第8話 正午までに届けろ(後編)
俺たちがいたルーデン村は、この国でも北東の外れの方にあった。
よって目指すリュンデの町はおおよそ南西の方向にある。
村の周囲は草原だったが、さらに進むと木々が多くなり、周囲を山に挟まれるようになった。
「ハヤテ、ここから山間部の道になるけ。山賊が出るとしたら、そろそろのはずだやん」
レミも緊張のせいか、言葉がすっかり地の方便になっている。
「山賊がどこを活動拠点にしているか解るか?」
「そこまでは解らないんが、オーク共には縄張りがあるけ。その範囲はだいたい半径十キロ程度だやん。おそらくこの山を縄張りにしているなら、麓のあたりまでがヤツラの勢力圏だろうっち」
「なにか襲ってくる時の前兆みたいなものはあるのか?」
「山賊だって闇雲に襲ってくる訳じゃないけ。どこかに見張りがいて、襲う相手を選んでいるはずだっち。合図に使っているのは、おそらく狼煙やろうな」
「なるほど、狼煙が見えたら要注意、って事だな」
俺はそう言いながら、スピードは時速六十~七十キロ程度に抑えていた。
道はかなり整備されている。
五十キロ程度の距離なら、正午までに到着できるはずだ。
それにこのスピードなら、慣れない道で何かあっても対処できる自信がある。
本当はもっとスピードが出せるが、俺はある狙いがあってそれ以上のスピードは出さないでいた。
街道は舗装されており、かなりシッカリと固められている。
雨が降っても馬車や荷車が車輪を取られないようにするためだ。
レミが言うには主要街道の場合は、小石と砂に石灰岩の粉を混ぜた舗装がされているらしい。コンクリートに近いものだ。
もちろんアスファルトと比べる訳にはいかないが、オフロードと言うほどではない。
直線なら時速150キロは簡単に出せるだろう。
山に入って高度は三合目くらいになった所だ。
「ハヤテ、あれ!」
レミが左前方を指さす。
言われるまでもなく、俺もそれに気がついていた。
少し雲がある空に、二本の狼煙が上がっている。
「あれが山賊の狼煙か?」
「たぶん」
「襲ってくるとしたら、どの辺か判るか?」
「この先でカーブが連続している所だと思うっち。右側が谷になっていて、山側から山賊が襲ってきたら逃げられないやん」
「つまりスピードで振り切るしかない、って事だな?」
俺は犬歯をむき出しにして凶暴な笑いを浮かべた。
スピードを変えず、峠道をそのまま進んでいく。
山の中腹に差し掛かったところだ。
おそらくこの街道の一番標高が高い場所だろう。
左コーナーを向けると、目の前が急に開けた。
樹木がない草原地帯になっている。
その中央付近に、異様な風体の連中が道路と並行に一直線に並んでいたのだ。
背後でレミが叫んだ。
「オークの山賊やッ!」
「おっしゃああぁぁ!行くぜ。しっかり掴っていろ!」
俺はスロットルを捻った。
CBRは一気に加速する。
急加速したCBRに、山賊達は焦ったようだ。
一列に並んでいた隊列に乱れが見える。
おそらく連中は、俺がちょうどヤツラの真ん中まで来た時に、前後から取り囲むように襲うつもりだったのだろう。
だが俺が急にスピードアップしたので計画が狂ったのだ。
俺はこれを予想して、今までスピードを押さえて走っていた。
CBRの性能を知られないように。
それに時速60キロ程度でも、騎馬にしたらかなりのスピードのはずだ。
隊列を崩したオークの山賊が、左手の丘から一気に駆け下りてくる。
オークどもはずんぐりムックリしたイノシシに乗っている。
あれが騎馬イノシシか。
中々のスピードと加速力だが、所詮はこのCBRの敵じゃない。
大半の山賊達が草原を駆け下りる前に、俺のCBRはヤツラの待ち伏せ位置を抜け出していた。
だが四騎のオーク達が俺の前に出る事に成功した。
「レミ、舌を噛むなよ!」
俺はそう言うとCBRを山側に向けた。
CBRが草の斜面を一気に駆け上がる。
前にいたオーク達も慌てて俺を追ってくる。
しかし止まっている状態から登りの加速では、スピードが出ない。
俺の操るCBRは山側から四騎のオークを通り越す。
ズルッ、ズルッ
く、後輪が草で滑る。
元々オンロードタイプのCBRは、こういうオフロードは苦手だ。
パワーに負けて後輪が滑り始めるが、俺はそれを巧みに操った。
だがいつまでも草地を走る訳には行かない。
このままではオークに追いつかれてしまうだろう。
俺はすぐに草地から元の街道に進路を向ける。
しばらく草地を走り、やがて「ドン」という前輪にショックを感じるとCBRは街道に戻った。
「ハヤテ、奴らが追ってくるっち!」
