第20話 いざ戦場へ!(中編)

 午前八時。俺はハルステッド商会を出発した。

 三十分後には六台の荷馬車隊が出発する予定だ。

 ビルの前でレミとミネルバさんが心配そうに俺を見ていた。

 俺は二人には解るように軽く左手を上げる。


 ミッテンの北門から街を出る。

 正直、車体が重い。

 後輪サスペンションの沈み込みも深くなっている。

 また重心も後ろに掛かり過ぎている。

 これは思った以上にスピードが出せなそうだ。

 それにスタックしそうな場所は避けなければならない。

 ただしばらくは北に一本道だ。

 森林地帯には入ってしまうが、狼煙は解りやすいはずだ。


 八時二十五分になった。狼煙を上げるのは八時半だ。

 今朝のリックの様子だと、時間キッカリに狼煙を上げていないと、本当に街から出ないかもしれない。

 俺は周囲からアブラ松の木の枝を集めた。

 アブラ松はこの世界に特有の植物で樹脂にかなりの脂分を含んでいて、黒いハッキリとした煙が立つそうだ。

 道の両側に二つの薪の山を作り、そこに用意された狼煙が上がる松明を入れる。

 すぐに濃くて黒い煙が立ち上り始めた。

 これなら誰が見てもハッキリと解るだろう。

 森の中からでは、後方の荷馬車隊は見えない。

 俺は先に進むことにした。


 午前十時半。俺は既に山岳地帯に入っていた。

 山に登って三合目あたりだろうか。

 峠から今まで通ってきた道を眺める。

 下の方に六台の荷馬車隊が進んでくるのが見えた。

 ここまでの所は異常はない。

 だが予想よりも距離を稼いでいない。

 ミッテンの街からバルアック高原まではおよそ120キロと予想している。

 だが今の時点で30キロちょっとしか進んでいなかったのだ。

 三十分毎に狼煙を上げるため、走行時間は20分ちょっと程度。

 走行距離にすると6~8キロしか進めない。

 この調子だと十時間はかかる事になってしまう。

 日の入りは午後五時過ぎだからギリギリだ。

 何かトラブルがあれば、今日中には騎士団の野営地までたどり着けないだろう。

 俺は見える範囲であれば、出来るだけ距離を伸ばす事にした。


 十二時十五分。

 ここまでCBRは快調だ。

 不安だった「ドラゴンの油から取ったガソリン」でもエンジンは絶好調だ。

 かなり純度が高くオクタン価も高い油なのだろう。さすがドラゴン。

 だが山岳地帯のカーブを曲がった時、俺は急ブレーキをかけた。

 目の前の光景に唖然とする。

 なんと道の3分の2が崩れていたのだ。

 人やバイクならギリギリ通れるだろうが、荷馬車は無理だ。

 俺は腕時計を見た。

 このまま荷馬車隊を進ませる訳にはいかない。

 この細い峠道では、方向転換もままならないからだ。


……いま荷馬車隊がいる位置なら、別のルートを取れるかもしれない……


 問題は次の狼煙の時間までに、そこまで戻れるかどうかだ。

 俺はバイクをアクセルターンさせると、急いで今来た道を戻った。

 かなり飛ばしたせいか、それとも荷馬車隊がコッチに向かっていたお陰か、十二時二十七分に荷馬車隊と合流できた。

 俺のバイクの接近に気付いた荷馬車は急停車する。


「なんだ、何かあったのか?」


 先頭馬車の御者が勢い込んで尋ねる。


「この先の峠で道が崩れている。馬車は通れない。敵が出た訳じゃないから、そこは心配しなくていい」


 後ろの馬車からも次々と御者がやって来る。その中に隊長であるリック・ボールデンもいた。


「なにがあった!」


 やはりリックも焦った様子で、そう俺を問い詰めた。

 先ほどと同じ説明をする。


「街道が通れないんじゃ仕方が無いな。ここで戻るしかないだろう」


 リックはすぐにそう言った。


