第16話 商業都市・ミッテン(後編)

 翌日、朝八時頃、俺は目を覚ました。

 まだ身体はダルいが、何となく外に出ないのも勿体ない気がする。

 横を見ると同じベッドでレミが口を開けて寝ていた。

 メガネは外している。

 こうして見ていると、レミも中々可愛い顔をしているんだな。

 しかし何で同じベッドに寝ているんだ?

 ツインなんだから、もう一つのベッドに寝ればいいだろうに。


 俺は彼女を起さないように、ベッドから静かに起き上がった。

 テーブルの上のサンドイッチはキレイに消えている。

 二人分はあったはずなのに。

 俺は苦笑しながらバスルームに入った。

 シャワーは決まった時間しか使えないようなので、洗面台で顔だけ洗う。

 バスルームから出ると、レミが目をこすりながら上半身を起こした。


「悪い。起こしちまったようだな」


「平気だっち。ハヤテはどこか行くのけ?」


「ああ、少しのこの街を観光しようかと思ってね」


 考えてみれば俺はこの異世界に来てから、あまり観光を言うものをしていない。

 ルーデン村は小さな村だからそれほど見る所は無かったし、リュンデの町では教会に軟禁状態だった。

 ここミッテンは大きな街のようだし、見た感じも俺達の世界のヨーロッパ風でキレイな街だ。


「ワタイも行くやん」


 そういうとベッドから跳ね起きてきた。

 寝起きはいい方なのか?


 俺は自分の洋服、レミはソファに脱ぎ捨てたマントとトンガリ帽子を被ると、二人して部屋を出た。

 俺達が泊まった部屋は三階だ。

 階段を下りていくと二階、一階は既に多くの従業員が働いていた。

 俺達の姿を見つけたザルツが駆け寄ってきた。


「ハヤテ様、お出かけになられるのですか?朝食の準備を致しますが?」


「あ、でも忙しそうだからいいよ。それに街の中を見物したいから」


「わかりました。午後6時には店が閉まります。それ以降は夕食の準備が出来ております。ただ九時までにはこちらにお戻り下さい。入り口を閉めてしまいますので」


「ありがとう。でもそんなに遅くならないと思うから。俺のバイクは?」


「店の車庫に入れてあります。ご心配なく」


 俺は礼を言うとハルステッド商会の建物を出た。

 とりあえず中央広場まで歩いてみる。


「バイクには乗っていかないのけ?」


「うん、観光には歩くのが一番だろ。それにバイクは音もデカイし人目を引くからな」


 だが俺は別の事を考えていた。

 そろそろCBRのガソリンが無くなる頃だ。

 山道やオフロードも多かったし、燃費も悪くなっているかもしれない。


……バイクで異世界に来たのはいいけど、ガソリンとタイヤや消耗部品、それから修理なんかはどうしよう……


 その辺については、女神ハイジアも何も言っていなかった。

 ガソリンが自動的に補填される、なんて都合のいい事はたぶん無いだろう。


 中央広場をブラつく。

 このミッテンの街ではほとんど全ての道路が石畳だ。

 建物も三階建てくらいの石造りやレンガ造りの建物が多い。

 広場では様々な食料品や衣類、または生活雑貨などを売っている店が多かった。

 ちゃんと固定の店舗を構えている店もあるが、広場は市場の役目もあるらしく、個人がフリーマーケットのように出店している店も多い。

 朝から盛況のようだ。どの店もけっこう商品が少なくなっている。

 俺はある店でケバブかタコスに似た食べ物を二つ買い、そこのオバサンに聞いてみた。


「この街は景気がいいんだね。どの店も商品がよく売れている」


 だがオバサンはケバブを焼きながら困ったような顔をした。


「モノが売れるのはいいんだけどね、みんな食料の買いだめをしているんだよ」


「それはまたどうして?」


「知らないのかい?」


 オバサンは意外そうな顔をする。


「ここから北に100キロちょっと行ったバルアック高原で、魔王軍との戦闘があったんだよ」


 その話か。

 俺達はその戦闘の資金援助のためにこの街に来たんだからな。


「それで騎士団が敗北したらしくってね。今は撤退中らしいよ」


「えっ、状況はそんなに悪くなっていたのか?」


「あたしも今朝聞いたばかりで、まだ噂の段階だけどね」


 オバサンはそう前置きした。


「でもミッテンはこの国の北東側でもっとも大きな商業都市だからね。バルアック高原が落とされたなら、魔王軍は北の村や町を焼き払いながら、この街を目指すに決まっている。だから街の連中で逃げられる人は逃げ出す準備を、そうでない人は食料を買い込んで家に引きこもる準備をしているんだよ」


「この国の別の軍隊は救援に来ないのか?」


「それもどこまで期待できるのか。ここより少し南に行ったアーレンがここの州都だからね。防衛するならそっちに軍隊を回すんじゃないかって、街のみんなは話しているよ」


「オバサンは逃げる準備はしないの?」


「アタシはこの街を出ても、行くアテなんかないからね。この街で息を潜めているしかないさ」


 そこでオバサンはため息をついた。


「白百合騎士団の団長さんは、本当にいい人だったんだけどね」


 俺はちょっと興味が沸いた。


「どんな人だったの?」


「白百合騎士団は百人くらいの小さな騎士団で、貴族や金持ちの子弟が箔をつけるために入団する騎士団なんだよ。だから団員も威張っている嫌なヤツばかりなんだけどね。腕の方はからきしダメなヤツラなのにさ。本来は戦闘部隊じゃないのさ。今回も訓練と『辺境を偵察した』という実績作りのために派遣されたんだ」


