第21話 いざ戦場へ!(後編)

 1キロほど進むと、年配御者の言った通り大きな岩から下に向かう道があった。

 本街道よりは道が細いし雑草も多いが、バイクや荷馬車が通れないほどではない。

 俺は迷わず枝道にバイクを乗り入れる。

 その後も三十分間隔で狼煙を上げ、後ろから来る荷馬車隊に道の安全を伝えながら進む。

 そろそろ集落に着くと思われた時だ。

 道端に一人の老婆がしゃがみこんでいた。


「どうかしたんですか?」


 バイクを止めて老婆に話しかける。


「ここまで来て足を痛めてしまって、もうこれ以上は歩けないんじゃ」


 老婆は苦痛を堪えた声でそう答えた。

 ここにいると言う事は、おそらく集落の住人だろう。

 俺はCBRの状況を見た。

 タンデムシートには荷物が積み込まれているので、誰かを乗せる事はできない。

 だが集落までは1キロもないはずだ。

 老婆をシートの後ろの方に、俺が立つような姿勢でタンクの後ろの方に跨れば、なんとか乗れない事もない。


「お婆さん、ここに跨る事はできる?そうすれば集落まで乗っけて行くよ。無理ならあと1時間以内に荷馬車が来るから、それに乗せてもらうよう頼んでみたら?」


 もうすぐ狼煙を上げる時間だ。

 悪いがこの老婆のために、それ以上の時間を費やす訳にはいかない。


「それはすまんの。でもこれに乗せてくれるか?」


 老婆は立ち上がるとCBRに近寄った。

 乗る時は俺が支えてやる。


「それじゃあ揺れるからしっかり捕まっていてね」


 俺はタンク後部に跨りステップの上で立ち乗りする感じでバイクを発進させた。


「ありがとう、本当に助かるよ」


「いえいえ、どういたしまして」


 別にそれほどの事はしていないからな。


「急いでいたんじゃろ?」


「ん~、急いではいるけど、どうせ集落では止まらないとならないから。そこまでの時間ロスはしてないよ」


「アンタは優しい人間じゃな」


 老婆は確認するように言った。


「アンタのその優しさは、この先で武器にも弱みにもなる。もうすぐアンタは、それを試される事になるだろう。だが運命の選択は優しさだけでは乗り切れんぞ」


「えっ?」


 思わず俺は聞き返した。

 この老婆は何を言っているんだろう?

 だがそれ以上、老婆は何も言わなかった。

 やがて森が切れると、開拓中と思われる集落にたどり着いた。


「お婆さん、集落に着いたけど、ここでいいかな?俺は狼煙を上げたいんだ」


 何となくだが、集落のド真ん中で狼煙を上げるのは、住民に嫌がられるような気がする。


「ああ、ここで十分だよ。ありがとう」


 老婆をバイクから降ろすのを手伝うと、彼女はゆっくりとだが家のある方に歩いていった。

 俺はさっそく煙が出そうな薪集めに取り掛かる。


「何をしているんだ?」


 振り返ると中年の男性が立っている。

 俺を怪しむような目付きだ。


「俺はこの先のバルアック高原の騎士団に荷物を運んでいる者だ。後方の荷馬車隊に『ここまで安全』という狼煙を上げようとしている」


 男はまだ不審そうな目で俺を見ていた。


「勝手に集落の近くで狼煙を上げようとしたのは謝る。だがこれはこの国の防衛に関わる事なんだ。時間もない。すまないが作業を続けさせてくれ」


「わかった。俺も手伝おう」


 男はそう言って薪集めを手伝ってくれた。


「そう言えば老婆とすれ違わなかったか?途中で足を痛めたと言うので、ここまで乗せて来たんだ」


 俺は男の警戒心を緩めようと、そう口にした。


「老婆?いや、会わなかったが?」


 俺は思わず男を見た。

 老婆と別れてから男と出会うまで、そんなに時間は経っていない。

 この男が集落から歩いて来たなら、老婆とすれ違っているはずだが?


「それとこの集落には老婆はいない。環境が厳しい開拓地だからな。老婆なんてココで生活はできないよ」


 俺は男の言葉を反芻した。

 それではさっきここまで乗せて来た老婆は、いったい誰なんだ?

 そしてどこに消えたんだ?


 『異常なし』の合図で二つの狼煙を上げる。

 空模様が怪しくなって来た。雨が降って来そうだ。

 少々の雨ならこの松明は燃えるはずだが、狼煙の方は見えるだろうか?

 既に時刻は午後4時近い。あと二時間で陽が落ちる。

 出来れば今日中に騎士団の駐屯地に着きたい。

 だが夜間の走行は難しい上、松明の数にも限りがある。


 俺は再び走り出した。

 集落を出てしばらく行くと、本来の街道に出る。

 荷物が重い事と、三十分毎に荷馬車隊に見える場所で狼煙を上げなければならないため、中々距離が稼げない。

 さらにマズイ事に雨まで降ってきた。

 暗くなってきた上、雨まで降っては狼煙が見えにくい。

 余計に荷馬車隊から離れる訳にはいかない。


……クソッ、このままじゃ今日中にはバルアック高原にはたどり着かない……


 俺は焦った。

 昨日、輸送業者達は「魔王軍は夜襲も得意」というように話していた。

 武器がない中で敵に襲われたら……結果は火を見るより明らかだ。

 と言ってコチラも夜に移動する事はできない。


 午後6時半。陽は完全に落ちた。

 高地に入った事もあり、木々は少なくなって森ではなく林になったが、それでも周囲が見通せない暗さになった事は変わりない。

 ついに俺は狼煙の場所で、後続の荷馬車隊を待つ事にした。

 この場所は少し開けている。

 バルアック高原まではあと15キロ程度。

 だが先に進むにしても、一度彼らと連絡を取らねばならない。


 三十分後、荷馬車隊がやって来た。

 俺はヘッドライトを二回点灯させて合図を送る。

 荷馬車隊は俺の前で半円を描くように停車する。

 御者達が降りてきた。

 その中からリーダーであるリック・ボールデンが降りてきた。


「今日はここまでだな。雨も強くなって来た事だしここで夜営するとしよう。見張りは誰が立つ?」


「その事なんだが、ここからバルアック高原までは後少しだ。15キロ程度しかない。もう少し頑張って進んでみないか?」


 リックはあからさまに嫌な顔をした。


「オマエ、何を言ってるんだ?陽が落ちたらそこで一泊するって、最初に決めただろう」


「それは解っている。だけど後もう少しの距離だ。騎士団だって補給なしで夜を過ごすのは危険だろう」


「何にも解ってねぇな。こっから先が一番危険なんだろうが。今までより慎重に進まないとならない。それなのにこの先を強行突破するつもりか?」


 俺は押し黙ってしまった。

 確かに、ここはリックが言う事が正しいのかもしれない。

 その時、御者の一人が叫んだ。


「向こうから誰か来るぞ!」


 俺達は一斉に前方を振り向いた。

 降りしきる雨の中、バルアック高原の方から何かがやってくる。




この続きは明日10時過ぎに公開予定です。

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