第32話 毒に冒されて(前編)

 午後四時半を回った頃、俺は州都アーレンにたどり着いた。

 まっ先にマルクスラバッハ辺境伯の屋敷に向かい、獣人系の執事にサインを貰った証書を渡す。

 彼はそれを確認すると金貨入りの袋と注文書を手渡し、ハルステッド商会に渡すように告げた。


 どうやらリックのチームの騎馬や騎竜よりは先に到着したようだ。

 だがまだ安心はできない。

 ここからミッテンまでは三十キロほどだ。

 この程度の距離なら、奴らも夜間走行するだろう。


 そして……俺の体調は最悪だった。

 頭の芯からガンガンするような頭痛、全身を襲う倦怠感と寒気、そして身体の筋肉が全てズキズキと痛む。

 吐き気も強かった。

 途中で何度もバイクを止めて胃の中の物を吐いてしまった。

 視界さえぼやけていた。マジで最悪だ。


……なんとか解毒しなければ……


 俺は朦朧とする意識の中で、それだけを考えていた。

 だが俺には毒に関する知識なんて無いし、オークの毒なんてなおさら解る訳がない。

 唯一の頼みの綱はレミだ。

 魔術師協会に行けば魔法通信でレミと連絡が取れる。

 俺はフラフラになりながらも、何とか魔術師協会にたどり着いた。

 豪奢な建物の中に入ると、受付の女性に聞いた。


「魔法通信を行いたいんですが」


 女性は事務的な笑顔を向ける。

 だが俺の様子を見るとすぐに怪訝な顔をした。


「通信用の魔法具はお持ちですか?」


「はい」


 俺は右耳のピアスを指差した。


「それでしたら、この建物の近くならどこでも通信できますよ。そこのロビーのソファで通信されるといいです」


 そう言ってロビーの空いているソファを指差した。


「ありがとう」


 俺は礼もそこそこにフラつく身体を何とか操ると、ソファに身体を投げ出した。

 再び冷や汗がドッと出てくる。

 だがここで意識を失う訳にはいかない。

 俺は気力を振り絞ってレミに話しかけた。


「レミ、レミ、聞えるか?」


 三回ほど呼びかけると、頭の中にレミの声が響いた。


「ハヤテ?今、どこにいるのけ?」


「アーレンの魔術師協会だ。聞きたい事がある」


「どうしたのけ?声が苦しそうやけど」


「オークの吹き矢にやられた。毒が塗られていたみたいだ。解毒方法を知りたい」


「オークの毒?どんな毒やん?」


「茶色い粘液で吹き矢の針に塗るタイプだ」


「いまのハヤテの症状はどんな感じけ?」


「激しい頭痛と全身の筋肉痛、身体がダルくて寒気がする。それから何度か吐いた。視界もボヤける」


「吹き矢を受けてから、どのくらいの時間が経った?身体に入った毒は少量け?」


「かれこれ三時間くらい前だ。針の先端が刺さっただけだから、身体に入った毒はごく少量だと思う」


 しばらくレミは沈黙していた。


「解らんけど即効性の毒ではなかったみたいやな。即効性の毒ならハヤテはそこまで持たなかったはずやん」


「・・・」


「バイクにはまだ乗れるのけ?無理ならワタイがそっちに行くっち。それまで待てるけ?」


「いや、ここでレミが来るのを待っている方が遅くなるだろう。あとたった30キロだ。なんとかミッテンまで戻るよ。そうすれば勝負も勝ちだしな」


「わかったっち。だけど無理するなやん」


 魔法通信が終わると、俺はフラつく身体を無理やり立ち上がらせた。

 絶え間ない頭痛のせいで意識がハッキリしない。

 足元もおぼつかなかった。

 建物を出ようとする時、入ってくる女性とぶつかってしまった。

 思わずよろけて柱に手を着く。


「あの、大丈夫ですか?」


 俺とぶつかった女性はそう声をかけてくれたが、俺はそれに答える事もできなかった。

 片手を上げて建物を出る。


 魔術師協会の前に止めてあったCBRに跨ると、ゆっくりと発進させた。

 クソッ、頭がフラつく。思考と視界が定まらない。

 街行く人を避けるのも精一杯だ。


 アーレンの城壁の門を出た。

 ミッテンに続く街道を走る。

 だが頭痛と目眩はますます激しくなってくる。

 バイクをまっすぐに走らせる事さえ困難だ。

 またもや吐き気が襲ってきた。

 空っぽの胃から胃液が逆流してくる。

 俺はそれを堪えようとしたが、それが逆にマズかった。

 鼻に入って呼吸を止める。

 身体が傾いた。

 同時にバイクも道路を逸れていく。


 俺は意識を失った。



この続きは明日10時頃公開予定です。

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