第17話 閉ざされた補給(前編)

 俺とレミがハルステッド商会に戻ったのは、午後四時を回ったところだった。

 ドラゴンの油袋の中身を調べてみたところ、比重はガソリンと同様だった。

 しかも不純物もなく透明だ。

 まずガソリンとして問題なく使えるだろう。

 俺は他にも油の精製などを出来そうな場所を教えてもらい、その店と交渉した。

 時間は大分かかったが、どうやらこれで燃料とエンジンオイルに関しての問題はクリアできそうだ。


 俺達が部屋に戻ろうとすると、三階の応接室から何やら言い合う声が聞えてきた。

 かと思うと応接室のドアが開き、三人の男が出てくる。


「すみませんがいくらミネルバさんの頼みでも、こればっかりは聞けませんな」


「我々は輸送業者であって軍隊ではないんです。生還の目処も立たないような場所へ、誰が荷物を運ぶんです」


「いくら何でも危険が大きすぎます。金の問題じゃない」


 後からミネルバさんが続いて部屋を出てきた。


「待ってください。彼ら騎士団は、この街のために戦っているんですよ。それなのに補給物資も無いんじゃ彼らは無駄死にになってしまいます」


 三人の男の内、もっとも年配の中年の男が言った。


「ミネルバさん、彼ら騎士団は国のため、領土のために戦うのが仕事です。そして彼らに選択肢はない。だが我々は違う。仕事はリスクとカネが釣り合うかどうかで選べる。今回はカネの問題じゃないんです」


 そう言って三人の男は、俺達の横を通って階段を下りていった。

 その途中の会話が聞える。


「そもそも届ける相手がいるのかよ」


「もう騎士団は敗走したって話じゃないか」


「魔王軍は夜襲も得意だって言うからな」


「まったく今頃になって金が届いたからって、どうする事もできないさ」


 ミネルバさんは階段の上から、そんな三人の後姿を残念そうに見つめていた。


「あの、ミネルバさん。さっきの人たちは?」


 俺がそう声をかけると、彼女は始めて俺の存在に気付いたようだ。


「あ、ハヤテさん。そこにいらしたんですね。すみません、気付きませんで」


「何か問題でも?」


「いえ、問題と言う訳では……」


 ミネルバさんは少し考えるような顔をした。


「そうですね。ハヤテさんも無関係ではありませんものね。少し時間が早いですけど、食事を一緒にいかがですか?状況を説明いたします」


 彼女はそう言うと、再び応接室に入り、俺達を招いた。



 応接室に入るとミネルバさんは「少しだけここで待っていて下さい。残りの仕事を片付けてしまいますので」と言うと、隣の部屋へ消えて行った。

 十五分ほどすると、応接室に食事が運び込まれてくる。

 テーブルの上に、スープ、サラダ、パン、鳥肉らしい料理、ステーキらしい料理、そしてフルーツだ。

 それとほぼ同時に、ミネルバさんが再び姿を現した。


「すみません、お待たせしてしまって」


「構いません。それでお話とは?」


「まずは食事を済ませてしまいましょう。料理が冷めない内に。説明はその後にでもゆっくりと」


 俺とレミ、ミネルバさんの三人で、早めの夕食を取る。


「平日は忙しくて、私も中々落ち着いて食事を取れないんです。今日も昼食は抜いてしまって」


 彼女はそう言って笑った。


「やはりこれだけの大商会の主人となると、かなり忙しいんですね」


「そうですね。それとハヤテさんが証文を持ってきて下さったので、今日は騎士団に送る物資を調達するのに手間取ってしまって」


「今日、市場でも聞いたんですが、魔王軍が侵攻しているので食料の買占めなどが起きているみたいですね。物資が集まらないのは、そのせいですか?」


「それもあるんですが、一番の問題は流通が止まってしまっている事なんです。それでモノが手に入りにくくなってしまって」


「そうなんですか。それで騎士団に送る物資は集まったんですか」


「だいたいは……だけど別の大きな問題が持ち上がったんです。それをハヤテさんにも説明しなければと思いまして」


 ミネルバさんは表情を曇らせた。


「何があったんですか?」


「物資を騎士団がいるバルアック高原まで運んでくれる運送業者がいないんです。さっき、この街の輸送業者ギルドの人たちに頼んだんですが、ことごとく断られてしまって」


 なるほど、さっきの連中が話していたのは、そういうことか。


「それがさっきすれ違った人たちなんですね」


「ええ。この街に来るのも敬遠されるのに、さらに戦闘のある地域に荷馬車を送るなんてとんでもない、と言うのが彼らの主張なんです」


 するとレミが顔を上げた。


「戦闘地域に荷馬車を送る場合、軍隊が優先的に護衛についてくれるはずだやん。それでも彼らは行きたくないって言っているのけ?」


「今回の物資の調達は白百合騎士団からの個人的な依頼なんです。だから軍の正式な輸送命令とは違う。それに軍隊は今は州都のアーレンの守りを固めるのに精一杯です。とても個人的な依頼による輸送に、軍が護衛なんて付いてくれません」


 ミッテンの町長から資金の話を聞いた時も違和感を覚えたが、この話は軍からの正式な依頼ではないらしい。

 するとレミが俺に説明した。


「騎士団の団長は、大抵は領地を持っている貴族か大商人の一族だ。国や州政府から出る予算は潤沢ではないからな。自分の部隊を養うための資金を確保できる事が、団長としての資格になる。だから騎士団は時には強盗まがいの事もするんだ」


 ミネルバさんも残念そうに言う。


「その通りです。騎士団の団長には、何よりも部下を養い、武器を調達できる能力が必要とされる。そのために市民に迷惑をかける人も珍しくない。でも白百合騎士団の団長は違います。ローゼンヌ公は人々を苦しませる事が絶対にしない、本当に市民思いの人物なんです」


「そのローゼンヌ公という方は、街の人の評判もいいみたいですね」


「はい、私はローゼンヌ公とは個人的にも知己がありますが、とても立派な人物です。それに言いにくい事なんですが、ローゼンヌ公は他の団長に目の仇にされていて、軍の補給物資を十分に与えられていないそうなのです」


「そうなんですか?」


「白百合騎士団は貴族や大商人の子弟の訓練部隊と言う事もあり、『訓練部隊には高度な武器は必要ない』『団員が金持ち揃いなんだから、補給も彼らの実家から送られてくるだろう』と言われているらしくって」




この続きは明日7:20頃に投稿予定です。

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