第37話 魔の谷

「マズイぞ!イワギンチャクは羊を食い終わったら、血の跡を辿ってあの小屋を襲うだろう。今の内に助けないと!」


 俺はCBRに飛び乗った。


「レミとミッシェルはここに居ろ!魔法通信で上から状況を知らせて欲しい。俺が逃げられるルートを探してくれ!」


 だがミッシェルは素早く俺の後ろに乗っていた。


「ハヤテ一人では無理だ。イワギンチャクには魔法が利きにくい。私も一緒に行くぞ!」


「バカッ!二人で危険な目に合う必要はないだろ!降りろ!」


「そんな事を言っている場合じゃない!早くバイクを出せ!リシアが危ないんだ!」


 俺はミッシェルを睨んだが、ミッシェルも強い意志で俺を睨んでいた。

 ここで言い合っていても仕方がない。


「振り落とされたら、そのまま放っておくからな!」


 俺はそう言うとCBRを発進させ、砂と砂利の斜面を一気に駆け下りて行く。

 俺は全神経を集中して、岩山の斜面を斜めに突っ切って行った。

 大きな岩や段差だけは避けるが、出来るだけハンドルは切らずに真っ直ぐに降りていく。

 車体が砂で横滑りするのを、むしろ利用していく感じだ。

 ダンッ!と言う前輪のショックと共に、俺は谷底の砂地に着いた。

 しばらく直進してスピードを落とし、リーンアウトの体勢で車体を左方向、小屋のある方向に向ける。

 派手な砂埃が巻き起こる。その向こうには多数の蛇と言うか、伝説の魔女ゴーゴンの頭のように巨大な触手が無数に湧き起っていた。

 左に急展開したCBRはそのまま小屋に向かって直進した。

 そんな俺達の頭上からイワギンチャクの触手が襲う。


……ランチャーを出すか?……


 俺がそう考えている内に頭上を一閃!

 イワギンチャクの触手が切り飛ばされていた。

 タンデムシートから立ち上がったミッシェルが、その自慢の剣を振るったのだ。


「ハヤテ、上・横・後ろから来る触手は私が切る!オマエは小屋に向かう事に全力を集中しろ!」


 おうっ、頼もしいぜ、相棒!

 俺は心の内でそう応えて、スロットルをさらに捻る。

 だがその時、巨大な触手が小屋を襲った。

 小屋の前部分が破壊される。

 そして中には、白いウェディングドレスを来たリシアがいた。

 いま行くぞ。待ってろ、リシア!

 すると小屋を襲った触手が、次は横にうねるように俺の方に向かってきた。


「ファイヤー・ボム!」


 俺が左手を突き出して叫ぶ。

 それと同時に光球が俺の手のひらか飛び出し、触手に直撃した。

 触手は千切れて爆散する。


 が、そのすぐ後ろに伸びていた触手が滑るように素早く、リシアに向かって伸びていた。

 俺はCBRをフル加速させる。

 触手とCBRがリシアの前に到着するのは同時だ!

 俺はリシアの前で思いっきり前輪ブレーキを掛けた。

 後輪が慣性の法則で跳ね上がる。


「ひっ!」


 後ろでミッシェルが短い悲鳴を上げたが、今は気にしていられない。

 俺は体重移動で持ち上がった後輪を触手に向けた。

 スロットルを強く捻る。


ギュワワワワワァァァァァ


 後輪がまるでチェンソーのように回転し、接触した触手をちぎり飛ばした。

 その反動でCBRを着地させる。

 俺の技の一つ、ジャックナイフ・ターンの応用だ。

 リシアは「信じられない」と言った表情で、目の前の俺を見つめた。


「リシア!」


「ハヤテさん!どうしてここに!」


「そんな事はどうでもいい。早くここから逃げ出すぞ!」


 だがイワギンチャクを見つめていたミッシェルが、凍ったような声を出した。


「ダメだ……このままでは逃げられらない……」


 俺もミッシェルと同じ方向に目を向けた。

 イワギンチャクの長く巨大な触手は、主に谷間の入り口側に伸びていたのだ。

 このまま入り口を通り抜けるのは不可能だ。

 俺はランチャーを構えた。


「俺が囮になる。ミッシェルはここでリシアを守ってくれ。隙が出来たらすぐに出口に向かって逃げ出して欲しい」


「ハヤテ、それは危険だ!」


「そんな囮なんて、ハヤテさん!」


 二人が同時に叫ぶ。


「大丈夫だ。俺一人ならCBRの加速力で、何とでも切り抜けられる。それに上からレミが見てくれて、俺には連絡が出来る。だから俺の事は構わないで、二人で逃げ出す事だけを考えてくれ!」


