異世界でバイク便~俺は異世界でも公道最速を目指す!
震電みひろ
第1話 愛車と共に異世界へ(前編)
俺は今、荒涼たる岩だらけの砂漠の真ん中に立っている。
周囲は見渡す限り赤茶けた砂と石コロ、そして所々に点在する岩山。
その間を走る人気のない街道。
俺は自分のすぐ右手を見た。
そこにあるのは、俺の愛車『CBR1000RR-Rファイヤーブレード』。
長いバイトとローンでやっと買った愛車だ。
「あの女神様、約束は守ってくれたんだな……」
俺は千条ハヤテ。二十歳の大学二年生だ。
いや「だった」と言うべきかもしれない。
なにしろ『現世』の俺は、たぶん死んでいるはずだからな。
Fラン『
子供の頃からバイクに憧れ、高校時代から必死にバイトをして金を貯めた。
16歳になるとすぐに中古のバイクを手に入れ、バイトもバイク関連に絞った。
学校が終われば夜遅くまで、休みの日は目一杯働いた。
バイク技術が向上してからは、映画のバイク・スタントの仕事なんかもしていた。
これでもその界隈ではちょっと名が知れていたのだ。
(それが高じて、一時は障害物を乗り越えたりするトライアル競技に参加もしたが、結局はオンロードに戻った)
そしてついに念願の『CBR1000RR-Rファイヤーブレード』を手に入れたのだ。
(半分はローンだが)
納車の日、CBRを受け取った俺は、そのままバイク便のバイトに向かった。
その途中だ。
細い急な坂道を登っていくと、対向車線をトラックが下りてくるのが見えた。
俺はそのトラックに何か違和感を覚えた。
すれ違いさまに確認すると、違和感の正体がわかった。
なんと、運転席に誰もいないのだ。
無人のトラックはサイドブレーキをかけ忘れたらしく、無音で坂道を下って行った。
そして坂の下の方には、トラックの接近に気付かない小さな女の子がいる!
俺は急いでバイクを方向転換するとトラックを追いかけた。
あのトラックより先に女の子に追いつかないと!
だがトラックはどんどん加速していく。
女の子はこちらに背を向けていて、それに気付かない。
「危ない!避けろ!」
俺は叫んだ。
しかしその叫び声もヘルメット越しのためか、聞えていないようだ。
俺はさらにスロットルを捻った加速する。
CBRはトラックを追い越した。女の子に追いつく。
俺は女の子の横で急ブレーキをかけて車体を横にスライドさせて停車した。。
女の子が驚いた顔で俺を見る。
だがトラックはもう目前だ。
俺は女の子を横手のビルの陰に突き飛ばす。
そして俺もバイクと共に逃げようとしたが……
眼の前に壁のように迫るトラックを見たのが、最後の記憶だった。
気が着くと俺は、豪華な宮殿の一室にいた。
周囲の壁や柱は、光り輝く桜色の大理石のような素材で出来ている。
そして部屋は広く、天井は高い。
俺はその中央に立っていた。
眼の前には、金色に輝く豪華なイスに座った、これまた見たこともないような美少女が座っている。
「こんにちは、千条ハヤテさん。私は女神ハイジア。あなたたち人間には『健康と衛生の神』と呼ばれています」
俺はもう一度マジマジと、話しかけたきた相手を見つめた。
輝くような金髪、そして光を放つような金色の瞳、透き通るような肌に雑誌でも見たことがないような整った容貌。
さらに付け加えると細身ながらも出る所は出た完璧なスタイルに、身体の線がわかる薄布の瀟洒なドレス。
「あなたが、女神?」
俺は口ではそう言いながらも、眼前の美少女が女神である事には納得していた。
「ええ」
彼女はニッコリと微笑むと、小さくコクリと頷いた。
女神なのに、とっても可愛らしい。
「その女神様が、俺に何の用で?」
思わずマヌケな事を聞いてしまう。
これがアニメやマンガの世界なら女神が「異世界に勇者として転生して、魔王を倒してくれ」と言う場面だろう。
だがそんな事が現実に起きるなんて。
