第31話 追撃開始だ!

 翌朝、陽が昇るとすぐにズールの家を出発した。

 ズールは泊めてくれただけではなく、この世界の『街以外の事や亜人種について』を色々と話してくれた。

 俺も自分の知っている範囲の『俺の世界の知識』を教えてやった。

 彼はかなり関心を持って聞いていた。

 ズールは俺をけっこう気に入ってくれたようだ。


「ドワーフはドラゴン以外にも色んな資材や鉱物を持っている。困った事があったらドワーフを頼れ。ワシの名前を出せばこの国のドワーフは協力してくれるはずだ。ハヤテが必要な『ドラゴンの油』も調達しておいてやる」


 そう約束してくれた。さらに今朝の別れ際には


「これを持っていけ。ドラゴンの牙で作った短剣だ。軽くて丈夫で使いやすい。『火の魔法属性』もあるしな」


 と言って、瀟洒な彫刻の入った短剣をくれた。


 天気は昨日に引き続き快晴だ。

 ガソリンも満タン。

 ともかく一刻も早くサン・ビフィエルにある辺境伯の別荘に行かねば。

 街道に出てすぐの所で、リックのチームの二人に出合った。


「あれ、どうしたんだハヤテ。今からサン・ビフィエルに向かうのか?」


 騎馬に乗った男がニヤニヤ笑いながらそう言った。


「俺達はアーレンに戻るところだ。昨日の様子なら、ハヤテはとっくに先に行っていると思ったんだがな。どこかで休憩でもしていたのか?」


 俺はヤツラを睨んだ。

 もしかしてコイツラ、俺がガス欠になる事を知っていたんじゃないだろうな?


