第18話 閉ざされた補給(後編)

 俺は話を聞いていて、段々腹が立ってきた。

 なんて陰湿な連中なんだ。

 昼間の街の噂もあり、俺はローゼンヌ公に肩入れしたくなっていた。

 それにせっかく俺が苦労して持って来た証文がムダになるのも、なんか癪に障る。


「輸送業者のギルドは、どうすれば荷物を運んでくれるんですか?」


「どうやっても……私も料金は業者の言い値で払うと言ったのですが『お金の問題じゃない』と。彼らの言い分も理解できるんです。命の危険があるのにそこに荷馬車を出せなどと、部下にも命令できません」


 彼女は悲しそうに顔を左右に振った。

 俺はしばらく考え込んだ。


「もし誰かが先行して、輸送経路の安全を確かめる事が出来たら、輸送業者も荷物を運んでくれますかね?」


「「えっ?」」


 ミネルバさんとレミが、同時に疑問の声を上げた。


「誰かスピードのあるヤツが先行し、通行経路の安全を確かめたら後方の荷馬車達に合図を送る。そうやって道路の先の安全を確保して進めば問題ないはずでしょ?」


「それはそうかもしれませんが……その先に進んで道の安全を確保するのは、いったい誰が?」


「それは俺がやりますよ」


「ハヤテ!」


 レミが叫んで止めようとした。


「これは俺が適任でしょう。俺のバイクのスピードなら、騎馬の数倍のスピードで先を行く事が出来る。それに途中で魔王軍と出会ってしまったとしても、俺だけなら逃げ切れる可能性が高い」


「でもハヤテさんにそこまで無理をお願いする訳には。一番危険な役を引き受ける事になるんですよ」


「そうやハヤテ。魔王軍はオークの山賊やオオムカデとは相手が違うっち。魔王軍は離れた場所から魔法攻撃を掛けて来る可能性が高いやん。いくらハヤテのバイクが速くたって、魔法攻撃をかわす事なんてできないっち!ムチャやん」


「でもこのままじゃ魔王軍にルーデン村もリュンデもこのミッテンも攻撃されてしまうんだろ?そうしたら俺達が命がけで証文を届けた事だって無意味になる。それに白百合騎士団の団長がそんな立派な人物なのに、周囲の嫌がらせで命を落とすって言うのも納得できないしな」


「ハヤテ……」


「レミ、おまえはここに残ってくれ。今回は身軽な方がいいし、俺のバイクにも物資を積んでいきたい。いざとなった俺のバイクの分だけでも届けようと思うからな」


 レミは不安そうな様子を隠さない。

 俺はその視線を振り切るようにミネルバさんの方を振り向いた。


「ミネルバさん、いま話した通りです。俺が先行して輸送経路の安全を確保します。それでギルドの輸送業者を説得してください」


 ミネルバさんはしばらく思案していたが、やがて顔をあげた。


「分りました。すぐに輸送業者ギルドに連絡します。ハヤテさんには危険を冒してもらう事になりますが、よろしくお願いします」



 ミネルバさんがその夜の内に、補給物資と輸送業者への手筈を整えてくれる事になった。

 出発は翌朝8時だ。

 部屋に戻るとレミは真っ先に俺に言った。


「ハヤテはお人よし過ぎるっち」


「だって魔王軍が攻めてきたら、俺達が通ってきた町や村が攻撃されるんだろ?それに白百合騎士団の団長は立派な人だって言うし。そういうのに少しでも役に立ちたいじゃないか」


「そりゃワタイだって人助けをやりたくない訳じゃないやん。でも命を賭けてまで助けるほどの義理が、ハヤテにはあるのけ?ハヤテはつい最近、この国に来たばかりやろ?しかも今度は魔王軍と戦闘している地域へ行くんだやん。命知らずにも程があるっち」


「確かに俺はこの国の実情をよく知らない。俺が思う以上に危険な事をしているのかもしれない。俺、頭は悪いからさ。でも小さい頃から親父に言われている事があるんだよ」


「どんな事だっち?」


「『人の信頼を裏切らない人間になれ』『自分に出来る事を惜しむな』だ。親父が言うには『全ての人の信頼に答える事は難しい。知らず知らずの内に、相手の信頼を損なってしまう事も多い。だからこそ相手に期待されている事が分かった時は、全力でそれに答えるようにしろ』ってさ」


「・・・」


「親父だってそんな偉い人間じゃない。この世界では言えば一般市民で、中程度の商会に雇われているような人間だ。でもだからこそ真実を語っていると思うんだ。俺は自分に出来る事で期待されているなら、出来るだけ答えたいと思っている」


「ハヤテの国は、よっぽど平和でお人よし揃いなんだろうな……」


 レミはため息と共にそう言った。

 そしていつも身に着けている小さなポシェットをガサゴソと探り出すと、何かをつまみ出した。

 そのまま俺に近寄ってくる。


「な、なんだ?」


 そう言う俺に顔を寄せると、右耳を掴んだ。

 「バチン」と言う音と共に、耳たぶに鋭い痛みが走る。


「イテッ、何だ、何をしたんだ?」


 レミは今度は自分の右耳を掴むと、同じように「バチン」という音をさせた。


「これは魔法具で、遠く離れた相手と会話が出来るピアスだやん。これを付けていればある程度の距離があっても、相手と秘密の会話ができるっち」


「なるほど、通信機みたいなものか。どのくらいの距離まで話せるんだ?」


「魔法障壁とか、周囲に魔法系のモンスターがいるとか、色々な条件に左右されるけど、普通なら十キロくらいは離れていても会話できるっち。もっともこのミッテンの街とバルアック高原じゃ距離が離れすぎていて、どうにも出来ないけど」


 レミはそう言って寂しそうな顔をした。

 そんなレミの肩に俺は優しく手を置いた。


「ありがとう。俺の事を心配してくれているんだよな。これだけでも十分に心強いよ。でも心配しないでくれ。俺はちゃんと戻ってくるから」


 レミは潤みかけた目で、俺を見上げた。




この続きは明日10時過ぎ公開予定です。

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