜ俺がそんな事を口にしたのか解らない。

 だが俺の口から、自然に次の言葉が出てきた。


「ミッシェル、良かったら俺達と一緒に来ないか?」


「えっ?」


 驚いたように彼女が俺を振り返る。


「俺もこの世界に、いやこの国に来たばかりなんだ。まだ仕事も家もない流れ者なんだけどさ。でもある程度のお金は持っているから、しばらくは何とかなる。ミッシェルもその間に、家に帰るかヨソの土地に行くかを考えればいい」


 すると彼女は優しい笑顔を浮かべた。


「そうだな。私を助けてくれた勇者と、しばらく一緒に旅をするのもいいかもしれないな。どうせ軍に帰った所で、意味のない軍事裁判と責任を押し付けられるだけだ。ハヤテと一緒にいた方が楽しそうだな」


 そう言って彼女は俺の胸に手を置き、そっと寄りかかって来た。


「そんな勇者だなんて……俺の方こそミッシェルの強さにはお世話になると思うんだけど……」


 そう言った俺を、ミッシェルは見上げる。

 彼女の美しい顔が目の前にある。

 そして青い月光の中、彼女の姿はさらに美しく見えた。


 な、なんだ、これ。もしかしてこれって俺にオイシイ展開?このままキスできちゃうとか?

 俺は怖々とミッシェルの両腕を掴んだ。

 だがミッシェルはそれを咎めない。

 ただ静かに俺を見つめている。

 その目の中に吸い込まれるような気がして、俺は……


「ハヤテ、どこだっち?無事け?」


 突然、俺の耳元で大きな声がした。

 俺は驚いて周囲を見渡す。


「レミか?」


「ハヤテ、無事だったんやな。良かったっち。一人で白百合騎士団の団長を探しに行ったって聞いたから、ビックリしたやん。いまどこにいるっち?」


「バルアック高原より手前の山岳地帯だ。街道の枝道に集落があって、その近くだ」


「良かった。ワタイはハルステッド商会の人と一緒に、その集落にいるんだやん。今からそこに迎えに行くっち」


 それでレミの声は途切れた。


「ハヤテ、いったい誰と話していたんだ?」


 ミッシェルが不思議そうな顔をする。

 そうか、これはレミがくれた魔法具のお陰で会話できたのか。

 そう言えば着けた本人しか聞えないような事を言っていたな。


「どうやら耳に付けた魔法具で、遠くはなれた相手と会話できるらしいんだ。このすぐ近くまで助けが来ているらしい」


「ふ~ん、そうか」


 そう言ったミッシェルは、何だか残念そうに見えた。

 いや、俺もけっこう残念なんだけど。

 レミも悪いタイミングで通信してきたよ。



この続きは、明日の10時過ぎに公開予定です。

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