第28話 これでまったりゆったり異世界暮らし?(後編)

 その日は珍しく、本当に珍しく、レミとミッシェルが二人揃って出かけた。

 それと言うのも、ハルステッド商会のミネルバさんが二人を『女子だけの昼食会』に誘ったからだ。


 ミネルバさんは俺の仕事の最重要顧客であり、同時に色々な相談に乗ってくれる頼もしい商売の先輩だ。

 そこで俺が「ミッシェルとレミの仲が悪くて困っている」と話した所、さっそく一肌脱いでくれた訳だ。


 その日は俺も仕事がなく、完全オフなので一人で自由を満喫していた。

 昼もだいぶ過ぎた頃、腹も減ってきたので外に出る事にした。

 俺はミネルバさんの口利きで、この街・ミッテンの『商業者ギルド』『輸送業者ギルド』『冒険者ギルド』の三つに入る事が許されている。


 もっとも『輸送業者ギルド』『冒険者ギルド』は同じ場所にあり、一つのギルドとなっている。

 輸送業者は冒険者に護衛を頼まないとならないし、冒険者は目的地まで輸送業者に乗せてもらったり荷物を運んでもらう必要があるので、互いに一緒の方が都合がいいのだ。


 食事はギルド内の食堂兼酒場、または市場の屋台で取る事が多かった。

 どちらも安くて美味い。

 その日はまだ昼間なので、市場の様子を見物しながら昼食を取る事にした。

 お気に入りの店で、タコスに似た皮にケバブのような肉料理を詰めたジャンクフードを購入する。

 それを市場のベンチで食べる。

 スパイスが効いていて美味い。


 ボンヤリ周囲を見ていると、何となく市場の端の方、ギルドに近いあたりがざわついている。

 俺はタコスを食べ終わると、ゆっくりと騒ぎのある方に歩いていった。

 何となくの野次馬根性だ。


「卑怯であろう!」


 言葉遣いは男っぽいが、声からして女のようだ。


「おぬし達は、我が虚言を申していると言うのか!」


 ずいぶん時代がかった言い方をするヤツだな。

 でも声の主は女らしい。

 先ほどの声より幼い感じだから別人だ。


「「「×××××××」」」


 言い合っているのは複数の男だろうか?

 声が低い上に同時に言い返していたので、聞き取る事が出来なかった。

 騒ぎの発生源にたどり着いた。

 既に周囲には人だかりが出来ている。


「だから俺達が荷馬車で走った時には、そんなスピードは出せていないんだよ!」


 やっと男の声が聞えた。


「それは貴様らの荷馬車の先導をしていたためであろう。それを持ってインチキだなどと、よく言えたな!」


「我は間違いなく、夜の森を一緒に走ってきたのだ。その命がけの行為を嘘つき呼ばわりされて、黙っておれるか!」


「私もだ。魔王軍からは命からがら逃げてきたが、その速さは本物だった」


 こ、この声の二人は……

 俺は人ごみを掻き分け、そおっと騒動の中心を覗いてみた。

 そこに見えたのは、案の定、レミとミッシェルだった。

 言い合っているのは三人の男だ。

 いずれもバルアック高原に荷物を届けに行った時、荷馬車隊に居た男たちだ。


「俺達も騎士団に補給物資を運んだ時に、ヤツと一緒に走っているんだよ。ヤツは三十分に一度狼煙を上げていたが、それは対して遠い距離じゃなかった。せいぜい早めの馬が走った程度だったよ」


「そうだ、そもそもそんなに早く走れる訳がない。ルーデン村からリュンデまでが一時間ちょっと、リュンデからここミッテンまでが三時間半?しかも夜中に走ってだと?バカ言ってんじゃねぇ!」


「俺達は街道を走るプロだ。断言してやるが、そんな事は絶対に出来っこねぇ。ドラゴンでも使って空を飛んだとでも言うのか?」


 それに対し、レミとミッシェルは二人して食い下がった。


「我はハヤテと一緒にこの街に来た。だから間違いない!ハヤテの乗り物には、騎馬イノシシも、オオムカデも追いつけない。そして本当に夜中にその速さで、リュンデからこのミッテンまで来たのだ!」