「待ってくれ。他に道はないのか?この物資は騎士団にとって無くてはならないものだ。可能な限り届ける方法を考えるべきだ」


「道が崩れているって言うのに、どうやって荷物を運ぶんだよ?手で持って運べって言うのか?」


 リックが俺を睨んだ。

 俺も彼を睨み返す。しばらく沈黙が流れた。


「待って下さい。この山の反対側に小さな集落があります。そこは馬車が通れるはずです。その道を通って反対側に出れば……」


 そう言ったのはこの中でもっとも年配の御者だった。

 髪の毛が白くなり始めた大人しい男だ。


「ハント、そんな無理してまで行く必要はねぇ。俺達の仕事は、決まったルートを通って目的地まで荷物を運ぶことだ。わざわざ遠回りして荷を運ぶなんて契約外だぜ」


「ですが騎士団はこの荷物を待ち望んでいるのでしょう?我々輸送業者は信用が大事です。ここで逃げ戻ったとなったら、今後軍からの仕事はなくなるかもしれませんよ」


 年配の御者の冷静な言葉に、リックは「チッ」と舌を鳴らした。

 俺が二人を見比べながら言った。


「先行偵察は今まで通り俺がやる。だから俺が行った所までは通れるはずだし、敵もいないはずだ。だから行ける所まで行ってみよう」


 リックは俺をねめつけるように睨む。


「この隊全員の命が掛かっているんだ。何かあったらオマエにも責任を取ってもらうからな」


「何をしろって言うんだ」


「オマエが自慢げに乗っている乗り物、バイクって言うのか?それを貰おうか」


 俺は答えに詰まった。

 CBRだけは誰にも渡せない。


「それは無理だ。このバイクは俺にしか動かせない魔法がかかっているんだ。他の人間には動かせない」


 CBRはスマートキー仕様だ。だがそれをコイツに説明する必要はない。

 俺しか動かせないと思わせておいた方が都合がいいだろう。


「それじゃあオマエが俺の配下になれ。一年間は給料なしのタダ働きだ」


 俺はしばらくリックを睨んだ。

 だが仕方が無い。


「わかった。その条件で飲もう」


 リックは皮肉な笑顔を浮かべた。


「オッケー、決まりだな。まぁ俺の手下になったら、メシだけは食わせてやるよ」


 そう言うとリックは自分の荷馬車に戻って行った。

 後に続いて他の御者も戻っていく。

 俺がしばらくその後姿を睨んでいると、先ほどの年配の御者・ハントが声を掛けて来た。


「すまないな。隊長はアンタの事を疑っているんだよ。『リュンデから夜に三時間ちょっと来た』というデマで、俺達の仕事を奪おうとしているんじゃないかってな」


「ああ、解っている。今朝本人に直接言われたからな」


「そうか。でも今ではみんなアンタの速さは認め始めているよ。一緒に走ってみて、アンタの先行する速さにはみんな驚いている。狼煙の場所はごまかしようが無いからな」


「ところで反対側の集落を通る道って言うのは、どうやって行くんだ?」


「ここを1キロほど先に行くと、大きな岩があっただろ?あそこを右に入るんだ。山に下るように見えるが、すぐにぐるりと回り始める。距離にすると10キロほど遠回りにはなるが、この際は仕方ないだろう。一本道だから迷う事もない」


「アンタはどうして知っているんだ?」


「俺のカミさんが、その集落の出身なんだ。15軒しかない小さな集落だけどな。それでも山の中で一夜を明かさないとならない場合、荷馬車は大抵はその集落で一泊する。だから道も馬車が通れるはずだ」


「わかった、ありがとう。アンタがいてくれて、本当に助かったよ」


 俺は軽く礼を言うと、再びCBRを反転させ、言われた迂回路を目指す。




この続きは明日10時過ぎ公開予定です。

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