レミが悲鳴に近い声を上げた。
「そりゃ追ってくるだろうな」
俺はバックミラーに映るオーク達を見た。
奴らはCBRの背後十メートルくらいの所にいた。
オーク達が乗っている騎馬イノシシは確かにスタートダッシュは早かった。
それに山道にも慣れている。
だがトップスピードはそれほどではなさそうだ。
これなら振り切れる。
そう思った俺はスロットルを少し捻った。
オーク達の騎馬イノシシと距離が開く。
こういう下りの峠道なら、俺の得意な「膝擦りハングオン」を決めたい所だが、そこまでする必要はない。
オフロードのコーナーリングで身体を起してバイクだけ寝かせる『リーンアウト』も必要ないだろう。
俺はごく普通にタンクに身を伏せ、ブレーキを早めに効かせて十分に減速してコーナーを回り、立ち上がりの加速で引き離すことにした。ここで転倒したら全てがパーになる。
オークどもは手槍や斧を投げてくる。
「ハヤテ!オークが槍を!」
「畜生!俺のバイクを傷つけたら、奴らタダじゃおかねーぞ!」
俺は叫びながらも車体を左右に振り、狙いをつけさせないようにした。
道路が直線部分に出た。さらにスロットルを捻る。
ファンンンーーーッツ
CBRが快調なエンジン音と共に、グンと加速する。
ぐんぐんとオーク達を引き離す。奴らが槍や斧を投げても、もはや届く事はない。
「凄い、凄いスゴイすごいっち!騎馬イノシシどころか、馬も、いや騎竜だってこんなスピードは出せないやんッ!」
後ろのレミが興奮した声を上げた。
最初は初めて体験するスピードにビビッて俺にしがみ付いていたが、俺が余裕をもって走っているのを知ると、レミも恐怖心が薄れたのだろう。
「あのオーク達はどこまで追ってくると思う?」
俺が考慮したのは、オーク達の乗るイノシシの持久力だ。
まぁ俺の愛車CBRを上回る訳はないんだが。
「オークの騎馬イノシシはけっこう耐久力はあるけ。おそらくこの山を降りた沼くらいまでは追ってくるだろうっち。だがその先は奴らの縄張りから考えても、おそらく追って来れないと思うやん」
「なるほど、つまりこの山を降り切って沼さえ抜けたら、後はのんびり走ればいいんだな」
「そうやな。このハヤテの乗り物ならゆっくり走っても、正午までにリュンデの町には余裕で着けるだろうしな」
レミの弾んだ声を俺は背中で聞き、そのまま快調に峠を下って行った。
山を降りきり、沼のほとりを抜ける。
沼と言っても水はキレイだ。湖と言ってもいいんじゃないか?
ただ道を外れると湿地帯になるらしく、馬車などがそこにハマり込むと抜け出せない。
その点が山賊に襲われやすい理由だろう。
オークの山賊達もあまりのスピードの違いに、追跡は諦めたようだ。
俺はレミに聞いた。
「ここからリュンデの町まで、あとどのくらいだ?」
「この沼がほぼ中間地点だっち、あとは平坦な森の中を通るだけだやん」
俺は腕時計を見た。
既に十一時十五分。
オークの山賊をやり過ごすためにスピードを押さえたのだが、思ったより時間が掛かってしまった。
「急ぐぞ。振り落とされるなよ」
俺はさらにCBRのスピードを上げた。
草原混じりの森の中を抜けると、木々が切れたところで前方に木製の壁に囲まれた町が見えた。
「あれがリュンデの町だっち」
レミが後ろからそう告げる。
「ルーデン村に比べると、壁に囲まれていて外敵にキチンと対応している感じだな」
「ルーデン村はかなり辺境だっち。町が大きくなればなるほど防御も堅固になるやん。これでもまだ木製の壁なんて甘い方だやん。ちゃんとした都市なら石造りの壁で、軍隊レベルでも簡単には突破できないやん」
都市の外側に農地が広がり、その部分が簡単な柵で囲われているのは、この世界の常識なのだろう。
俺は再び腕時計を見た。
もう時計の針は十一時五十分を指している。
裁判は正午には開始されるのだ。急がねば。
やはり門の入り口で、やはり槍を持った男二人が門番をしている。
そしてここでも門番はバイクに興味を示しつつ、簡単に通してくれた。
農地を抜け、木製の壁の前にまで来る。
ここでは今までと違い、防具に身を固めた明らかに「歩兵」姿の門番が二人いた。
「リュンデの町に用事か?」
一人がそう聞いてくる。
「ああ、今日の正午にこの町で魔女裁判があるだろう?そのために重要な証拠を持って来たんだ。入れてくれ」
二人の門番は顔を見合わせた。
この続きは、明日7:20頃に投稿予定です。
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