第34話 リシアの謎(前編)

 俺はその後、一週間ものあいだ寝込んでいた。

 目も覚めたり覚めなかったりで、その間の記憶はハッキリしていない。

 幸い、ハルステッド商会のミネルバさんがザルム山地のオーク族の毒に関する情報を持っていた。

 それを元にリシアが治療を行ってくれたので、俺は後遺症も無く順調に回復していった。


 最初はリシアの突然の参加を快く思っていなかったレミとミッシェルだが、リシアが献身的に俺の介護をする所を見て、考えが変わったようだ。

 実際、レミとミッシェルでは俺の解毒についてはあまり出来る事はなかった。

 むしろリシアが来た事で、レミとミッシェルの仲が多少改善されたようだ。

 今では三人で昼食や午後のティータイムを取っている。


 ちなみに予備の燃料をすり替えたのは、やはりカナンのようだ。

 勝負のために俺がミッテンを発った日、彼女の姿をくらましたそうだ。

 レミはかなり憤慨していた。


「ワタイらが、カナンを魔女裁判から助けてやったのに!」


 だが俺はそんなレミを宥めた。

 カナンはそんな悪人には見えなかったからだ。

 何か事情があったのかもしれない。


 八日目、ようやく起き上れるようになった俺が真っ先に向かったのは、愛車CBRの所だ。

 オークの攻撃でカウリングはかなり破損した。

 さらには最後に転倒してしまったため、カウルはボロボロでミラーも折れ、クラッチ・レバーなども曲がってしまっている。

 前輪ブレーキも圧が抜け切れない感じだ。

 ガレージに向かうと、そこにはカバーが掛けられた状態のCBRがあった。


……この先どうしよう。どうやったらコイツを修理できるのか……


 簡単な調整や修理なら、俺は自分でも出来る自信がある。

 だが工具もパーツも無い状態では、いかんともしがたい。

 俺はため息をつきながら、バイクのカバーを外した。


 すると……驚いた事に……

 そこには新車同様のCBRの姿があったのだ!

 あまりの事に俺は絶句してそこに立ちすくんでいた。


「驚いたけ?」


 振り返るとそこには、レミ、ミッシェル、リシアの三人がいた。

 ミッシェルが面白そうに言う。


「それ、レミが直したんだ。時間をかけてバイクの構造や元の状態を調べてな」


 俺はレミを驚きの目で見る。


「レミ、バイクの修理知識なんてどこで」


 レミは自慢顔で胸を張って答えた。


「最初に行ったであろう。我が学ぶは万物の根源、森羅万象の理を学び深淵を追及する魔術であると。ハヤテのバイクを元の姿に戻す事くらい、なんという事でもない」


 俺はちょっと意味が解らないでいると、リシアがクスクスと笑った。


「レミさんの虹彩魔法は本当に凄いんですよ。ランクとしては『銅魔術師』としても、かなり上位のレベルです。ただハヤテさんのバイクは構造も素材の成り立ちも複雑でこの世界には無いものだったので、レミさんもかなり苦労していましたけどね。この一週間、ほとんど寝ないでいたのでは?」


 レミは照れつつも、ちょっと怒ったような顔をした。


「それを全部言うなっち!サラっと出来た方がカッコイイやん!」


 俺はレミを見直していた。もしかして「魔術師を語っただけの浮浪児じゃないか」と思っていたのに。


「ありがとう、レミ。本当にありがとう。感謝するよ。実はバイクを修理する方法がなくて、どうしようかと思っていたんだ」


 レミはさらに照れた。


「ま、まぁ、これでバイクの構造も素材の成分も大体分かったから、次からはもっと早く修理できると思うっち。調子が悪いと思ってたらワタイに言ってくれればいいやん。ただ『最初の状態』に戻すためには、同じ量の元素は必要だっち。だから壊れた破片とかも、出来るだけ持って帰ってきて欲しいっち」


 俺はうなずいた。

 これでバイクの修理の問題は解決だ。

 ミッシェルが明るい声を上げた。


「よし、これで『ハヤテ特別輸送会社』が発足だな。社長兼輸送係のハヤテ、連絡と修理担当のレミ、護衛役の私、そして治療回復担当のリシアだ!」


 だがリシアは悲しそうに笑った。


「いえ、私は皆さんの仲間に加えてもらう資格がありません」


 それだけ言うと一人でガレージを後にした。

 レミが不思議そうな顔をで彼女を見送る。


「なんだ?何があったんやん?」


 ミッシェルが俺を疑わしそうな目で見る。


「まさかハヤテ、リシアにだけ手を出した、とかそういう事じゃないだろうな?」


「おい、やめろよ。人聞きの悪い」


 だが俺もリシアのその言葉の意味を、その時は深く考えていなかった。

 ただ単に「俺達の仲間になる気はないのだろう。無理強いは出来ない」としか考えていなかった。



 それから数日、俺はレミ、ミッシェル、リシアと楽しい日々を過ごしていた。


……これをハーレム状態って言うんだろうな。誰ともそういうオイシイ関係になってないけど……


 実際、ミッシェルもリシアも絶世の美人だ。

 ミッシェルは超グラマーで色気ムンムンのお姉さま美人キャラ。

 ちょっとハードで強気な態度もまたイイ。


 リシアは正統派清楚系美少女だ。

 スタイルもバランスよくいい。

 胸もけっこう大きいし。

 控えめな態度がまたそそる。


 レミは……まあ顔立ちはかなり可愛いから、将来に期待としよう。

 俺はロリ系の趣味はない。


 俺がいない時も三人で仲良くやっているみたいだし、仕事から帰ってみんなでワイワイ話がら食事が出来るって言うのもいいもんだ。

 そんな感じでほのぼのまったりと、心地よい日々を俺は過ごしていた。



 ある日、俺が州都アーレンまで配達に行って帰って来た時だ。

 ミッシェルが血相を変えてアパートから飛び出してきた。


「どうしたんだ、ミッシェル。そんなに慌てて」


 ミッシェルは俺の顔を見ると怒ったように叫んだ。


「リシアが、リシアがいなくなったんだ!」


「なんだって!」


 俺も驚いた。


「私は街中を探してくる。ハヤテは部屋に戻ってレミから事情を聞いてくれ。何か分かったら後で情報交換しよう」


「わかった!」


 俺は急いでオフィス兼自宅に向かった。

 部屋に入るとレミが魔法通信を使って、方々の魔術師教会にリシアがいないか尋ねている所だった。


「いったいどうしたんだ、リシアは?」


 通信が切れた時を見計らってレミに尋ねると、彼女は無言で一枚の手紙を差し出した。


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ハヤテさん、ミッシェルさん、レミさん


誰にも何も言わずに、皆さんの元を立ち去るご無礼をお許し下さい。

あまりに突然の事で皆さんも驚かれているとは思いますが、誤解しないで下さい。

決して皆さんに不満があって、ここを去るのではないのです。

いえ、私はもっと皆さんと一緒に居たかったです。

私に「一緒に居よう」と言ってくれた時は、本当に嬉しかった。

私にとっては、初めての仲間、初めての友達、そして初めて感じた暖かい日々でした。

ですが私には、皆さんの仲間になる資格がないのです。

私は最初から『存在すべきではない存在』なのだから。

私はどうしても行かねばなりません。

そうしないと、私を育ててくれた人たちに迷惑が掛かってしまう。

本当にごめんなさい。

でも皆さんと一緒に過ごした日々が、私の人生で唯一の楽しい日々でした。

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この続きは明日7:20頃公開予定です。

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