第9話 魔女裁判の町

「リュンデの町に用事か?」


 二人の門番の内、一人がそう聞いて来た。


「ああ、今日の正午にこの町で魔女裁判があるだろう?そのために重要な証拠を持って来たんだ。入れてくれ」


 彼らは顔を見合わせる。


「今日の正午の魔女裁判って言うと『ササロス村の魔女疑惑』の裁判か?」


「そうだ。そこでルーデン村のカナンって女の子が裁判にかけられると聞いた。その嫌疑を晴らす重要な証拠なんだ。裁判で判決が出るまでに届けないとならない。急いでいるんだ、頼む」


「わかった」


 門番の一人が門を開いた。もう一人が


「もうすぐに裁判は始まる。町の中央広場で臨時の裁判所と火刑台が設置されているから、すぐに判るはずだ」


……火刑台?……


 俺はビックリした。

 と言うか、もう死刑にする気満々じゃないか。


 俺は礼もソコソコに、バイクを発進させた。

 町中なのでそれほどスロットルは開けないが、大急ぎで中央広場を目指す。

 やがて中央広場が見えてきた。多くの人間が集まっている。

 既に裁判は始まっているらしい。

 俺はスロットルを煽って空ぶかしをした。

 CBRの甲高い排気音が鳴り響く。

 群集が一斉にコッチを見た。一段高い所にいた裁判官も驚いて俺の方を見る。

 そのまま群集にバイクを突っ込ませる。

 人々は慌てて道を明けた。

 俺は裁判のド真ん中でバイクを止めた。裁判官と証人らしき人間が呆気に取られて俺を見る。

 その前には後ろ手に縛られた赤毛の少女が立っていた。

 粗末な衣服が痛々しい。

 彼女がカナンだろう。


「この裁判、ちょっと待ってくれ!ここに新しい証拠を持って来た!」


 俺はそう叫ぶと、懐に入れた封筒を差し出した。


「新しい証拠?」


 それまでポカンとした表情を浮かべていた裁判官が、少し慌てた表情を浮かべる。


「そうだ。ササロス村の病は呪いなんかじゃない。病気で死んだ羊の死骸を川の上流に捨てていた。その川の水を飲んだ村人が病気になったんだ。その証拠と証言がここにある」


 裁判官と証人が顔を見合わせている。

 って言うか、この裁判には弁護士はいないのか?

 しかもこの証人は警官じゃないのか?

 どう見ても支配者側の人間だ。


 証人が一段高い所から降りてきて、俺の前まで来ると「渡せ」と手を差し出した。

 俺は封筒をその男に渡す。

 証人はその場で封筒を開いて、証拠の書類を読んだ。難しい顔をしている。

 やがてその手紙を裁判官に渡すと、自分の席に戻った。

 裁判官は受け取った手紙をじっくりと見つめている。

 二度ほど読み直したのだろうか?

 裁判官は手紙から目線を上げると、俺の顔を見つめた。


「ここに書かれている事は真実か?」


「そう聞いている」


「ではおまえ自身がこの手紙の内容を保証するのではないのだな?」


 俺は返答に困った。

 俺はこの手紙を時間までに届ける約束をしただけだ。

 『内容の保証』なんて出来る訳がない。

 だが……俺がここで「保証なんてできない」と言ったらば、裁判の結果に悪い影響が出ないだろうか?


「確かに、俺はこの手紙を届けるために来た者だ。だがこの手紙を書いた人間は信用できる男だ。そのためにルーデン村の神父や、他の人間が証人としてサインしているんじゃないか?」


 裁判官は疑わしそうな目で俺を見た。


「しかしこの手紙だけで無罪放免とする訳にはいかん。万が一でも、黒魔術を使う魔女を逃したとあっては、近隣の町や村にとって重大な脅威となる」


 俺は下唇を噛んだ。

 『この世界は、神父や村の有力者やサインをすれば裁判官は信じてくれる』

 俺はそう考えていたのだが、そこまで甘くは無かったようだ。

 だが『罪の無い少女が火炙りにされる』という局面で、このまま引っ込む訳にはいかない。


「それじゃあ『脅威になるかもしれない』ってだけで、無実の少女を殺すのか?」


「それが社会の治安を守るということだ」


 そう言い切った裁判官を、俺は驚愕の目で見た。

 ここまで理屈が通らない法を、堂々と裁判官が口にするなんて!