 俺はバイクがガソリン=この世界ではドラゴンの油で動く事を秘密にしていた。

 これを知っているのは、レミとミッシェル、そしてカナンだけだ。

 俺にドラゴンの死骸を提供してくれる街の清掃員の連中も知らないはずだ。


……やはりカナンが……


 考えたくはないが、その思いが頭をよぎる。


「まぁ噂通りなら、ハヤテはすぐに俺達に追いつけるもんな。きっと余裕なんだな」


 そう言って騎馬の男は笑いながら去っていった。

 その後を騎竜の男が付いて行く。

 騎竜の男はやけに疲れている様子だ。

 そう言えばさっきも話しているのは騎馬の男だけだった。

 そこで俺は閃いた。

 おそらくサン・ビフィエルまで往復したのは、速力のある騎竜の男だけなのだ。

 騎馬の男は途中で騎竜が戻ってくるのを待っていたのだろう。

 封書はどちらか一人が二つとも持っていけばいい。

 辺境伯は俺達下っ端の競争なんて気にしないだろうし。

 そうして騎馬の方は体力を温存して、先にゴールしようと計画だ。


 だが……と俺は心の中でほくそ笑んだ。

 確かに俺と騎馬とでは、現時点で120キロは向こうが先行しているだろう。

 しかし俺のCBRなら、その程度の差は逆転可能だ。

 幾らなんでも、馬がトップスピードで走れる距離は多寡が知れている。


……見てろよ、おまえらの思い通りにはならないぞ……


 俺はそう心の中で呟いた。



 サン・ビフィエルに到着した。

 ここはプライス王国の代表的な観光地らしい。

 背後は小高い丘のような山に囲まれ、正面は海という、俺の世界では地中海沿岸を思わせるような街だ。

 こんな勝負さえなければ、二~三日はゆっくり観光したい。


 俺は海沿いの丘にあるマルクスラバッハ辺境伯の別荘に向かった。

 ここでは銀髪のエルフと思われる男性執事が出迎えてくれた。

 応接室に通され辺境伯のサインを貰ってくるので待つように言われる。


 お茶が出てきた。

 この世界の貴族ではよく飲まれている紫茶だ。

 時間がジリジリと過ぎていく。

 サインを貰うだけだから五分もあれば終わると思っていたのに、もう既に三十分は経っていた。


……頼むから早くしてくれ……


 俺はジリジリしながら執事が戻ってくるのを待った。

 銀髪の執事は戻ってきたのは、二時間近くも経ってからの事だった


「お待たせ致しました。この別荘にいる時は、主のお休み中は決して起さないようにと申し付かっているものですから」


 これだけ長く待たされると、辺境伯とリックが申し合わせたかと思ったが、さすがにそれは無さそうだ。

 何しろ相手は領主だ。

 そんな事に手を貸すとは思えない。

 ただリック達は、辺境伯が正午前後に午睡を取る事くらいは知っていた可能性があるが。

 俺は礼を言うと急いで別荘と飛び出した。

 リックのチームは、アーレンまで5~60キロの地点まで進んでいるだろう。

 俺も急いで追いかけないと。

 俺はCBRのスロットルを煽り続けた。



 サン・ビフィエルとアーレンの中間地点まで来た時だ。

 道を塞ぐように人々や馬車が止まっていた。

 中には道路管理の役人もいる。

 俺はバイクを止めると、役人の一人を捕まえた。


「どうしたんだ。何かあったのか?」


「この先で輸送中の馬車が転倒して、積荷のブラウン・スライムが路上にブチ撒けられたんだよ。しかも積荷のゴミも一緒だったから、周辺のブラウン・スライムまで集まってきちまってさ」


 役人は顔を歪めながら答えた。

 ブラウン・スライムは、都市部の残飯や排泄物の処理に使われているスライムだ。

 大抵のゴミを作物を育てる肥料に変えてくれる。

 よって有益なスライムではあるのだが、ともかく臭い。

 その上、有機物を分解するから、スライムの群れに人間が接触する事はそれなりに危険だ。

 バイクで強引に突っ切るのは無理がある。


「駆除はできないのか?」


「スライムには物理攻撃は効かない。知っているだろ?だからヤツラが好むエサで一箇所に集めて捕獲するしか手はない。だから時間がかかるんだよ」


「つまり今はこの道は通れないんだな?」


「そうだ。少なくとも丸一日はムリだな。どうしても急ぐって言うんなら、少し戻ってザルム産地の麓の迂回路を通るんだな。ちょっと遠回りだけど、通れない事もないだろ」


 仕方が無い。

 俺はバイクをUターンさせると迂回路を探した。



 迂回路の中を走る。

 この道は街道よりは道が細いが、整備はある程度されているようだ。

 舗装などはないが倒木などで走れない訳ではない。

 ただドラゴンが出ると言われるザルム山地側を通る道である点と、街道よりも十キロ以上も遠回りな点、そして道の両側を森で囲まれている点などが、人々が避ける原因だろう。

 もっとも俺には十キロ程度の回り道なら問題ないし、この道自体はドラゴンの生息域を通っている訳じゃない。

 道が狭い点はちょっと難点だが、むしろ人通りが少ない方がバイクを飛ばせて都合がいい。


 そう思っていたら、道を塞ぐ一本の倒木が目に入った。

 やれやれ、ちょっと油断するとすぐこれだ。

 もっとも迂回路だから仕方が無いか。

 それにそんなに太い倒木じゃない。

 キャリーケースに入れてある折り畳み鋸ですぐに切れるだろう。

 バイクを倒木の前に止め、鋸を出そうとした時だった。


 シュッ


 何かが小さな音がしたかと思うと、ヘルメットに「カツン」という軽い音と小さな衝撃があった。

 反射的に身を屈める。

 なんだ?

 周囲を見渡した。だが変化はない。

 俺は注意深くを頭を上げてみた。


 シュッ


 再び小さな音と共に、何かが飛来する。

 矢ではない。

 もっと小さな物。

 道路の右手から何かが飛んできている。

 俺はバイクの左側にいるから、バイクが盾になっている形だ。

 俺は次に背負ったバックを降ろし、それをバイクから覗かせてみた。


 シュッツ、プス


 小さな音ともにバッグに何かが刺さった。

 手に取ってみると吹き矢だ。

 先端の針の部分に、何か茶色い粘液が塗られている。


……しまった、これは敵の罠か?……


 そう思った時、前方左右から一斉に矢が射掛けられて来た。

 敵は「吹き矢での暗殺」を諦めたのだろう。


「ファイヤー・ボム!」


 俺は前方左右に一発ずつ、そして吹き矢が飛んできた方向に一発を撃ち込んだ。


「ぐわっ」「ぎゃあ!」


 短い悲鳴が上がる。

 俺はその間に、倒木に対してファイヤー・ボムを撃ち込んだ。

 一発で倒木はへし折れて吹き飛び、道路が通れるようになる。

 素早くCBRに跨ると、急いで発進させる。

 だがすぐに背後から騎馬イノシシに乗ったオークの追手が現れた。

 こんな所でヤツラと争っているヒマはない!

