第19話 いざ戦場へ!(前編)

 次の日は夜明け前に起きた。

 俺がベッドから出ると、レミも目を覚ます。

 部屋を出ると既に店の中は従業員が忙しそうに動き回っていた。

 おそらく物資を運ぶために徹夜で働いていたのだろう。

 今日もザルツが一番に俺達を見つけた。


「ハヤテ様、レミ様、もう起きられましたか?朝食の用意は食堂の方に出来ております」


「ありがとう。さっそく頂くよ。それから荷馬車の方はどうなっているんだ?」


「今回は運び屋のリック・ボールデン氏が輸送を引き受けてくれる事になりました」


 そう言いながらも、ザルツの表情は堅い感じがした。


「俺が持って行く分の荷物も出来てるの?」


「はい、その辺の説明も食堂の方でさせて頂きます」


 俺とレミはザルツに付いて食堂に向かった。

 ここに宿泊した顧客用の食堂だけあって、他にあまり客はいない。

 四人掛けのテーブルに俺達が座ると、ウェイトレスが食事を運んできてくれた。

 一緒に付いているお品書きのプレートを見ると

『山雉の玉子サンド、物まねアヒルの燻製サンド、沼イノシシのベーコン、特製野草サラダ、ポマトとレンズ豆のポタージュ、発酵黒茶』

 となっている。見た目は俺達の世界の食事と変わりは無い。


「どうぞ、食べながらお聞きになって下さい」


 その言葉に甘えることにする。

 俺達が食べ始めると、ザルツが説明を始めた。


「ハヤテさんのバイクに積めるよう、言われた通りのバックを用意しました」


 俺は昨夜の内に、バイクのリヤシートに積めるツーリングバッグと、後輪側の左右に荷物を入れられる振り分け型のサドルバッグを依頼しておいた。

 どちらもこの世界には無い物だが、馬に載せるためのバッグを改造してバイクに載せられるようにしてくれたらしい。


 白百合騎士団は百人ほどの小さな部隊だと聞いた。

 そこに先に渡す物資として、回復薬と傷薬を三十人分ずつ、矢を百本、剣を二十本積み込む。

 ミネルバさん曰く、これだけでもずいぶん助けになるらしい。


「それから後方の荷馬車隊に知らせるために、狼煙用松明を二十六本積んであります」


「俺はそれを二つ、燃やせばいいんだよな?」


「はい、昼間ならその松明を焚き火の中にくべてください。狼煙二本で『異常なし』、一本なら『異常あり、要注意』、三本なら『今すぐ引き返せ』の意味です」


「夜の場合は?」


「松明を燃やすのは同じです。後方の荷馬車隊に見える場所で、松明を燃やしてください。合図は昼と同じです。ただし夜は移動はしないはずなので、荷馬車隊のリーダーのリックさんと相談して下さい」


「わかった。基本的には明るい内に騎士団の野営地に到着できるはずだしな」


 ザルツはうなずいた後で、言いにくそうに口を開いた。


「もしかしたらリックさんは、ハヤテさんに不愉快な態度を取るかもしれません。ですがあまり気にしないで下さい」


「どういうことだ?」


 ザルツはさらに顔を近づける。


「この荷運びの仕事は、輸送業者はみんな積極的ではないのです。危険地帯に行くというのもありますが。ギルドの他の業者もみんな尻込みしていて。唯一説得できたのがリックさんだけなんですが」


 彼の様子では、本当に話しづらそうだ。

 もっとも商会としては、輸送業者ギルドとは揉めたくないのは当たり前だろう。


「わかった。心に留めておくよ」


 俺はそう返事を返した。

 朝食が終わり、俺は自分のバイクを確認するために車庫に行った。

 そこには六台の荷馬車があった。多くの人が忙しく、荷台に荷物を運んでいる。

 俺は端の方に止めてあった自分のCBRに近寄った。

 CBRには既に荷物が詰まれてあった。バッグ類もしっかりと固定されている。

 昨夜の内にガソリン(ドラゴンの油だが)も入れてある。またドラゴンの油袋は頑丈であるので、予備燃料としても積み込んであった。

 俺がバイクと積荷をチェックしていると、背後に男が立つ気配を感じた。


「アンタがハヤテか?」


 振り替えると、そこに赤毛でモミアゲから顎までヒゲを生やした三十歳くらいの精悍な男が立っていた。


「あんたは?」


 俺が尋ねると男は自分の顎鬚を撫でた。


「俺はリック・ボールデン。今回の仕事で運送を引き受けた荷馬車業者だ」


「そうか、よろしく頼むよ」


 俺は挨拶をしようと立ち上がると、リックは怪訝な顔をした。


「アンタは先行して街道の様子を探る役割なんだってな」


「ああ」


「大丈夫なのか?そんな危険な役回りを引き受けて。途中で魔王軍が待ち伏せていたら、真っ先にやられる事になるぞ」


「そうかもな。だがこうでもしないと、誰もバルアック高原までの輸送を引き受けないんだろ」


「当たり前だよ。死ぬと解っていて行く奴なんている訳ねぇ。そんな奴は勇気と向こう見ずを履き違えている、タダの馬鹿だ」


「俺はその『タダの馬鹿』だと言いたいのか?」


 リックは「フン」と鼻を鳴らした。


「アンタはリュンデの町からここまで、夜の道を三時間ちょっとで来たんだってな」


「そうだ」


「ホラを吹きやがって」


 リックはペッとツバを吐いた。


「素人は騙せたかもしれないがな、俺達は騙せねぇ。道を走る事にかけてはプロだからな。どんな速い馬や騎竜を使おうが、そんな事は出来やしねぇよ。おそらく前日か朝早くに出発して、日が暮れる頃にこの街の周辺農地にでも隠れていたんだろ?それで夜中にさも『いま到着しました』みたいな顔をして現れたんだ」


 俺はリックをじっと見た。

 どうやらコイツは俺に敵意を持っているようだ。


「そんな事をして、何になるんだ?」


「さあな。まぁ考えられるとしたら『自分は速いし夜も走れる』って言いたいんだろうな。それで俺達から荷運びの仕事を奪おうって魂胆、って所かな」


 俺はリックを睨みつけた。リックも俺を睨んでいる。


「もっともそんな小細工で仕事を取ったって一時的なものさ。すぐに化けの皮が剥がれる。そのために今回はこんな馬鹿な仕事を引き受けたんだろうが」


「じゃあ勝手にそう思っているがいい。俺は自分の仕事をするだけだ」


 俺はリックに背を向けてバイクのチェックを再開した。


「ま、俺も自分の仕事はキッチリやるさ。だがな、危ないとなったらすぐに引き返すぜ。これはハルステッド商会との契約にも唄っている事だしな。オマエはキッチリ三十分毎に、俺達に合図の狼煙を送るんだぜ。一分でも遅れたら、俺達はオマエが襲われたと判断して、ミッテンに引き上げるからな」


 そう言い残すと、リックは俺から離れて行った。

 俺はその姿を横目で見た。

 ザルツから忠告はされていたが、リックは俺の事を『嘘をついて仕事を横取りしに来た人間』と思っているようだ。

 しかし俺の中には不安が沸き起こった。

 かなり危険な任務という話だが、こんな風に互いを信頼できない状態で完遂できるんだろうか?




この続きは明日10時過ぎ公開予定です。

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