第15話 商業都市・ミッテン(前編)

 真っ暗な闇の中を、LEDヘッドライトの光が切り裂く。

 そして星空を背景に、黒々とそびえる影のような城壁が見えてきた。


「あれがミッテンの街やん」


 背中にヘバりついたレミが、疲れ切った声で言った。

 無理もない。

 夕方からぶっ通しで三時間以上走り続けて、今は深夜0時に近い時間だ。

 運転している俺より、むしろ後ろに乗っているレミの方が疲れてしまうだろう。

 オマケに途中でオオムカデとのバトルがあったり、どこからかオオカミが攻撃をかけるような遠吠えがあったり、バイクの爆音に驚いた鬼牛の群れが興奮して追いかけてきたり。

 我ながら良くここまでたどり着けたものだと感心する。


 だが安心はしていられない。

 0時まではあと二十分もないのだ。

 それまでに街の中に入り、『ハルステッド商会』にリュンデの町長から預かった証文を届けなければならない。


 ここでも街の城壁の周囲には農地が作られており、獣やモンスター避けの柵が二重に張り巡らせてある。

 夜はこの外側の柵には門番はいないらしい。

 俺は自分で柵の入り口をこじ開けて中に入った。


 農地を通り抜けると、ルーデン村やリュンデの町とは違った立派な石造りの壁が聳え立つ。

 もはや城壁と言ったレベルだ。

 そしてそこには寝ずの番をしている四人の警備兵がいた。


「貴様、こんな時間に何の用だ!」


 俺が門の前まで来ると、一人が槍を構えて怒鳴った。

 他の三人も同様に槍を構えて身構える。

 俺はポケットから『町長から貰った通行手形』を差し出した。


「俺はリュンデからやって来た運び屋だ。ここにリュンデの町長の手形もある。通してくれ!」


 近寄って来た男が俺の手から通行手形を奪い取ると、もう一人の男に手渡した。

 受け取った男は門の横の詰め所からノートのようなものを取り出して、俺の通行手形と見比べ始めた。


「要件は何だ?」


 最初の男が尋ねる。

 恐らくこの男が四人のリーダーなのだろう。


「町長から預かってきた証文をこの街のハルステッド商会に、夜明けまでに届けるように頼まれた。それだけだ」


「ハルステッド商会へ証文だと?何の証文だ?」


「騎士団のための資金調達のための証文だと聞いている」


 すると門番全員の顔色が変わった。


「騎士団の資金のための証文だと?」


「そうだ。頼むから急いでくれ。午前0時までに届けないと、騎士団への資金提供ができないんだ」


 そこで俺の通行手形とノートを見比べていた男がリーダーに近寄る。


「この通行手形は本物のようです。リュンデの町長のサインと印章も一致しました」


「そうか」


 そう言ってリーダーは通行手形を俺に返した。


「足止めして悪かった。急いでくれ。ハルステッド商会はこの門を通って真っ直ぐ北に行った所だ。中央広場からさらに2ブロック北に進んだ右側の角にある。赤レンガの建物だからすぐに解る」


「ありがとう」


 俺は短く礼を返すと、バイクを走らせる準備をした。

 門番達が門を開けるのももどかしく、俺はバイクをスタートさせる。



 門番の言う通り、ハルステッド商会の建物はすぐに分かった。

 もう0時までは十分もないだろう。

 二階分をブチ抜いたような大きな扉の一部に、小さな通用口が設けられている。

 俺はその通用口のドアを激しく叩いた。


「起きてくれ!俺は運び屋だ!リュンデの町から騎士団の資金援助のための証文を持って来た!急いでここを開けてくれ!」


 この世界は電気がないためか、寝るのも早いが朝も早い。

 しかし大商会では、誰かが寝ずの版をしていると聞いた。

 この時間でも誰かは起きているはずだ。

 予想通り、しばらくすると使用人らしい男がドアを開いた。


「何のご用でしょうか?もう店は閉めておりますが?」


「リュンデから来た運び屋だ。リュンデの町長に頼まれて『騎士団への資金援助』の証文を届けに来た。今日の0時までに、これをアンタラに渡さないとならない。頼む、この店の主人に取り次いでくれ!」