 俺はそう言うとバイクを急発進させた。

 入り口の反対側に回り込み、火炎弾や炸裂弾を撃ち込んでイワギンチャクの注意を引き付ける。

 だが炸裂弾は思ったほど効果がないようだ。

 直撃すれば触手が千切れ飛ぶが、爆発で破片がバラ撒かれても、触手の数が多いので致命傷にならない。

 まだ火炎弾の方がダメージを与えている。


「ハヤテ!闇雲に撃ってもダメだっち!イワギンチャクの弱点は中央の口の部分だやん!口の中に火炎弾を撃ち込むんだやん!」


 レミからの魔法通信が入る。


「口か?だが下からじゃ触手が邪魔で、どこに口があるか解らないぞ!」


「それはワタイが着弾を見て、誘導してやるっち」


「分かった。頼むぞ!」


 俺は入り口とは反対側を、イワギンチャクの周囲を半円を描くようにバイクを走らせた。

 火炎弾をイワギンチャクの口と思われる所に撃ち込む。


「もっと先だやん!違う、今度は飛びすぎ!ダメだ、今のは左にズレたっち!」


 クソッ、中々口の中に命中しない!

 触手の攻撃を避けるため、一か所に止まって攻撃する事はできない。

 俺はバイクの急発進や方向転換、急停止を繰り返しながら場所を変えてランチャーを撃ち込んでいる。

 また時々は触手の注意を引くため、炸裂弾を撃ち込んでやった。

 しかし度重なる攻撃で、さしものイワギンチャクもダメージを受けてきたようだ。

 触手の動きが鈍ってきた。

 だが俺の方も火炎弾の残りが少ない。あと五発だ。

 このままレミの誘導だけで残りの火炎弾をイワギンチャクの口に撃ち込めるのか?

 せめて俺が直接イワギンチャクの上から見る事が出来れば……

 しかしオンロードバイクの、しかも総重量が200キロを超えるCBRで、あの巨大なイワギンチャクを飛び越す事が出来るだろうか?


……あなたのバイクに宿った神霊力を引き出すには、まずあなた自身の精神力が成長する事が必要ね……


 突然、この世界に来る時に女神ハイジアに言われた言葉が蘇った。

 俺の精神力が成長しているかは疑問だが、もうこれに賭けるしかない!


 俺はCBRを巧みに操りながら、迫りくる触手を避けていた。

 ただ避けるだけではない。タイミングのいい触手を探していたのだ。

 イワギンチャクの真上に飛び上がれるよう、ジャンプ台となるような触手を。

 そして……一本の巨大な触手が、先端を地面に滑らせるようにして俺に向かって来た。

 これが、チャンスだ!


「おおおおおっ!」


 俺はギアを二速に叩き込み、アクセルを捻ってその触手に一直線に向かった。

 あの触手の先端が地面スレスレなら、触手を伝ってイワギンチャクの真上にジャンプできるはずだ!


「ハヤテッ!何をしてっ!」


 レミの叫ぶ声が聞こえる。

 だが俺はそれに返答している余裕はない。


 さらにスロットルを開ける。

 CBRの左右後方から豪快な砂煙が巻き起こる。

 その強力な160kW/14,500rpmの直列4気筒エンジンが車体前部を持ち上げた。


 その時、触手の先端部が蛇の鎌首のように僅かに頭を上げた。

 触手は俺を串刺しにするつもりなのか?

 だが僅かに持ち上がったのは先端だけ。

 その後ろは地に着いている。

 あの先端さえ何とかすればジャンプ台としては丁度いい。


 その時、CBRが金色の光を放った。

 何か不思議な力に満ち溢れていくのを感じる。


……これが女神の力?……


 CBRも前輪を持ち上げたウィリー走行のまま、触手の先端に突進した。

 

……このままイケる!……


 CBRの前輪が触手の先端に触れた時、

 それを木っ端みじんに吹っ飛ばしていた。

 そのまま触手の太い部分を車体は駆け上って行く。


「うおおおおおお!」


 十メートル近く触手を駆け上ったCBRは勢いよく空中に飛び出していた。

 そして下方には、イワギンチャクの円形に歯が並んだ口が見える。


「喰らえ!」


 俺は両手を離してランチャーから立て続けに火炎弾を撃ち込んだ。

 まるで全てがスローモーションのように感じられる。

 なぜこんなに素早く装填・射出が出来たのか不思議なくらいだ。

 五発全てがヤツの口に吸い込まれるのを見て、俺はランチャーを投げ捨てると再びCBRのハンドルを握った。

 軽く前輪を引いて後輪からの着地体勢を取る。


ズダンッ!ズジャジャジャジャジャーーーッツ!