「そんなバカな!疑いだけで無実の少女を火あぶりだなんて、狂ってる!」


「それならばお前が保証すべきだ。この娘が魔女だった場合、お前も一緒に火刑になるのだ。それでもよいか?」


 裁判官は厳しい口調で、そう俺に迫った。

 俺は言葉に詰まる。

 何と言うムチャクチャな理屈……


 だがここは異世界だ。俺の考える常識など通用しない。

 そして……俺にしても見ず知らずの女の子のために、そこまで命を張る覚悟はない。

 「魔女なんてバカバカしい」と思いつつも、ここは実際に魔法が存在する世界なのだ。


「待たれよ!」


 それまで黙って俺と裁判官のやり取りを聞いていたレミが、一際大きな声を張り上げた。


「そこまで言うなら、そこの少女・カナンが火刑にされた後で無実だと判った場合は、貴殿らは責任を取るのだろうな?」


 レミのその発言を聞いて、裁判官はうろたえた表情を見せた。


「裁判官、あなたは『彼女が黒魔術の魔女なのに逃がした場合』のリスクを口にした。そしてそのリスクを『無実の証拠の手紙を運んできた人間』にも追わせようとしている。それならば当然『娘が無罪なのに火あぶりにされた場合』は、裁判官、あなたがその責任を取らねばならないはずだ!」


 裁判官の目が泳ぐ。

 助けを求めようと証人の方に視線を向けた。

 するとレミは今度は証人の方を指さした。


「治安維持官、あなたは『この娘が魔女である』という事の証人として、この場にいる。では聞きたい。何の根拠があって、この少女が魔女だと言うのか?」


 証人=治安維持官は気圧されながらも答える。


「それは、その娘が、カナンがササロス村近辺で怪しい行動をしていたという証言があったからだ」


「怪しい行動とは何であろうか?」


「夜更けにササロス村近辺で女が一人でうろついていた。これほど怪しい事があるか!」


 そこでカナンは叫んだ。


「それは違います!あの日、私はササロス村の村長にレンズ豆の代金を受け取りに行っただけなんです!村長が夜しかいないから、その時に来いって言われて。でも村長は代金を払うどころか、私にいきなり抱きついて来て。それで私は必死に逃げただけなんです!」


 カナンは涙を流していた。

 俺は彼女を見ながら思った。

 ずいぶんと酷い話だ。

 つまり真実は、ササロス村のエロ村長がカナンをモノにしようと夜遅くに「代金を支払う」と言って呼び出した。

 ところがカナンが強く拒絶して逃げ出したので、その腹いせで村の病気を『カナンの呪いのせい』にデッチ上げた、と言う事か?


 治安維持官はカナンを威圧するように怒鳴った。


「嘘をつくな!村長はオマエを呼び出してなんかいないと言っている。そして他の村人が、その時間は村長と一緒だったと証言しているんだ!」


 俺は治安維持官を睨んだ。

 おそらくその証言したという村人もグルなのだろう。

 しかしその証言を突き崩す証拠がない……

 その時、レミは自信タップリに言い放った。


「では聞きましょう。その少女、カナンが行ったという黒魔術の術式は?それに必要な魔術具、または薬草、または生贄などの証拠は一つでもあるのか?」


 治安維持官が言葉に詰まった。


「ササロス村では腹痛の上で何日も高熱を発した病人が出たのであろう?確かに腹痛や高熱を引き起こす黒魔術は存在する。だがそれを村全体に引き起こすには、かなり大規模な術式が必要だ。それに伴う準備も大掛かりなものとなるはず。それらの証拠が一つもない、などと言う事はありえない。証拠の品はどこにあるのだろうか?」


