第7話 正午までに届けろ(前編)

「証拠が、証拠が見つかった!誰かリュンデの町まで行ってくれないか!」


 血相を変えてギルドの食堂に飛び込んで来た若い男は、そう叫んだ。


「マッシュ、本当か?」


「証拠って『カナンの魔女疑惑』の証拠か?」


「そうだ!」


 マッシュと呼ばれた青年は右手に握っていた丈夫そうな巻物をほどいた。


「隣のササロス村での病は、呪いなんかじゃなかった。上流の川の水が汚染されたんだ。山の上の放牧地で緑羊がたくさん病気で死んだ。その緑羊の死骸を川に投げ捨てたんだ。その証拠も見つけたし、一緒に見たヤツのサインもある!」


 その時に食堂にいた八人の男が彼の周囲に集まった。

 俺も興味を引かれ輪の中に加わる。


「それが本当なら、カナンが黒魔術を使って隣村を呪ったっていう疑惑は晴れるんじゃないか?」


「そうだ!査問官の奴ら、問答無用でカナンを引っ張って行きやがって!」


「これで彼女の無実を証明できるぞ!」


 何人かの男が盛り上がるように、マッシュに同調した。

 だが一人の男がポツリと口にした。


「だけど問題は、裁判までに間に合うかだよな。公開裁判が開かれるのはリュンデの町だろ?このルーデン村からじゃ五十キロは離れている」


 男たちのテンションは一気に下がった。


「そうだよなぁ。判決が出たら、もうどんな証拠も採用されない。すぐに火炙りだ」


「公開裁判が開かれるのは正午。そこで判決が出るまでに、証拠を提出しなければならない……」


 マッシュが巻物を握って叫んだ。


「だから、だから一刻も早く、誰かリュンデの町まで行って欲しいんだ!早くしないと、カナンは、妹は……」


 彼は両手をテーブルに着くと声を詰まらせた。

 それでも周囲の男は顔を見合わせる。


「今すぐに早馬を飛ばしても、正午までにリュンデにたどり着けるかどうか」


「それだけじゃない。最近はリュンデの町に向かう街道に、オークの山賊が出現している。奴らの騎馬イノシシは足が速い。見つかったらまずお終いだ」


「かと言って迂回していたら丸一日はかかる。とてもじゃないが裁判には間に合わない」


「いまここにいる冒険者が護衛になってもなぁ。馬車のスピードじゃリュンデに着くのは早くても夕方だ」


「八人程度の冒険者で、オークの山賊に敵うかよ」


 マッシュはテーブルを叩いた。


「頼む、何でもいい、誰でもいい。何とか妹を助けてくれ!たった一人の家族なんだ!それで今まで必死になって証拠を探したんだ!カナンは魔女なんかじゃない!無実の罪で殺させないでくれ!俺に出来ることなら何でもするから!」