 だが百メートルも行かない内に、またもや道の両側から矢が雨のように降り注いで来た。

 どうやらオークどもに追い込まれたようだ。

 俺はタンクの上に伏せるような体勢を取り、全身に力を入れた。

 女神ヘラのご加護だ。

 時折、矢が俺の身体に当るが刺さる事はない。


 さらに前方の森の中からオーク達が姿を現した。

 二十人近くはいる。

 罠を仕掛けたのはコイツラか?

 オーク達は弓矢以外にも槍やトマホークを手にしていた。

 それらを俺に向かって投げつける。

 同様に背後から騎馬イノシシの乗ったオーク達も矢やトマホークを投げつけて来た。

 俺の身体は硬化しているため、矢はもちろん槍もトマホークも通用しないが、CBRのカウリングは次々と破損していく。

 クソッ、この世界じゃFRPなんて補修できないのに、どうしてくれるんだ!

 俺は怒りに任せて左手を前に突き出す。


「ファイヤー・ボム!」


 路上に出ていたオーク達はこれによって一掃された。

 本当は最後の一発は使いたくなかったのだが仕方が無い。

 倒れているオーク達を蹴散らすように、俺はCBRで駆け抜けた。

 左右の森にはまだ何人かのオークの姿が見えた。

 その一人が口に何かを構える仕草をした。

 チクッ

 右手首に小さな痛みを混じる。

 ハッとして見ると、グローブとジャンバーの間で手首が露出しており、そこに小さな吹き矢が刺さっていた。


……しまった!……


 俺は急いで吹き矢を引き抜くと、それを投げ捨てた。

 幸い、深くは刺さっていない。


……だが毒矢だとすると……


 俺はスロットルをさらに開けた。

 オーク達は騎馬イノシシで追跡してくるが、俺の方にはもう武器がない。

 さらに騎馬イノシシの数も増えている。


……クソッ、どうしたら……


 山の中腹に差し掛かる。

 クネクネとしたカーブで右側は崖になっている。

 そして三つ先のカーブで道に大きな裂け目があるのが見えた。


……あれを利用できれば!……


 俺は一瞬だけ強く前輪ブレーキを握る。

 フロントフォークが沈み込んだ瞬間、俺はタンクに跨るように大きく体重を前方にかけた。

 それと同時にスロットルを強く捻る。


 ギュワワワワワァァァァァ


 激しく後輪が空転した。

 それと同時に前輪ブレークを少しだけ緩める。

 CBRは激しく後輪を空転させながら前進を進めた。

 固い岩混じりの山道はコンクリート舗装に匹敵する固さだ。

 CBRは激しく後輪に土埃とタイヤの空転によるスモークを拭き上げた。

 バーンアウト走行だ。


 追手の騎馬イノシシのオークどもは、突然に現れた煙幕にかなり驚いたようだ。

 だがバーンアウト走行では、さすがにコッチもスピードは出せない。

 オークどもも俺との距離が縮まった事に気づいたのか、勢いづいて追いかけて来る。


……よし、そうだ。もっと追って来い。この激しい土埃とスモークで前が見えない中をな……


 三つ目のカーブに差し掛かった時……

 俺は左側の登り斜面にCBRを向けた。

 勢いよく車体が崖を登って行く。

 そして峠道には大きな裂け目があり……


 前が見えない騎馬イノシシとオーク達は、次々とその裂け目に飲み込まれて行った。

 俺はすぐさま車体を元の峠道に戻す。

 辛うじて裂け目に気づいたオークも居たが、そこで立ち止まろうとしても後ろから勢いづいた騎馬イノシシが突進して来る。

 そのままほとんどのオークと騎馬イノシシが裂け目に吸い込まれる。


 俺はその様子を見て、ホッと一息ついた。

 あとはCBRの速力にかけて、残り少ないオーク共をブッ千切るだけだ。



この続きは明日10時頃に投稿予定です、

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