 治安維持官の態度は明らかに動揺していた。

 だが彼は居丈高に出て、レミを逆に恫喝しようとした。


「貴様、貴様は何の権限があって、そんな事を言うのだ!貴様は魔法使いについて、何を知っていると言うのだ!いい加減な事を言うと許さんぞ!」


「我は『樹海の賢者・ラスモリー』の血を引く者。そして魔法学者マルセル・マグネルから統合魔術理論を学んだ者」


 その言葉を聞いて、裁判官と治安維持官の顔色が変わった。

 そして集まった群衆の中からもどよめきの声が聞える。


「樹海の賢者・ラスモリーの末裔だって?じゃああの娘は『虹彩魔術一族』の?」


「森羅万象全ての魔術の発祥であると言う?」


「しかも魔法学者マルセル・マグネルと言ったら、あの帝国五大魔術師の一人である?」


「なんでそんな凄い人の弟子が、こんな辺境の地に?」


 周囲の反応を見て、俺自身も驚いた。

 ついさっきまで、レミは「魔術師を語った物乞いペテン師」だと思っていたのだ。

 だがこの周囲の反応からして、レミはもしかして本当に凄い人間なのかもしれない。

 いや、『凄い人の名前を語っただけのペテン師』の可能性もあるが。


 群集のざわめきとしばらくの沈黙を経て、裁判官が観念したように口を開いた。


「わかった。今日の段階では刑の執行は無期限停止としよう。だが完全に疑いが晴れた訳ではない。娘の身柄はルーデン村の人間が引き取りに来るまで、教会の一室に監禁する」


 俺はホッとした。

 すると裁判官は今度は俺に向かって言った。


「手紙を運んで来た男。オマエもだ。オマエが黒魔術の魔女の仲間という可能性もある。それにカナンが本当に魔女だった場合、オマエにも責任を取って貰わねばならないからな。オマエも一緒に教会に監禁する」


「なんだって!」


 思わず俺は声を上げた。


「安心しろ。ルーデン村の人間が引き取りに来るまでだ。長くても三日程度で迎えが来るだろう」


 裁判官のその言葉に、横でレミがうなずいた。


「まぁ、そのくらいは仕方がないだろうな」


 俺はレミを睨んだ。

 ちくしょう、他人事だと思って……



 俺とカナンは、リュンデの町の教会の研修棟の一室に軟禁された。

 と言っても外からカギが掛けられている訳ではなく、教会内なら自由に歩き回る事ができる。

 一応、見張りの人間が付いている程度だ。

 食事も三食ちゃんと出る。

 言ってみれば、昨夜泊まっていたルーデン村の『教会による善意の宿』と変わりはない。

 むしろ『奉仕活動の強制』がないので、こっちの方が待遇がいいくらいだ。


 そして金が無いレミは、当然のように俺に引っ付いて来た。

 まあ今回の裁判については、彼女の功績は大きかったが。

 よって俺とレミ、そしてカナンは同じ部屋で何日か一緒に過ごす事になった。


「ありがとう、本当にありがとうございます。あなた達のお陰で、私は火あぶりにならずに済みました」


 部屋に入るとカナンは、自分の膝に額が付くくらい頭を下げて礼を言った。


「魔術で無実の人間がいるなら、それを助けるのは魔術師としては当然の事。しかし感謝の気持ちを現したいと言うなら、それは喜んで受け取るが」


 得意顔でそう言うレミを、俺は押し留めた。


「レミ、俺達は既に謝礼を貰っているだろ。カナンさん、俺達は君のお兄さんに頼まれて手紙を運んだだけなんだ。お礼なら君の無実の証拠を掴んで来たお兄さんに言うといい」


「兄さんが……」


 彼女は涙を堪えるような顔をすると、下を向いた。

 俺には兄弟はいないが、こういうのを見ると「兄妹っていいな」と思ってしまう。

 それにカナンはかなりの美少女だし。


 と、そこで俺は思った。

 もしかしてこれからしばらく、俺はこの美少女と同じ部屋で一緒に過ごす?

 え、いきなりそんなオイシイ展開……

 だがそんな俺の気持ちを読んだかのように、横でチビガキ魔術師が口を開いた。


「そうだな、あなたのお兄さんがルーデン村から来るまで、おそらく三日くらいかかるだろう。釈放となると五日後くらいかな?それまではこの男がカナンさんに襲い掛からないように、我が監視してあげよう」


 う~む、異世界転生しても、そうアニメのように上手くはいかないものだ。



この続きは、明日7:20頃公開予定です。

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