第27話 これでまったりゆったり異世界暮らし?(前編)

「ハヤテ、いい加減、邪魔な剣と鎧を片付けるっち!」


 レミの怒りを含んだ声が飛んだ。

 いや、その剣と鎧は俺のモノじゃない。

 そしてその持ち主は、いま同じ部屋にいる。


「ハヤテ、何の役にも立たないこの魔法の杖は捨ててもいいだろうか?飾りにしては邪魔すぎるんだが」


 ミッシェルの静かながらも押し殺した声が、俺に向けられる。

 いや、その杖の持ち主は、いまオマエの斜め前のソファでフテ腐っているよな?

 そしてそんな二人を、カナンが困ったような目で見ている。


 ここは俺達の事務所兼住処といったところか。

 一つの大きなリビング・ダイニングを挟んで、両側の個室が二つずつあるアパートメントの一室だ。

 向かって右側が俺の部屋と空き部屋、左側がレミの部屋とミッシェルの部屋だ。


 現在、俺達はこの商業都市・ミッテンで『小型緊急物資の運送会社』を営んでいる。

 俺が今までに請け負った「リュンデからミッテンまで資金調達の証文を夜中に短時間で届けた事」「ミッテンからバルアック高原まで荷馬車隊の先行偵察を成功させ、さらには最前線の白百合騎士団に物資を届け、あまつさえ敵軍に捕われていた団長を助け出して生還した事」は、ミッテンだけではなく、州都のアーレン、そしてこの王国の首都であるアルケポリスにまで知れ渡っていた。


 そのお陰で俺の評判は鰻上りとなり、ハルステッド商会を中心に、貴族や軍の重要な書類や証文、もしくは金貨などの輸送を依頼されるようになった。

 この世界にも郵便事業に似たモノはあるのだが、配達の正確性と即時性に欠けるため、重要な証文や書類等は発送者が自前で輸送するのが常だった。


 その点、俺は速さと正確さを高く評価されている。

 仕事は多くがハルステッド商会から依頼されたものだが、他にも貴族達や他の商人、さらにはこの国の軍隊にまで依頼されるようになったのだ。


 この部屋もハルステッド商会の女主人であるミネルバさんが用意してくれたものだ。

 ミネルバさんは特に高く俺の事を評価してくれる。

 そしてミネルバさんとミッシェルが幼い頃からの親友である点も、俺達を支援してくれている理由の一つだ。


 と言っても配送が出来るのは俺一人、バイクだって一台しかない。

 だから必然的に俺は配送に回るしかない。


 部屋の掃除や雑務一般はカナンが引き受けていた。

 カナンはルーデン村の出身で『黒魔術を使った疑い』で火炙りの刑にされそうになっていた少女だ。

 それを俺とレミがギリギリで助けた。

 その後、彼女はこの街に出稼ぎに来ており、俺が運送会社を始めた事を知って「手伝いたい」と尋ねて来たのだ。

 こんな出来たばかりの小さな会社に低賃金で働いてくれるなんて、彼女なりに処刑を免れた事を恩義に感じてくれているのだろう。

 ちなみにカナンだけは、この街に住む親戚の家から通っている。


 留守の間に注文を受け、俺に連絡するのがレミの役割だ。

 各主要都市には『魔術師協会』なるものがあって、その各拠点は『魔法通信』によって互いに通信が可能なのだ。

 俺はレミから貰った『通信用魔法具』によって、魔術師協会に行けば彼女からの連絡を受ける事ができる。

 まあ俺の世界のWi-Fiみたいなものだ。


 そしてミッシェルは俺の護衛役だ。

 危険地帯に行く時や、届け先が怪しい場合は、彼女を護衛としてバイクに乗せていく。

 何しろミッシェルは剣の腕が立つ。

 そこらの騎士や野盗や山賊なんて問題にならない。

 おそらくそこらのならず者十人くらいなら、彼女一人でも問題なく相手を出来るだろう。

 だが今の所、ミッシェルの出番はそんなに多くない。

 「山賊が出そうだ」という場所を通る時に一回、届け先がギャングのボスらしい時に一回だけだ。

 それ以外はこの事務所に居てもらうしかない。


 そして……レミとミッシェルは初対面の時から、何故か相性が悪かった。

 魔王軍から逃げてきた時、集落で待っていたレミは、俺達を見かけるなりこう叫んだ。


「な、な、な、何やってるのけ、ハヤテ!白百合騎士団の団長を助けるとか言いながら、半裸の女を連れてきたりして!しかもこんないかにも男好きそうな女を。いったい何してたっち!」


 それに対し、ミッシェルも険しい目で俺に言った。


「誰だ、この生意気そうなロリ魔女っ子は?何の役があってこの場に来ているのだ?」


 レミは魔法の杖を握り締めた。


「なんや、誰がロリ魔女っ子やん!」


「貴様こそ、男好きそうな女とは、誰に向かって物を言っている!」


 相当に疲労しているにも関わらず、ミッシェルも負けてはいない。

 互いに今にも噛み付きそうな表情で睨み合った。


「ま、まぁ待て。落ち着け、二人とも」


 俺は二人をを宥めるように押し止めた。


「レミ、この人が白百合騎士団の団長・ミッシェル・アン・ローゼンヌ公だ。魔王軍に捕まって鎧などを取られたからこんな格好だが、剣の腕は本当に見事だ。軍には戻らないつもりらしいから、しばらく俺達と一緒にいる事になった」


 次にミッシェルの方を向いた。


「ミッシェル、彼女はレミアール、魔術師だ。俺は魔法については詳しくないが、何でもかなり偉い魔法使いの一族らしい。この世界に来て何も知らない俺に、ずっと一緒にいて色々な事を教えてくれた最初の人だ。レミがいなかったら、俺はミッテンどころか最初の町にも行けなかった」


 だがレミは俺に噛み付くように迫ってきた。


「『しばらく一緒に居る』やて?なんでそんな事を勝手に決めてきたやん!さてはハヤテ、この女に誑かされたのけ?ハヤテは乳がデカければ、相手は誰でもいいのけ!」


 それを聞いてミッシェルは顔を紅潮させてワナワナと震えた。

 だがそれを押さえると顔を横に背けて言い放つ。


「この世界の事を教えたり、道案内をするなど、誰にでも出来る事だ。少なくともこの国の事は貴族であり騎士であった私の方が解っている。子供はもう親元に帰した方がいいのではないか?」


「誰が子供やん!」


「貴様こそ、誰が誑かしたと言うのだ!無礼にも程があろう!」


「そんな変態チックな格好で現れて『これから一緒にいる』って言い出せば、そう思うのが当然やろ!どうせそのデカい乳をハヤテにこすり付けて、誘惑したに決まってるやん!」


「これは状況からやむを得なかったのだ。失礼な事を言うな!さては貴様、悔しいのであろう!その胸ではどれだけ頑張ってもこすり付けても、相手には洗濯板としか思われんからな!」


「せ、洗濯板……もう許さんっちぃ~っ!」


「許さないのはコッチだ!その首を刎ねてくれる!」


「オイ、おまえら、いい加減にやめろ!」


 そんなこんなで俺はどうにか二人を止めた。

 あのまま行ったらどこまでエスカレートしたか解らない。

 だがそれ以来、二人は互いに口も聞かない。

 相手に用がある時は、俺を介して相手に要求を伝えている。


……まったく、異世界に来て商売を始めたばかりなのに、こんな仲間同士のトラブルなんて……


 俺は頭が痛かった。



この続きは、明日10時過ぎに公開予定です。

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