第14話 夜間の異世界走行(後編)

「あのサイズでも噛まれれば、十五分ともたないっち。牙がかすっただけでも、その部分の肉がグズグズに溶けて腐り落ちるっち!」


 俺はその言葉に戦慄した。

 あのムカデ、そんな強力な毒を持っているのか?

 そしてさらに俺の背筋を震えさせる事が起きていた。

 周囲の草叢の波が、いつの間にか増えていたのだ。

 それも三つや四つではない。

 ザッと見渡しただけでも両手の指に近いくらいだ。

 クッソ!

 さらにスロットルを開ける。

 CBRがグンと加速する。

 その頭上を左右からオオムカデが交差するように飛び交った。

 いったい何匹いやがるんだ、コイツラ!


 その時、前方に3メートルくらいのオオムカデが姿を現した。

 鎌首を持ち上げ、真正面から突っ込んでくる。


「レミ、伏せろ!」


 俺はそう叫ぶと、素早くクラッチを切り、ギヤを二速から一速に落とした。

 同時にスロットルを開き、エンジンの回転数をトルクが高まる所まで上げる。

 すかさずクラッチをスパッと繋いだ。

 フォンンンッ!

 甲高いエンジン音と共に、CBRの前輪が浮き上がった。

 ウイリー走行だ。

 その姿勢をスロットルで調整してオオムカデを迎え撃つ。

 CBRの前輪がオオムカデの頭を弾き飛ばした。

 オオムカデは道路脇に倒れていった。

 サマーミロ!車重二百キロ、プラス俺とレミの体重だ。

 固いオオムカデの頭を吹き飛ばすには至らなかったが、衝撃でしばらくは動かないようだ。

 あの固いオオムカデと、正面からぶつかる訳には行かなかったからな。


 前輪を下ろし、再び逃げ切り体勢に入る。

 背後からオオムカデ達は執拗に追ってくる。

 そして奴等はけっこう早い。

 この森林や分厚い草叢の中を、時速60キロ以上で走っている俺達に追いついてきている。


 木がまばらになり、少し開けた場所に来た時だ。

 とつぜん背後の気配が病んだ。

 バックミラーを見ると、それまで追いかけて来ていたオオムカデ達がいない。


……なんだ、何があったんだ?……


 そう思った時、バイクの振動とは異なる地面自体が揺れる感触がハンドルから伝わる。


「ズボッツ!」


 突然、左前方十メートルほどの地面が盛り上がった。

 そこから黒く電信柱のようなモノが直立する。


「親のオオムカデだっちぃぃぃーーー!」


 レミが叫んだ。


……このデカブツの縄張りに入ったから、さっきの子供は姿を消したのか……


 その大きさは地上から出た部分だけでも三メートルは越えている。

 おそらく全長は十メートルを超えるだろう。

 オオムカデはコッチを見据えたかと思うと、身体を折り曲げた。

 そのままバネのように俺に向かって飛びついて来た!


「クッ」


 俺はハンドルを逆に親オオムカデの方に向けた。

 バイクの車体にバチバチと下草が当る。

 時々ある木の根で車体が跳ねる。

 だが飛びついて来たオオムカデの腹の下をくぐり抜ける事が出来た。

 オオムカデも遠ざかるように逃げるならともかく、自分に向かってくる相手には、攻撃中は対処できなかったのだろう。

 この一帯の草木も少なめだったのが幸いした。

 俺にはそこに一本の道があるように見えたのだ。


 親オオムカデをやり過ごした俺は、車体を再び道路に戻した。

 だがその時には、俺たちを飛び越してしまったオオムカデの方も向きを変え、再び攻撃体勢に入ろうとしていた。

 俺は膝と太股で強くタンクを挟み、一気にスロットルを捻った。

 CBRが爆発的な加速力で、俺たちを前に押し出す。

 レミは必死にしがみ付いているだけだ。

 頼むから振り落とされないでくれよ。

 背後からの気配を感じ、俺は車体を右に煽った。

 右後方から飛んできた親オオムカデは、俺の左側を飛び退る。

 だが今度はそのまま俺達に並走して来たのだ。

 現在、CBRの速度は80キロを越えている。

 このスピードに親オオムカデは楽々と着いて来ている。

 そして俺を追い越すと、トグロ巻くように俺に襲い掛かってきた。

 右下の草地に乗り入れ、それをかわす。


……クソッツ、このままじゃいつかやられる。せめて一直線のスピード勝負なら……


 俺は道に戻るため左前方を見上げた。

 そこで見つけたのだ。

 この絶対的に不利な状況を抜け出す策を!


 左前方には焼き払われた倒木の跡地が広がっていた。

 街道は曲がりながらもその峠部分に登っている。

 そして倒木は雨で流されたのか、峠の部分まで一直線に地面がむき出しになっている部分があったのだ。

 細かい草木や枝などはあるようだが、バイクが通れないような倒木はない。


「おっしゃあぁぁぁ、勝負だ!」


 俺はそう自分に気合を入れると、CBRを峠に向けた。

 幅1~2メートルほどの、倒木がない自然の通路だ。

 アクセル全開!と行きたい所だが、このオフロードでは無闇にスロットルを開いても、後輪が滑ってパワーロスするだけだ。

 俺は車体の様子を見ながら、後輪の滑り具合を尻で感じながら、スロットルをジワジワ開いていく。

 ギアは二速だ。

 CBRなら二速でも時速200キロを越えるスピードが出せる。


 なだらかな焼け焦げた斜面を、CBRは力強く登っていく。

 スピードメーターも90キロ、100キロと徐々に上がっていく。

 オオムカデも凄まじい早さで追いかけて来ていた。

 だが時速100キロを超えるスピードでは、さすがにジャンプする余裕はないらしい。

 さらには登りのコースだ。

 オオムカデは少しずつ、俺たちに遅れ始めていた。

 距離が開いていく。

 スピードメーターが120キロを越えた。

 既にオオムカデは完全に俺達の後ろだ。

 CBRはまさしく空を飛ぶように斜面を駆け抜ける。

 時折大地の変化で車体がジャンプする時は、タイヤの空転でオーバーレブしないようにアクセルを絶妙に戻す。

 もう少しで峠の頂上だ。


「俺は異世界でも街道最速の男だ!」


 俺は叫んだ。

 そして峠最上部に着く前にスピードを緩め、前輪ブレーキを掛けて、スロットルを急激に捻って後輪を空転させる。

 アクセルターンだ。

 近くにあった倒木を後輪で弾き飛ばす。

 その反動でスピードを緩めて峠の上部でバイクを止める。

 そしてバイクに弾かれた倒木は、周囲の倒木を巻き込み雪崩のようになってオオムカデに襲い掛かった。

 突然目の前に現れた倒木の雪崩に、さすがのオオムカデも対処できなかったようだ。

 そのまま倒木に巻き込まれて、派手な破砕音と共に斜面を流れ落ちていく。


 俺はその様子を、上からしばらく眺めていた。

 どうやら危機は乗り越えたらしい。

 そんなホッとした様子に、レミが忠告するように言う。


「おそらくあのオオムカデ達は、ここらの森が焼かれた事でエサが無くなったんで、あんなに集まっていたし執拗にワタイ達を追ってきたんだやん。これでオオムカデが死んだとも思えないっち。早くこの場を離れた方がいいっち」


「あ、ああ。そうだな」


 俺は彼女に促されて、再び夜の街道を進み始めた。




この続きは明日7:20頃公開予定です。

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