第2話 愛車と共に異世界へ(後編)
「そ~んなことですか?安心して!それじゃあ、アナタと一緒にバイクも転生させてあげますよ!」
え、マジ?
俺は喜びを顔全体に現して、女神を見上げた。
「あなたの世界をバイクで旅する事は出来ないけど、知らない世界をバイクで走るって事なら、異世界でも一緒でしょ?むしろ予備知識がないだけ異世界の方が楽しいんじゃないかしら?」
その意見には不安もあるが、俺にとってはバイクがない世界なんて考えられない。
異世界に行くなら、絶対に俺のバイクは必須だ!
「ありがとうございます!女神様!それなら異世界だろうが未知の惑星だろうが、文句ないです!」
膝を着いて拝まんばかりの俺に、女神は顔を傾けて微笑んだ。
その笑顔がちょっとぎこちない気がしたが……
「バイクだけじゃハヤテさんに対するご利益として少なすぎるんで、もう一つ特典をつけてあげますね」
そう言っていつの間に取り出したのか、右手に黄金のカップを差し出した。
「これを一気に飲んで!」
俺は怖々黄金のカップを手にした。中には白い液体が入っている。量は一息に飲める程度だ。
でも女神様がくれたんだ。毒って事はないだろう。
俺は渡された白い液体を一気に飲み干した。
牛乳みたいだけど、それよりも甘味が少ない。
「飲んだらカップを返して」
俺は言われるがままに、黄金のカップを女神に手渡した。
すると女神が黄金のカップに口を付けた。
「まさか女神様、俺と間接キスがしたい?」などとくだらない事を考えていたら、女神はその口に含んだ液体を「プーッ!」と勢いよく霧状にして吹き出したのだ。
細やかに光る霧状の液体は、空中に現れた映像の中に吸い込まれる。
そしてその映像の中には激しく損傷を受けた一台のバイクがあった。
俺のCBRだ。
「これでヨシ、と」
女神はハイジアは満足したようにそう言った。
「なんですか?これは」
俺は疑問符満載でそう聞いた。
飲み終わってから聞いても仕方がないが、やはり気になる。
「これはね~、すごい価値があるものなのよ」
「なんです?じらさないで教えて下さい」
「女神ヘラの母乳!」
俺は目をパチクリした。女神の母乳だって?
不思議そうな顔をする俺を女神ハイジアは面白そうに見た。
「そう!神々の王・ゼウスの后であるヘラ様の母乳は、身体を頑丈にし回復力を高めてくれま~っす!かの英雄ヘラクレスも赤ちゃんの時にヘラ様の母乳を飲んで育ったから、あれほど強靭な肉体になる事が出来たのよ」
「すると俺もヘラクレスみたいに強くなれた、って言う事?」
「まさか、そこまでハヤテさんを強くしてしまったら、今度はそれが天上界で問題になっちゃいますよ。あなたが飲んだのはヘラ様の母乳を薄めた一カップ分。とてもじゃないけどヘラクレスのようにはなれないわ」
なんだ、そうなのか。
まぁ戦う訳じゃないから、そんなに強くなる必要はないけど。
「でも薄めた一カップでもヘラ様の母乳を飲んだのよ。ハヤテさんの身体は回復力が早くなっているはず。それと意識を集中すれば瞬間的にかなりの衝撃に耐えられるのよ、すごいでしょ?普通の人間なら死んでしまうような事故でも、今のあなたなら平気なはずよ、たぶん。これなら異世界での旅も不安は減るはずね」
「それでハイジアさんは、どうして女神の母乳を俺のバイクに吹きかけたんですか?」
するとハイジアは「ふふ」とイタズラっぽく笑った。
「一つはあなたのバイクを元通りにするため。これであなたの希望通り、バイクは元の状態で異世界に行けるわ」
「一つ、という事は他に何かあるんですよね?」
「もちろん!あなたのバイクにも凄い力が吹き込まれたのよ。正真正銘のモンスターバイクね」
「凄い力ってどんなのです?自己修復能力があるとか、意志があって俺のピンチに駆けつけてくれるとか?」
だが女神は首を左右に振った。
「残念ながら、そんな都合のいい能力はないわ。バイクは無機物、生き物じゃないしね。あなたのバイクに宿った力は、あなたが乗っていないと発揮されないの」
……俺が乗っていないと発揮されない?