「私もだ。ハヤテの乗り物には、魔王軍の騎馬も騎竜も追いつけなかった。私は実際に一緒の乗っていたんだ」


 すると三人の男は余計に囃し立てた。


「おいおい、言うに事かいて、今度は『オオムカデも追いつけない』だってよ!こいつらはオオムカデに遭遇して、そこを抜け出して来たって言い出したぜ」


「大ボラ吹くのも大概にしろよ、お嬢ちゃん」


「魔王軍はな、勝ち戦で酔っ払っていたから、途中で追いかけるのを止めただけだよ。それを『速さで振り切った』って吹聴しているだけさ」


「貴様、言わせておけば!」


 ミッシェルが剣に手をかけた。


「やる気か?」


 男たちも短剣や手斧を手にした。

 俺はそれを見て慌てて飛び出す。

 口論だけなら放っておこうかとも思ったが、剣を抜いたなら只事では済まない。


「おい、ちょっと待て!」


「待てや、おまえら」


 俺とほぼ同時に群集から飛び出した男がいた。

 『運び屋リック』こと、リック・ボールデンだ。

 俺とリックの目が合う。同

 時にレミとミッシェルも俺に気が付いた。

 リックは俺を見るとニヤリと笑った。


「これはこれは、ハヤテ。久しぶりだな」

「ああ」


 俺は軽く返事を返すと、ミッシェルとレミに顔を向けた。


「一体どうしたんだ?こんな大勢の前でケンカなんて」


「私たちがハルステッド商会を出たら、コイツラが『ペテン師が通るぞ』とイチャモンを付けてきたんだ!」


 ミッシェルは拳を握り締めて震えるようにそう訴えた。


「そうだ。ハヤテの速さは全て嘘だと!我とハヤテが一緒に走ってきた件も、口裏を合わせたデタラメだと!」


 レミは悔しさのあまり目に涙を溜めている。


「だって本当の事だろうが!」

「俺達はこの目で見た事を言っているんだ」

「実際、バルアック高原への輸送中はハヤテの速さはそれほどじゃなかった」


「貴様ら、まだ言うか!」

「もう我慢できないっち!」


 いきり立つ彼女・彼らの間に、リックが割って入る。


「すまねぇな。ウチの連中は短気だから、思っている事をそのまま口に出してしまうんだ」


 そしてリックはチラッと俺を見た。


「だがコイツラの言っている事は本当だ。俺達はハヤテが噂ほどの速さで走れるのを見ていねぇ」


 リックのその言葉に、二人はキッとなって彼を睨む。


「俺達は街道を走るプロだ。街から街へ色んな場所を走っている。どこが通行可能で、どこにどんな危険があって、夜の走行はどのくらいリスクが高いか、よく解っている。解っているからこそ、おまえ達が言う『ハヤテの走り』は信じられないんだよ」


「もういい。レミ、ミッシェル。家に戻ろう」


 俺はミッシェルとレミに声をかけた。

 あえてリックの方は見ない。


「待てよ、ハヤテ。話はまだ終わってねぇ」


「何だ?何が話したいんだ?『信じない』って言っているヤツに、何を説明しても無駄だろう。俺の走りが事実かどうかは、その内に解るだろうさ」


「そう言う訳にも行かねぇ。ウチの連中も『デタラメ呼ばわり』されたんだ。信用問題に関わる。これは白黒ハッキリさせねぇとな」


「どうハッキリさせると言うんだ?」


 俺が振り返ると、リックはさらにニヤリと笑った。


「簡単さ。ウチの連中とハヤテとで『荷届け勝負』をするのさ。どっちが早く届けられるかってな」


「荷届け勝負だと?」


「そうだ。ちょうど俺の所で、州都アーレンにいるマルクスラバッハ辺境伯に御用を伺いに行く仕事がある。だがマルクスラバッハ伯は現在アーレンには居られないらしい。そこで伯の行き先を聞いて滞在先に向かい、御用を伺って帰ってくる、という勝負だ。簡単だろ?」


 俺はリックを睨んだ。

 勝負の方法を相手が持ちかけたという時点で、リックが既に有利だ。

 それに相手の言いなりという事も気に入らない。

 だがここで引いたら「レミやミッシェルの言っている事が嘘」だと、周囲に思われてしまうかもしれない。

 俺のためにここまで怒ってくれた二人の気持ちを無にしたくなかった。


「いいだろう。その勝負、受けよう」


 俺がそう答えると、リックは三度ニヤリと笑った。


「決まりだな。勝負の細かい方法は後で伝える」



 部屋に戻ってくると、ミッシェルとレミが俺の前に立った。

 二人とも申し訳なさそうな顔をしている。


「ハヤテ、ワタイらのせいでこんな事になってしまって、申し訳ないっち」


「私もだ。彼らの安い挑発に乗ってしまい、こんな勝負を受ける事になってしまった。本当にすまない」


 二人とも揃って頭を下げた。


「別にいいさ。二人が謝るような事じゃない。気にすんな」


 俺は彼女達にそう言ったが、それでも二人は暗い顔をしている。


「別に今日の事が無くたって、いつかどこかでリックとは勝負するハメになっていただろう。リック達は最初から俺を引っ張り出す事が目的だったんだろうからな」


「でもそのせいで、ヤツラの都合のいい条件になったんじゃないのか?ヤツラは輸送人を二人出すのに対し、コッチはハヤテ一人だけ。その上、ハヤテが三時間も遅く出発するなんて」


 レミの言う通りだった。

 リックは「こっちは騎馬と騎竜の二人を出したい。ハヤテの乗り物はどちらよりも早いと言っているんだから、問題ないだろう?」と言う事だった。


 ちなみに乗り手は一人だ。

 だから向こうは二人、コッチは一人という戦いになる。

 さらには「目的地への行き方も輸送屋のノウハウだ」と言う事で、俺は三時間後に出発する事になった。


 勝負はラリー方式だ。

 ヤツラがゴールして、三時間以内に俺がゴールすれば俺の勝ち。三時間をオーバーすればリック達の勝ちだ。

 だが俺の速さがホンモノだと証明するためには、ヤツラより早くゴールしなければならない。

 ただ勝つだけではダメだ。

 ミッシェルも難しい顔をする。


「そもそもヤツラが勝負の方法を決めているんだ。それだけでもコッチが不利なのに、ヤツラが先に出発するとなれば、何か罠を仕掛けてくるかもしれない。それに向こうは二人いるんだからな。片方が妨害役でもう片方が勝利すればそれでいい。ハヤテ、それでもいいのか?」


 俺も同じ事は考えていた。

 だがヤツラがどんな罠を張るのか、憶測だけで反対する訳にはいかない。


「大丈夫だ、俺とCBRを信じてくれ。ヤツラがどんな手を使おうと、俺はそれとブッちぎってやるさ」


 あえて俺は明るい声で答えた。

 


この続きは、明日の正午過ぎです。

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