第6話 岩山の大魔術師…見習い?(後編2)

「ふぉっ」


 俺は固いベッドの上に身を投げ出した。


「疲れたぁ~」


 レミアールは二段ベッドの上に昇る力も無いのか、俺のベッドで隣に寝転ぶ。


 俺たちがいるのは教会の片隅にある「恵みの部屋」だ。

 名前だけ聞くとカッコいいが、その実は掘っ立て小屋で、六つの部屋にそれぞれ二段ベッドが四つずつ入っている。

 他の部屋は違う村から来た研修生が泊まっている。


 今日は本来はホームレスの受入日ではないらしい。

 だがよろず屋のハンスさんの紹介と言う事で、特別に入れてもらえる事になった。

 と言っても予備のベッド置き場に泊まらせてもらうだけだが。

 しかもこの部屋は三畳程度しかなく、ベッドも二段ベッドが一つあるだけだ。


「全く何故この我が、このような雑用をせねばならないのだ。こんな仕事は弟子が一人でやるべきだ」


「やかましい!働かざらる者、食うべからずだ。それにオマエは俺の半分も働いていないだろうが!」


 さっきからレミアールの同じグチを二十回は聞いていて、いい加減オレは頭に来ていた。

 俺たちはタダで一晩泊めてもらう事が出来た。

 だが「タダ=無条件」という意味ではない。

 この教会の神父は俺たちに「教会内の清掃」を命じたのだ。

 礼拝堂、トイレ、廊下、前庭。

 これらの掃除は中々に大変だった。

 さらに俺は礼拝堂の壊れたイスの修理までやらされた。

 ハッキリ言って、時給に換算すれば宿泊代の二倍は働いたと思う。


「ところでやぁ~、ハヤテ」


「なんだ?」


「明日はどうするんけ?」


 レミアールは普段の会話と魔術に関する話とで、話し方が違うらしい。

 日常会話は「ワタイ……やん!」みたいなこの世界の方言丸出しだが、魔法に関する話や初対面の相手には「我は~」という中二病丸出しの言葉使いになる。


 レミアールに言われるまでもなく、俺も明日以降の事を考えていた。

 神父は「泊めるのは今日一日だけだ」と断言していたためだ。

 まぁ作業は今日の内にあらかたやり終えたからな。

 あのケチ神父じゃ、ムダに寝る所を提供する気はないだろう。


「この村で何か出来る仕事を探さないとな。レミ、おまえは何かできる事はないのか?魔法使いなんだろ?」


 俺は出会ってから彼女を「レミアール」とフルネームで呼んでいた。

 だが作業の途中で何度も名前を呼ぶのが面倒になり、途中から「レミでいいか?」と言ったら不承不承OKしたのだ。

 レミは俺を睨んだ。


「いいか、無知なハヤテに教えてやるが、魔法というのはそんな便利でご都合主義なものではないのだ。キチンとしたこの世の理と森羅万象への深い理解、その関係性を理解して長い歴史の上で魔術理論が構築されているのだ。『杖を振れば何でも出てくる便利屋』などと考えるでない!」


「へぇ~、それじゃあオマエはどんな魔法が使えるんだ?」


「一言では言い表しにくいが、我が学んで来たのは魔術理論、その中でも構築魔法理論だ。主に自然界の現象や物質、または存在のあり方を理解し、その成り立ちや歴史などを分析するという、非常に難解かつ深遠に迫る魔法なのだ」


「その魔法は何が出来るんだよ?」


「だから言っているであろう。そういう俗物的で即物的な考え方をするでない。我の魔法は存在そのものを理解するという理論魔法であり、何が出来るとか出来ないとか……」


「もういい、解った。つまりレミは魔法で何かを生み出したり、何か便利な事が出来たりとか、そういう魔法じゃないんだな」


 レミは沈黙した。どうやら図星のようだ。


「わ、ワタイだって、もっと研究と修業を積み重ねれば、何かを作り出したり、きっと凄い事が……」


……コイツ、使えねぇ……


 俺はレミに背を向けた。


「もういいから寝ろ。明日は早く起きて、仕事を見つけないとならないからな」


 イジイジしているレミにそう言うと、俺は目を閉じた。

 こうして俺の異世界での最初の一日は終わった。

 明日もきっと大変な一日になりそうだ。



 翌朝、俺たちはまだ陽が昇る前に叩き起こされた。

 まずは炊事用の大きな水瓶を、一杯にするまで泉から水を汲んでくること。

 それが終わったら教会周辺の掃除。

 そして朝飯の前には教会を追い出された。


「朝っぱらから働かされるんだ。せめて朝飯くらい食わせろよ!」


 俺とレミはブツブツと文句を言いながら教会を出た。

 仕方なく、またギルドの食堂に入る。

 朝飯は昨日と同じく茶麦パンを4つだ。


「またパンを2つだけなんけ?」


 レミが切なそうにパンを見つめる。


「仕事を見つけるまでは仕方が無いだろ?俺の所持金じゃ、このパンだけでも二人で一週間持たないんだぞ。贅沢を言うな!」


 俺とレミは、そうしてギルドの食堂で時間を潰した。

 どうやらここは冒険者の交流の場も兼ねているらしく、営業時間中なら何時間いても文句を言われない。

 今の俺にとってはありがたい事この上ない。

 時間が経つにつれ、周囲に冒険者達がやって来て、様々な話をしているの聞える。


「ザルドラス平原でこの国の軍隊が敵国の軍を打ち破った」


「王都では『スパイ摘発強化令』が出されたこと。それにより王都に入るには居住地域の長が発行する手形が必要になった」


「隣村に呪いをかけた魔女の裁判は今日行われるらしい。判決が出れば即刻死刑かもしれない」


「運び屋がまた運送料を値上げした。特に辺境地域では今までの一.五倍になった」


「今年はキンパーダの実が不作らしいので、食用油の価格がかなり上昇するかも」


「バルアック高原を防御するため、王都から騎士団が派遣された。その騎士団の団長の一人は女性らしい」


「バッツバロバ峠でオークの山賊が出た」


 などなど。

 耳慣れない単語や地名が多く、理解できない話も多いが、俺にとっては貴重な情報源だ。

 俺は食堂のテーブルに座り、周囲の話に耳を傾けていた。

 隣ではレミが気持ち良さそうに居眠りをしている。

 そんな中に一人の青年が血相を変えて飛び込んで来た。


「証拠が、証拠が見つかった!誰かリュンデの町まで行ってくれないか!」




この続きは明日7:20頃に公開予定です。

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