 オバサンは見るからに嫌そうな顔をした。

 どうやら白百合騎士団は相当に街の人に嫌われていそうだ。


「だけど団長のローゼンヌ様だけは、規則には厳しいけど市民には優しいイイ人でね。曲がった事は絶対にしない。この前も他の騎士団の団長がアタシ達に『みかじめ料』を要求したのに対し、『王国の騎士団は国民の税金で成り立っている。その上、さらに金銭を要求するとは何事か!』ってローゼンヌ様が一喝してね」


 横でレミがウンウンと言った様子でうなずいた。


「騎士団の連中って大抵は偉そうしてるやん。店で何かを買ったり飲み食いしても、代金を支払わないなんてしょっちゅやし。『俺達が国を守ってるんだ』って態度でいるっち」


「そうなんだよ。白百合騎士団なんて名前だけのボンボンの集まりのクセにね。それでいて街の娘には手を出すし」


「でも白百合騎士団の団長だけそんなに品行方正なら、団員たちだけじゃなく、他の騎士団の団長たちからも煙たがれるんじゃないのけ?」


「そうなんだよ。特に凹まされた他の団長は根に持っていただろうね。あんな立派な人を逆恨みするなんて、最近の騎士は……」


 オバサンは再びため息混じりにそう言った。



 俺とレミは買った朝食を食べながら、広場の中を一周した。

 最初の店のオバサンが言った通り、広場での話題は『魔王軍がこの街に攻め入ってくる事』だった。

 そのために準備や逃げ場に対する話題がほとんどだ。

 そして騎士団への不満と共に、『白百合騎士団の団長・ローゼンヌ公の人柄』を賞賛する声も聞えた。


 最後に俺はオレンジに似た果物を二つ買い、レミと食べながら街を北に向かって歩いた。

 二キロほど歩いただろうか。

 建物が段々と質素になって行く中、この世界では珍しい臭いを嗅いだ。

 その臭いのする方向に進んでみる。


「おい、どこに行くんだ?」


 レミが顔をしかめて聞いた。

 この臭いが不快らしい。


「どうしても確かめたい事があってな。嫌だったら、先に帰っていていいぞ」


 俺はそう言いながら先を急いだ。

 レミは不愉快そうにしながらも後を着いて来る。


 やがて街外れの城壁にたどり着いた。

 そこには六人の男達と荷車があり、門の外に何かを運び出そうとしているらしい。

 臭いの元は、その荷車から発せられていた。

 男達は鼻と口をスカーフで覆っている。

 俺は荷車のそばに居た男に尋ねた。


「この荷車には何が乗っているんだ?」


 男は顔をしかめながら俺を見る。


「何ってドラゴンの死体だよ。傷ついたドラゴンが街の中に落っこちやがってさ。この通り悪臭を放つから城壁の外に捨てに行くんだ」


「ちょっと見せてくれないか?」


「いいけど、かなり臭いぞ」


 俺は荷車を覆っているシートを跳ね除けた。

 途端に強烈な臭いがする。

 そしてこの臭いは……間違いない、ガソリンの臭いだ。

 男達は怪訝な目で俺を見ている。

 俺は男の一人に尋ねた。


「このドラゴンの死体は捨てるんだよな?」


「ああ、臭いし他に使い道もないからな」


「それなら俺にくれないか?」


 男達は顔を見合わせた。


「いいけど、こんなモノ、一体なにに使ううんだ?」


「ドラゴンから油を取りたいんだ。誰かナイフか剣を貸してくれないか?」


「おいおい、ドラゴンの油は何も使えないぞ。まず食用には使えないし、灯火用の油としても燃えすぎて不向きだ。そもそも瓶に入れておくと、すぐに蒸発して無くなっちまう」


 そう言いながらも男は短剣を貸してくれた。

 俺はドラゴンの喉元から注意深く短剣で切り裂いていった。

 すると喉の奥から腹側肋骨の内側に向かって、灰色の頑丈そうな袋が繋がっていた。


「それがドラゴンの油袋さ」


 男がそう教えてくれた。

 俺は男達からロープを貰い、その食道に続く部分を縛って切り離した。

 二つの油袋が取り出せる。

 両方で二十リットル近くありそうだ。

 だがドラゴンそのものからも石油系の臭いがする。


……ドラゴンの脂肪は石油に近い成分なのかもしれない……


 これは上手く行けば、バイクの燃料やエンジンの潤滑油として使えそうだ。


「ドラゴンの死体って言うのは、よく手に入るのか?」


「まぁ時期によっては週一くらいで街の近くで見るな。ドラゴン同士が戦ったり、または冒険者に倒されたり。街の近くに出ると兵士が退治するしな」


「ドラゴンの死体は、こうやって捨てられるんだな?」


「ああ、街の外に穴を掘って捨てているよ」


「これからドラゴンの死体を見つけたら俺が買うから、教えてくれないか?」


 男達はビックリしたような顔をした。


「まぁ俺達としては邪魔だし臭いから捨てるだけだからいいけど……でもドラゴンの死体が欲しいなんて、アンタ変わっているな」


「よし、契約成立だ!」


 俺は男達の名前と連絡先を聞いた。

 彼らは町の土木作業員で清掃員も兼ねているらしい。

 残りのドラゴンの死体は、残念だが今は捨ててもらうことにした。

 いずれは他の油も取り、エンジンオイルなんかに活用したい。




この続きは明日7:20頃に公開予定です。

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