 衝撃と共にタイヤが砂を噛む音が響いた。

 だが着地場所が良かったのか、思ったより衝撃は少ない。

 見事にCBRはイワギンチャクを飛び越えたのだ。


「ハヤテ!凄いっち!ヤツの口の中に全部がずっぽり入ったっち!」


 レミがそう叫んだ直後だ。


「ぐぎゅるるるぐじゅうぅぅ」


 触手の中央から奇怪な声とも何ともつかない音が上がった。

 そして全ての触手が中央部を守るかのように巻き込んでいく。

 逃げるなら今だ!

 俺はバイクを急加速させた。

 そして小屋の方からはミッシェルとリシアが走っていくのが見える。

 俺は二人のそばにハイクを停車させる。


「乗れ!」


 リシアが俺の前でタンクに抱き着くように、ミッシェルがタンデムシートで俺に抱き着くように、三人がCBRに跨る。

 俺はそのままバイクを出口に向かって突っ走った。


「ハヤテ!イワギンチャクの触手がソッチに向かってるっち!」


 なんだと?

 俺はバックミラーを見た。

 レミの言う通り、一度は触手を収めたように見えたイワギンチャクだが、再び触手を伸ばして俺達を捉えようとしている!

 畜生、逃げ切れるか?


 その時、谷間の出口部分の崖の上に、大きな岩が乗っかっているのが見えた。

 あの岩なら下の崖の部分をちょっと崩せば、落ちてきて道を塞いでくれそうだ。


「二人とも、しっかりつかまっていろよ!」


 俺はスロットルを大きく捻った。

 急激なトルクの増加により、CBRの前輪が浮き上がろうとする。

 俺はリシアの上に覆いかぶさるようにして、前輪の浮き上がりを抑えた。

 そのままシフトアップ!

 CBRは鬼のような加速を続ける。

 固いとはいえ砂地であるにも掛からず、スピードメーターは120キロを超えていた。

 ギアは三速。

 スロットルを全開すれば260キロは出るはずだ。


 だがイワギンチャクの触手も早かった。

 まるでムチのように俺の背後に迫る。

 速度はついにメーター読みで160キロを超えた。

 舗装路以外でこれ以上のスピードを出すのは難しい。

 

 やっと目的の場所にたどり着いていた。

 すぐ斜め前方が、出口部分にかかった大岩がある場所だ。


「ファイヤー・ボムゥゥゥ!」


 俺は左手を大岩の下の崖目がけて、三連発で発射した。

 光弾は全て狙った所に命中!

 爆炎を上げて崖が崩れる。

 それと同時に上の大岩がゆっくりと落ちてきた。


 俺はさらにスロットルを開ける。

 ともかく、あの岩が落ちてくる前に崖の下を抜けないと!

 俺達三人の乗るCBRの上に、細かい石や砂が降ってきた。

 その上から例の大岩が覆いかぶさるように落ちてくる。


 南無三!


 無意識に唱えたその言葉と共に、俺のCBRはギリギリで大岩の下を潜り抜けた。

 すぐ背後に迫っていた触手は、その大岩の下敷きになる。

 俺は徐々にスロットルを戻し、ゆっくりとCBRを停車させた。

 谷間の入り口部分では、まだ崖崩れが続いていた。


「私たち、助かったの?」


 リシアが信じられないかのように呟く。

 俺もまだ興奮のあまり、声を出す事が出来なかった。


「全く大した男だよ、ハヤテ」


 ミッシェルも感心しているのか、呆れているのか解らないような声を出した。

 そんな俺にもう一つの声が響く。


「やったっち!イワギンチャクの触手は大半が岩の下敷きになったっち!本体の口からも次々に炎が上がっている!ヤツがくたばるのは時間の問題だっち!」


「了解。岩山の麓の道で合流しよう。サイドカーの置いてある場所だ」


 全身から不思議な汗を拭き出している。

 冷や汗か、それとも興奮直後でアドレナリンが切れたためか?

 俺はそれだけ言うのが精いっぱいだった。



この続きは明日10時過ぎに投稿予定です。

次が最終話になります。

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