第3話 岩山の大魔術師…見習い?(前編)

「すみません、ちょっといいですか?」


 小高い岩の上に座る人影に向かって、俺はそう声をかけた。

 だがその人影は、俺の言葉に返事もせず、微動だにしない。


「あの、すみません。お聞きしたい事があるんですけど」


 そう言いながら岩山をよじ登る。

 相変わらず反応がない。

 岩の上に到着すると、その人物は石像のように座り込んでいた。

 濃い紫色の大きなトンガリ帽子と、全身を覆い隠すようなマントを羽織っている。

 アニメの典型的な『魔術師』のスタイルだ。


「あの~、聞いてます?」


「話しかけるな。我は今、天地の精霊と交信の最中なのだ。俗人が介入して良いものではない」


「はぁ?」


 あまりに相手の反応がないので、てっきりお地蔵さんに帽子とマントを被せているかのと思った。

 この人は何かの修業中らしい。

 俺の世界でもインドでは荒地に修行僧などがいたからな。

 声からするとまだ少女のように思えるが。

 そして足をM字型に開いたペッタン座りで両手を地面に着いているので、俺にはヘタリ込んでいるように見えた。

 どうやら話しかけてはイケナイようだ。

 俺は黙って方向転換をして、岩山を降りようとした。


「!」


 いきなり右足をつかまれた。

 危なくツンのめって、転げ落ちそうになる。


「な、何すんだよ!」


 俺は声を荒げた。岩山はそれほどの高さはないが角度は急なので、ここで足を取られたら、道路まで転げ落ちてしまう。


「我の精霊との交信を邪魔しておいて、そのまま帰るつもりか?そんな無法は許されんぞ!」


「別に俺だって邪魔するつもりで声をかけたんじゃない。道を聞きたかっただけだ」


「貴様のその問いかけにより、我は集中を乱し精霊との交信が途絶えてしまった。貴様はその責任を取れ!」


「責任って、何をさせる気なんだ?俺は何も持ってないぞ」


 そこで相手は初めて顔を上げた。

 年齢は十三~四歳くらいだろうか?

 丸い大きなメガネをかけているが、整った可愛らしい顔立ちだ。

 とてもじゃないが魔法使いには見えない。


「喜捨しろ」


「喜捨って、金を出せって事か?それってカツアゲに近くないか?」


「無礼な!我は偉大なる魔法使い、樹海の賢者・ラスモリーの末裔だぞ!そんな野蛮なことをする訳ない!」


「難癖つけて金を取ろうとしているんだから、同じだろうが!」


「難癖とは何だ!貴様の無礼を僅かな喜捨で済ませてやろうと言っているのだ!我の温情に感謝こそすれ、文句を言う道理がどこにある!」


「ふざけんな!付き合ってらんねー!」


 俺は強引に掴まれた足を振りほどいた。

 するとトンガリ帽子はバッタリと前に倒れた。


「おい、オマエ、大丈夫か?」


 倒れ方があまりにパタンと行ったので、心配になって聞いてみる。


「う……む、精霊との交信は、非常にマナを消費するのだ。今の私のMPではすぐにここを動くことができん」


「そうか、じゃあマナが回復するまで頑張れよ」


 俺は片手を上げてその場を立ち去ろうとする。

 するとトンガリ帽子が恨めしそうな声を出した。


「貴様のせいで、我が張った防御結界まで崩れてしまった。このままでは付近に住む魔獣に対して無防備に過ぎる。一刻もしない内にこの身は魔獣どもに引き裂かれてしまうだろう。あまりに無念」


 トンガリ帽子が頭を上げて、ツバの下から俺を睨む。


「もし我がここで魔獣の餌食となったならば、我が魂魄こんぱくは怨霊となって魔獣どもと一体化し、必ずや貴様を取り殺してくれる」


 コイツ、滅茶苦茶な言いがかりをつけてくるな。

 道を聞いただけで、怨霊に取り殺されなくちゃならないのか?

 そもそも『声を掛けただけで崩れる防御結界』って、どんだけ脆いんだ?