俺のポカンとした顔を見た女神が面白そうに付け加える。
「それも常に力が発揮される訳じゃない。何しろあなたの世界では精神が生み出す力が軽視されていた。だからあなたのバイクに宿った神霊力を引き出すには、まずあなた自身の精神力が成長する事が必要ね」
「俺の精神力……ですか?」
「そう、魔力や神霊力といった力は、それを引き出す元となる精神力の大きさによるのよ。イメージしたものを現実にする力、とでも言えばいいかな?」
「その力を引き出すにはどうすればいいんですか?」
「それは自分で考えて。他人に教わってどうこうできるようなモノじゃないし、言葉で伝えられるようなモノでもないから」
女神は匙を投げたような表情で、両手を広げた。
でも『精神が生み出す力』だの『イメージしたものを現実にする力』だの言われても、やっぱり俺にはピンと来ないよな。
そんな俺を見て、女神も何か思うところがあったのだろう。
「じゃあヒントだけあげるね。あなたとバイクが一体になった時、火と風の属性が発揮できるから」
「火と風の属性?」
ますます俺の頭は混乱した。
そんな俺を見て、ハイジアはニッコリと笑う。
「もっともあなたに異世界で何かと戦うとかお願いしている訳じゃないし、ノンビリ寿命まで過ごしてくれればいいから、そんな力を使う必要もないかもしれないけどね」
女神はハイジアはかなりご満悦そうだ。
時々俺の様子を伺い見ている点が気になるが。
とりあえずここは礼を言っていくべきだろう。
「色々とありがとうございます」
「いいのよ。さぁ、それじゃあ新しいあなたの世界に参りましょう」
女神ハイジアは、両腕を交差させ、次に左手で円を描き、右手でその中に何かを描くと、俺の方に差し出した。
「アピアー、サモン、ポータル」(神の召喚により、我が前に出でよポータル)
女神が叫ぶと俺の周囲に赤く光る魔法陣が現れた。
「ルテール、デ・コントラクト、リデルケール」(我が契約に従い、開け異界の門)
赤い魔法陣が青白く発光した。
それに伴い、俺の身体も光り輝き、それが粒子のようになって消えていく。
最後に女神ハイジアは俺に笑顔で手を振った。
「時々は様子を見に行くから、それまで向こうの世界を楽しんでね」
……
そんな訳で俺は現在『異世界』と思われる岩山が点在する砂漠にいる。
女神様は約束通り、俺の愛車『CBR1000RR-Rファイヤーブレード』も一緒に転生させてくれた。
ナンバープレートが一緒なので、間違いなく俺のバイクだ。
そしてピカピカの新車状態、傷一つない。
「コッチでもヨロシクな、相棒」
俺はシートを撫でながらそう言うと、ヒラリとCBRに跨った。
タンクの上に置かれたヘルメットを手に取る。
ヘルメットには山猫のマークと『街道最速』の文字が書かれている。
俺はニヤッと笑うとヘルメットをかぶり、イグニッション・スイッチをオンにし、セル・スターター・ボタンを押す。
キュルル、ファン ファン ファン
何の異常もなく、CBRのエンジンは快調に目覚めた。
さぁ、『異世界でのバイク・ツーリング』の始まりだ!
俺は異世界でも街道最速を目指す!
バイクは順調に荒れ果てた岩だらけの砂漠を走る。
周囲は見える範囲では、赤茶けた岩と石コロと砂ばかりだ。
だが道はかなりシッカリと踏み固められている。
オンロード・バイクでも問題ない。
この道は主要街道なのかもしれない。
それならこの道を進めば、どこか人里に着くか、または誰かに行き当たるはずだ。
俺の予想は十五分も走らない内に、現実となった。
少し小高くなった岩の上に、人影が見える。
逆光のため、どんな人間かはわからない。
俺は岩の下に行くとバイクを止めた。
「すみません、ちょっといいですか?」
だがその人影は、俺の言葉に返事もせず、微動だにしなかった。
この続きは明日7:20頃に投稿予定です。
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