 血を吐くような叫びだった。

 それを聞いて俺は、輪の後ろの方から手を挙げた。


「俺で良ければ届けるよ。その裁判のある町までの道さえ教えて貰えれば」


 全員の視線が俺に集まる。

 マッシュは涙に濡れた顔をあげた。


「本当か?」


「ああ、今は十時だよな?五十キロ程度なら道さえ間違わなければ正午には間に合うはずだ」


 俺がすぐに名乗り出なかったのは、ゴールであるリュンデの町までの行き方が解らなかったからだ。

 また行き方が判明しても、道路の状況が解らない。

 人間には通れてもバイクには通れない道かもしれない。


 だがこの男の妹を想う必死な態度を見ていると「何とかしてやりたい」という気持ちが強くなった。

 もちろん報酬を期待しない訳じゃない。

 エゲツない気もするが、今の俺には少しでもカネが必要だ。


 周囲の男が俺に怪訝な目を向ける。


「見かけない顔だな?アンタ、名前はなんて言う」


「千条ハヤテだ」


「じゃあハヤテさんとやら、いい加減な事を言うなよ。あと二時間半でリュンデの町まで行くだと?」


 俺はその男に尋ねた。


「その町に行く街道は整備されていないのか?馬車や荷車も通れないような道なのか?」


「いや、主要道路の一つだからそんな事はないが」


「それならたぶん大丈夫だ。馬車や荷車が通れるならたぶん俺のバイクも通れる」


「途中に峠や沼の近くを通るんだ。そこでオークの山賊が出る可能性が高い。襲われても逃げ場が無いんだよ」


「それなら突っ切るしかないな。確信はないが、俺のバイクはかなりのスピードが出せる」


 別の男が口を挟んだ。


「アンタ、昨日やって来た旅人だよな?変わった乗り物に乗っている。リュンデまでの道筋を知らないようだが、それはどうするんだ?」


 マッシュが身を乗り出す。


「それは俺が一緒に行って案内する」


 だが男は首を左右に振った。


「いや、肉親が証拠を持って行っても、中々信用してもらえない可能性がある。じっくり調べれば別だが、そんな時間も無い。証拠を提出するのは別人の方がいい」


「では道案内は我が勤めよう!」


 いつの間に起きてきたのか、俺のすぐ後ろにいたレミがそう宣言した。


「我はアチコチを修業しながら旅をして来た。この辺の地理にも詳しい。リュンデへの道筋も十分に頭に入っている」


「あんたは魔術師か?そうか、それなら適任かもな。おい皆、ここは一つ、この旅人に任せてみようじゃないか!」


 周囲の人間も賛同した。


「そうと決まったら、この証拠の書類に証人のサインを貰ってきてくれ。俺たち冒険者だけじゃダメだ。神父さんと、そうだなよろず屋のハンスさんがいい!」


 一人の女性がマッシュの手から巻物を受け取ると、急いで外に出て行く。

 マッシュは俺の近くに来ると、皮製の巾着袋を差し出した。


「これをアンタに預ける。100ディナ銀貨が二十枚入っている。おそらく役人に証拠書類を受け取ったもらうためには、ある程度の金が必要なはずだ。残りは路銀とアンタへの報酬になる。少ないかもしれないが、これが今の俺が払える限度なんだ。頼む!」


 俺はその巾着袋を受け取った。二千ディナと言うと二十万円くらいか。


「わかった。何とかアンタの妹さんを助けてみせるよ。アンタは妹さんのために祈ってやってくれ」


 他の連中は俺の出発のために、門番への連絡や、リュンデの町中の地図を書いてくれる。

 その間に俺はレミに耳打ちした。


「おい、このカナンって女の子は『魔女』の疑いで捕まったんだろ?それで魔女裁判が行われているんだよな?そんな所に魔術師のオマエが行って大丈夫なのか?」


 レミは呆れたような顔で俺を見た。


「何を言っているんだハヤテは?大丈夫に決まっているだろ。魔女裁判に懸けられるのは暗黒魔術を使った黒魔術師だけだ。人々の回復や幸運を祈る白魔術師や、運命を占う青魔術師、武器や防具の練成に特化した鉄魔術師、そして万物の理を研究する学門の徒である金・銀・銅の魔術師が役人に捕まる訳がないだろう」


 なるほど、魔術師にもいくつか種類があるって訳か?


「レミは何の魔術師なんだ?」


「何度も言っておろう。我は万物、森羅万象の理を探求する者、世界の深遠を知ろうとする者なのだと」


「じゃあ金・銀・銅の魔術師のどれかって事か?」


「ま、まぁ、そんな所だ……」


 レミは歯切れ悪くそう言った。

 やっぱりコイツ、なんか胡散臭い。



 三十分もしない内に、準備していた全員が戻ってきた。

 先ほどの巻物は教会の封筒に入れられ、さらに封蝋して神父の印が押されていた。

 俺はそれを受け取るとジャンバーの内ポケットに収める。

 そうして俺たちはギルドを出ると、外に停めてあったCBRに近寄った。

 全員が怖々ながらも、好奇心を持ってCBRを見つめる。


「これがハヤテの乗り物か?馬と荷車を合わせたみたいだな」


「車輪が前後についているが、これで走って倒れないのか?」


「バイク、って呼んでいたな。鉄と何で出来ているんだ、これは?」


 彼らの質問には答えず、俺は愛車CBRに跨る。

 タンデム・シートにはレミが乗った。

 彼女には俺が携帯していたゴーグルを渡す。

 イグニッション・キーを回し、セル・ボタンを押す。

 一発でエンジンは快調な音を立てる。

 うん、異世界でもコイツは頼りになる相棒だ。

 バイクの爆音に周囲の人間は驚くが、その中でマッシュはすぐに進み出た。


「頼む、ハヤテ。あんただけが頼りだ」


「解っている。任せてくれ」


 俺は安易な返答は嫌いだが、この場合はこう言うしかないだろう。

 ギヤを一速に入れクラッチをつなぐと、CBRは軽い砂煙を巻き上げて中央広場を後にした。




この続きは明日7:20頃に公開予定です。

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