第28話 正解


 ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……。


 俺は目を覚ました。

 しかし視界がぐちゃぐちゃで、天井もまともに見る事ができない。


 涙が止めどなくあふれている。

 ダメだ。今は泣くな。

 ごしごしと涙を拭い、起きて茜色のノートに記す。


 いや、こんなことをしている暇はない。


 さっき見た茜色の夢は、今日これからすぐ起きることだ。学校で……朝のホームルーム後の時間だった。

 夢の中の先生は、自殺してからあまり時間が経っていないと言っていた。


 だとしたら、その刻限タイムリミットはもうすぐだ。

 茜色の夢ノートなんて後で良い。俺は急いで着替え外に向かった。



「お兄ちゃん!」



 自転車に跨がったとき、愛利奈が俺を追いかけて玄関から飛び出してきた。

 瞳に涙を浮かべている。



「愛利奈? 一体、どうしたんだ?」



 その様子はまるで、夢を見た俺みたいだ。

 だけど、そんなことを気にしている時間はない。



「私も連れてって……私もっ、絶対に役に立つから!」



 必死な様子で、俺に訴える愛利奈。


 愛利奈を後ろに乗せて走るのはそれだけスピードが落ちることになる。

 だが別々に自転車に乗ると、愛利奈は取り残されてしまうだろう。

 俺は里桜さんの家の場所をぼんやりとしか知らない。愛利奈の道案内が必要だ。



「分かった。後ろに乗って!」


「うん!」



 スカートをまくしあげ、跨がって座る愛利奈。

 彼女は遠慮無く俺に抱きついてきた。腹に手を回し、力が込められ愛利奈の胸が俺の背中にくっつく。



「いくぞ。愛利奈、里桜さんの家まで案内頼む」


「うん、まかせて。まずそこを右に!」



 愛利奈のナビゲーションに従い、田舎の町を駆け抜けていく。

 まずは里桜さんの家だ。


 スマホで連絡はしたけど朝の忙しい時間だ。気付いて貰えない可能性が高い。

 彼女が家を出る前に押さえたい。


 冬ももうすぐだというのに次第に身体が熱くなり、汗をかき始める。


 キキーッ!

 自動車にぶつかりそうになるが、そんなことはお構いなしだ。



「ついた!」



 里桜さんの家に着くと同時に、愛利奈は自転車から飛び降りて玄関に向かった。

 ピンポーンとインターフォンのボタンを押し、里桜さんの親と話し始める。



「えっ……もう出かけた?」



 なんということだ。一足遅かった。

 でも、ここに来るまでにすれ違わなかった。



「愛利奈、里桜さんは今来た道を歩いて来ないのか?」


「ううん、この道のはず。どうして?」



 ただ闇雲に引き返したとしても、運に頼るようなものだ。

 里桜さんの命がかかっている。


 俺は夢の内容を思い出す。

 そうだ……夢の中の俺は、先生に質問をしていた。

 こんな時のための、ヒントとなるような質問を。



「彦根小学校の横の公園……」


「えっ?」


「里桜さんはそこで、自殺しているのを発見されるんだ。愛利奈、そこに行こう」


「うん!」



 愛利奈が再び、躊躇無く俺の後ろに飛び乗った。

 俺を全く疑おうとしない。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 愛利奈も、かなりの汗をかいているようだ。

 互いに必死だ。二人で里桜さんを救おうとしている。

 愛利奈と気持ちを一つに合わせ、俺は全速力で自転車をこぎ始める。



「里桜ちゃん……里桜ちゃん……里桜ちゃん……どうか、無事で」



 愛利奈が祈るようにつぶやいていた。

 俺は力を足に込める。まだまだ、体力に余裕があった。

 週末にちょっとした山登りをしたせいか?

 湧き上がるこの力は一体どこから湧いてくるのだろう?



 間もなく俺たちは、彦根小学校に辿り着いた。

 ここの近くの公園まで、あと少し。



「はあっ、はあっ、はあっ……」



 息が上がる。足がガクガクして限界に近い。

 でも、あともう少しだ。

 俺が自転車を漕ごうとしたとき、



「お兄ちゃん、あっちじゃない?」



 愛利奈は俺が向かおうとしたのと違う方向を指さした。



「えっ? 彦根小の公園って、こっちじゃないのか?」


「あっちじゃなくて?」



 俺の背筋を冷たいものが流れる。

 どうやら彦根小の近くの公園は二つあるらしい。


 二手に分かれるか?

 いや、もし愛利奈が行く方が正解だったとして一人で自殺を止められるのか?


 そもそも自殺じゃないような気がする。

 誰かに自殺と見せかけて殺されるんじゃないのか?


 昨日、あんなに一緒に学校に行くのを楽しみにしていた里桜さんが自殺するなんて、とても思えない。


 だったら……愛利奈一人で行かせるのも危険だろう。

 いったいどうしたらいい?


 カマをかけて二人で向かうか?

 いや、それがもしハズレで、その間に里桜さんが「自殺」してしまったら……?


 焦る俺の耳に、聞き覚えのある音が聞こえた。


 ブーン……。ブーン……。


 週末に何度か耳にした音だ。でもどうしてここに?

 これは……もしかすると。

 俺の脳裏に、一つの仮説が生まれる。


 蜂の羽音。見覚えのない看板の上からのストーカーによる撮影。

 俺は空を見上げると、確かにがあった。



「愛利奈、あそこにあるものが分かるか?」


「ドローン?」


「うん……あのドローンの方向が正解だ!」



 俺と愛利奈の視線の先には、空中に浮かぶ黒いドローンの姿があった。あの蜂の羽音のようなものは、このドローンから聞こえていたのだ。


 愛利奈と俺を監視し、里桜さんを撮影していたもの。

 再び自転車を漕ぎ、愛利奈が指した方向にある公園に向かった。



「はあっ、はあっ、はあっ……到着!」


「お兄ちゃん、先に行く!」



 愛利奈が再び自転車の荷台から飛び降り走り始めた。

 俺は投げ捨てるように自転車を手放し、後を追う。

 だけどここまで自転車を漕いでいて足が限界に近かった。



「誰かッ! やだっ、やだぁっ!」



 その時、甲高い悲鳴が聞こえた。

 里桜さんの声だ!


 そして、まだ生きている。今は、少なくとも。

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