 俺はジャンバーの内ポケットから、証文の入った封筒を差し出す。

 まだ不審気な顔の使用人は「少々お待ちを」と言うと、通用内のドアを開いてくれた。

 中は広めの廊下になっている。

 ロビーと言ってもいいだろう。


「こちらでお待ち下さい」


 使用人はすぐ横にあるソファを慇懃に指し示すと、そのまま上階への階段を昇っていった。

 俺とレミは示されたソファに腰掛ける。


「今日の0時って、具体的には何時になるんだ?」


「『日替わり星』が真南を指した時だやん」


「『日替わり星』ってなんだ?」


「赤い三つの一直線に並んだ星だっち。それが一直線に真南を指した時が午前0時。次の日の始まりだやん。その時になったら、教会が日替わりの鐘を鳴らすっち」


「雨の日や曇りの日はどうするんだ?」


「時計を見て、大体の0の時刻で教会が鐘を鳴らっち」


 俺は腕時計を見た。

 いまどき珍しい機械式の腕時計だ。

 俺はアナログのメカがけっこう好きだ。

 おかけでこの世界でも問題なく使えて助かっている。


「あと五分程度って所か。早くしてくれないかな」


 そう言っている内に、二階の階段上に先ほどの使用人が姿を現した。


「会長がお会いになると言っておられます。どうぞこちらへ」


 俺達は彼の案内で三階にある応接室に通された。

 豪華な部屋だ。

 ソファセットも高級さを感じるし、窓際の会長用と思われるデスクも重厚なものだった。

 壁にはこの世界の地図と思われるものと、いくつかの絵画が飾られている。

 隣室と続くドアが開いた。


「遠いところをようこそ。私がこのハルステッド商会の会長、ミネルバ・ハルステッドです」


 涼やかな声と共に現れたのは、大商会の会長とは思えない背の高い高貴な色気を漂わせた女性だった。

 ミネルバさんは俺の前のソファに優雅に腰掛けると、流れるような仕草で封筒を開いた。

 そのままじっくりと証文を読んでいる。


……時間がないんだ、早くしてくれ……


 そう思いつつも、俺は目の前の女性に目を奪われていた。

 年齢はそう、三十歳前くらいだろうか?

 特徴的な部分はないが、顔型・目・鼻・口、その全てがバランスよく整っている。彫刻のようだ。

 そして肌は高級な陶器のように白く滑らかだ。

 大商会の主人と言うので、俺はてっきり太って脂ぎった中年男を想像していたが、全く逆だ。


 ミネルバさんは顔を上げた。


「分かりました。この証文は確かに受け取りました」


 それが合図でもあったかのように、教会の鐘が鳴り響く。

 日替わりの鐘だろう。

 俺はホッとした。思わず肩から力が抜ける。

 そんな俺の様子を見て、ミネルバさんはクスリと笑った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私が承認した以上、この証文はあなた方が当会のザルツに手渡した時点に遡って有効になりますから」


「あ、そうだったんですか」


 俺は思わず赤くなった。

 この人、他人の心に忍び込むのが上手いなぁ。

 レミが怪訝な目で俺を見ている。


「はい。商人は信用が命ですから。それが本物と分かり次第、受け取った時点で有効です」


 だがそう言った後で、ミネルバさんの表情はすぐに曇った。


……なんだ、何か不審な点でもあるのか……


 彼女は俺の目をじっと見た。


「この証文を見ますと、サインの日付は今日の夜八時半になっています。するとあなたは闇の中を三時間半でリュンデの街からここミッテンまで来た事になります。どんな馬車、騎竜を使っても、そんな短時間ではここまで来られない。この日付は正しいですか?」


「ええ、間違いないです。俺の乗り物・バイクって言うんですが、道さえ問題なければ百キロを一時間で走る事も可能です」


 彼女は目を丸くした。


「本当ですか?そんなに早く走れる乗り物なんて想像もできませんが?」


「実際にはこの世界の道路状況では、そこまでのスピードは出せませんが。それでも馬なんかとは比べ物になりません」


 俺はまだ『騎竜』というものを見たことがない。

 よってどこまでスピードを出せるものか分らない。

 横からレミが口をはさむ。


「この男の言っている事は本当だ。私も彼のバイクという乗り物でやって来た。信じられない速さだ。ウソだと思うなら、リュンデの町に人をやって確かめるがいい」


 だがミネルバさんは、ゆっくりと首を左右に振った。


「いえ、そこまでする必要はありません。このサインと印章はリュンデの町長のものに間違いありません」


 彼女は立ち上がると、机の上のベルを二回鳴らした。


「あなた方もお疲れでしょう。今日はもう遅いですし部屋を用意させます。ゆっくり休んでください。泊まる当てがなければ、しばらくここに滞在してもけっこうですよ」


 ミネルバさんが言い終わると、扉から先ほどの使用人、ザルツが入ってきた。

 彼は俺達を客室に案内してくれる。

 俺達にあてがわれた部屋は、かなり豪華な部屋だった。

 広い室内には、しっかりとしたソファセットと高級そうなツインベッドがある。

 俺の世界の平均的な観光ホテルより高級な造りだ。

 そしてテーブルの上には、飲み物とサンドイッチが用意されていた。


「お疲れのようですので、こちらに軽食を用意しました。お好きな時に食べて下さい。明日からの食事はきちんとご用意させて頂きます」


 至れり尽くせりだ。


「俺達はただの運び屋なんだけど、こんなにもてなしてもらっていいの?」


 思わずそう尋ねると


「はい、ハヤテ様方は、リュンデ町長の資金の証文という大切な書類をお運び頂いた方ですので。当商会としてもぞんざいに扱う訳には参りません。ご用がある時はいつもでお呼び下さい」


 とうやうやしく一礼して部屋を出て行った。


 レミはさっそくテーブルの上のサンドイッチにかぶりつく。

 夜を通して走ってきたって言うのに、タフな奴だ。

 俺はベッドの上に身体を横たえると、そのまま意識が沈み込むように眠りに落ちて行った。




この続きは、明日7:20頃に公開予定です。

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