 だがここは異世界だ。俺の常識は通用しないかもしれない。


「解った、解ったよ。どこか安全な場所まで連れて行ってやる。それで文句ないだろ?」


「解ればよい。さすれば我が身をおぶるのだ。今の我は自分では動けんのでな」


 チッ、仕方ない。

 俺は軽い舌打ちをして、小柄なトンガリ帽子の少女を背負った。

 体重も軽いが、身長も大きくは無さそうだ。150センチはないだろう。


 俺は彼女を背負って岩山を降りた。

 そのままバイクのタンデムシートに乗せる。

 CBRはレーサー・レプリカ・タイプのため、タンデムシートは小さく乗りにくい。


「歩けないって言っていたけど、俺には掴まっていられるのか?ちゃんとしがみ着いてくれないと、振り落とされてしまうぞ」


「オマエに掴まっているくらいは大丈夫だ。この乗り物はなんだ?」


「バイクって言う、機械仕掛けの馬みたいなもんだ。まぁゆっくり走ってやるよ」


 俺はそう言うとCBRに跨った。


「俺の腹に手を回して、しっかり掴っていてくれ」


 彼女は言われた通り、俺の身体に手を回してしがみついた。

 その時、背後でお腹のあたりから「ぐう~っ!」という大きな音がした。


「おい、今ずいぶん大きな音がしたよな?あれって腹が減って鳴る音じゃないか?」


 俺が振り返ると、彼女は真っ赤な顔をして否定した。


「違う、断じて違う!あれは空腹の音などではない!あれ、その、そうオマエの気のせいだ!」


 彼女が慌てたせいか、再びそのお腹が「ぐ、ぐう~」と言う大きな音を立てた。


「おまえ、もしかして、動けなかったのはタダの空腹のせいじゃないのか?」


「ち、違う!そうではない!そんな事よりも、早くこの場を出発しよう!陽が落ちるとどんな魔獣が襲ってくるか知れん!」


 適当な事を言いやがって。

 だが今さらここで彼女を置き去りにするのも忍びない。


「仕方ない。とりあえず一番近い町か村はドッチの方向か、案内してくれ」


 俺はバイクのギアを一速に入れた。



 こうして俺は『本当に修業していたかどうか不明な、自称・魔法使いの少女』を乗せて荒野を走った。

 メットは一つしかないのでゆっくり走る。

 転倒したら彼女が大怪我をしそうだからな。


「なぁ、オマエ、名前はなんて言うんだ?」


 彼女に深入りする気はなかったが、いつまでも「オマエ」じゃ話しにくい。


「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきだ。無礼であろう」


「そりゃそうだな。俺の名前は千条ハヤテ。大学生だ。ヨロシクな」


「『大学』とな?それは帝国の最高教育機関ではないか!貴様はそこの学生なのか?」


 少女魔術師は驚いた声を上げた。


「とてもそうとは見えんが……」


「ウルセー!ここに置いてくぞ!俺の通っている大学はなぁ、Fランの誰でも入れる大学なんだよ!」


「『誰でも入れる大学』?そんなモノがある訳がない。世界中の国と繋がりがある我々魔術師でも、そんな話は聞いた事がない!国の最高教育機関である大学に入れるのは、貴族か、相当な金持ちか、とんでもなく優秀で素質がある人間のはずだ」


 その括りで言ったら、確かに俺は当てはまらないわな。


「それより今度はオマエの事を教えろよ。俺は名前を言ったぞ」


「ふふ、良く聞け。我は魔術師レミアール。伝説の魔術師『樹海の賢者・ラスモリー』の血をひく者だ」


 レミアールと名乗った彼女は、バイクのタンデムシートから立ち上がろうとした。


「バカ!あぶねー!。二ケツしてるバイクで立ち上がろうとするな!それと俺から手を放すな!落っこちても知らねーぞ!」


 俺に怒鳴られて、レミアールは渋々座り直した。


「良かろう。それと貴様はこの我に出会えた幸運を感謝するがよい。いずれ我は世界に名を轟かす偉大な魔術師となるのだからな。貴様は我の大いなる旅立ちの第一ページに記される事になる」


 まったく口の減らねーガキだ。おまけに中二病全開だし。

 ん、待てよ、コイツの発言、何か引っかかるぞ。


「おい、レミアール。おまえ今『大いなる旅立ちの第一ページ』と言ったよな」


「それがどうかしたか?」


「と言うことは、おまえはまだ魔術師として駆け出しなんじゃないのか?」


「どのような偉大な存在も、最初の第一歩はあるであろう」


「いや、そう言う事を聞いているんじゃねーし。つまりおまえは本当に魔法使いなのかって事」


「我は古えより伝わる魔道師の一族なり。その祖は帝国の礎を築いた伝説の魔術師『樹海の賢者・ラスモリー』で……」


「それはさっき聞いた。そもそも祖先が偉大な魔術師だからって、オマエまで魔術師かどうかは判らねーだろ?」


「無礼者!我が祖先、我が一族を愚弄する気か?」


「話をすり変えるな!誰もオマエの祖先や親戚を疑ってない。オマエ自身は魔法を使えるのかって聞いてるんだよ」


「我はまだ修業中の身。それに魔法の秘術とは、簡単に人に見せるものではない」


 コイツ、本当はただの物乞いか、家出少女かなんかじゃねーのか?

 どうも魔術師だって言うのは胡散臭いぞ。


「じゃあ最後に一つ質問だ。『樹海の賢者』の末裔が、どうしてあんな砂漠の岩山に一人でいたんだ?あそこには草木の一本もなかったぞ」


「それは天の導く所。我の預かり知る所ではないのだ」


 コイツ、やっぱりパチモン臭え。




この続きは明日7:20頃に投稿予定です。

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