「あなたには悪い事をしちゃいました」
女神ハイジアは全くすまなそうな顔をする事なく、可愛い笑顔でそう言った。
だが俺の頭には疑問符しか浮かばない。
「と言っても、あなたには何の事か解らないですよね?実はあなたが死んでしまったのは、本来の寿命ではないんですよ」
「どういう事ですか?」
「あなたを死なせてしまったトラックは、女神ヘラ様の現世での家に配達に来ていたんです。ヘラ様が荷物を急がせたため、運転手は慌ててしまい、サイドブレーキをかけ忘れちゃってぇ~」
「女神も現世で買い物なんてするんですか?」
俺は俗世的な疑問を口にする。
「ええ。神々と言えど天上界だけでは退屈なもの。時々は人界に降りて行き、その世界を楽しんでいるんです。特にあなたの時代の日本は食べ物も美味しく、品物も豊富で品質がいいので、神々にとっても人気の滞在先になってます。今回はヘラ様はバーキンとケリーのバッグを3つも買っちゃいました!」
神様って、案外と俗物的なんだな。
それにそのバッグを買うお金って、どこから出ているんだろう?
信者の寄付なら信者が可哀そうだし、そうでなきゃ後で『お金が落ち葉に変わってる』とか、ないだろうか?
「でもそんな中でハヤテさん、あなたは本来の寿命が尽きる前に、神との関わりで死んでしまった。これって結構マズイ事なんですよぉ。神々の不用意な現世への出現で、人間の運命を変えちゃうのって」
「あの、ちょっと気になる事があるんですが?」
「なんです、ハヤテさん」
「女神様なのに、どうしてそんな俗っぽい女子高生みたいな話し方をするんですか?」
「あ、こういう方がハヤテさんの時代の男の子にはウケると思って。あなたの時代のアニメやマンガの女神様って、こんな感じでしょ?」
はぁ、納得しました。
でも女神様がブランド品を買い漁っている上、アニメやマンガまで見ているなんて。
「だからここでハヤテさんに死者の門を通られると、ちょっと困るんですよ。それで異世界で残りの人生を過ごして貰おうかな、って考えたんです」
「異世界転生って、よくある感じの冒険者ってヤツですか?それで魔王退治とか。俺には戦闘経験とか剣の技なんてないですけど」
女神は笑って両手を振った。
「そんな風にあなたに役割を押し付けるつもりはないです。とりあえず寿命まで異世界で普通に生活してくれればいいですよ」
だがその後でハイジアは呟くように付け加えた。
「まぁヘラ様は何か思うところがあるみたいですけど……」
「それって……」
俺が言いかけたところでそれを遮るように、ハイジアは言葉を続けた。
「そんな事より、ハヤテさんは何か希望はありませんか?異世界に行くのに何か欲しいものとか?現世で思い残した事があれば、それも出来るだけ聞きますよ」
異世界転生か。これがアニメやマンガなら『伝説の武器』とか『すごい魔法の力』なんだろうな。
もっとも異世界がどんな世界かわからない以上、何が有効かは解らない。
それに「魔王を倒す」って言うテンプレ・パターンでもないみたいだし……
「バイク……」
「はい?」
「俺のCBR」
「それはあなたが死んだ時に乗っていた、あのオートバイですか?」
「そう。長い間、憧れていたCBR。ずっと俺の目標だった。いつかあのバイクで世界の色んな所を走る、それが俺の夢だった。だけど納車のその日にあの事故に会ってしまって……」
俺がトラックに跳ねられたんだ。きっとCBRもグシャグシャになってしまっただろう。
スクラップになったバイクの姿を想像するだけで、俺は悲しかった。
「そ~んなことですか?安心して!それじゃあ、アナタと一緒にバイクも転生させてあげますよ!」
この続きは明日の朝7:20頃に投稿予定です。
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