第09話 和解

「「よかった……」」


「はい! 先輩の言われたとおり検査で病気が見つかって……。

 でも、今なら十分治るって……」



 里桜さんは瞳を潤ませていた。


 やはり病気のことは事実だったのだ。

 「茜色の夢」が未来を示している例が一つ追加された。


 同時に、里桜さんがすっかり病気を克服して元気になる夢も正しいということだ。

 これから完治に向けて治療を続けていくのだろう。

 よかった。本当によかった。


 なかなかうまくいかなくて、一時はどうなることかと思ったのだけど。



「ちょ……バカ兄?」



 目頭が熱くなり涙がこぼれかけていて、俺は慌てて手で拭おうとする。



「……ごめん」


「もう。しょうがありませんわね。バカ……ううん、



 そう言って、愛利奈は取り出したハンカチで俺の目元を拭ってくれた。

 そのハンカチを俺に渡してくる。


「これ、使っていいですわ」


「いいのか?」


「うん。あたしは予備がありますわ」


「ありがとな。愛利奈」


「なななっ……。

 も、もう、そんな腑抜けた顔で学校に来られても困るだけですわっ」



 ぷいと愛利奈はそっぽを向いてはいるけど、声は弾んでいた。

 耳の先まで赤くなっている。


 俺たちのやり取りを見ていた里桜さんがふふっと微笑んだ。



「あ、ご、ごめん。見苦しいとこを見せてしまって」


「仲が良くて羨ましいです。あの、先輩、一つお願いがあります」


「んー、何?」



 里桜さんは、やや熱を帯びた瞳で俺を見つめて言った。



「私……来月に手術をすると思います。その前に、あの、先輩と……」



 言葉を詰まらせる里桜さん。

 何か言おうと口をぱくぱくとさせているけど、声にならない。

 両手に力が入っていて、震えていた。


 緊張が伝わってくる。


 そんな様子を見ていた愛利奈がフォローするように言った。



「お兄さま……今週末ヒマですわね。

 里桜さまと一緒に買い物に出かけていただけませんこと?」


「え。なぜ?」


「お、お兄さまに拒否権はありませんわ」



 俺の呼び方が「バカ兄」から「お兄さま」に変わってはいたけど、扱いはそれほど変わらないらしい。

 でも俺にとっては、それが心地よくて……。



「そ、そうか。予定はないから、じゃあ買い物一緒に行こうか、里桜さん」



 すると、「ありがとうございます!」と嬉しそうに言う下山さんがそこにいた。


 既視感……夢の中で告白をしてきた彼女とかぶる。

 俺たちは連絡先を交換し、詳しいことはあとで決めることにした。



「おっと、学校に遅れるからそろそろ行こう」


「はい!」



 買い物、つまりは彼女とのデートだ。

 そうか、春になるまでこうやって仲を深めていくのなら……半年先が楽しみになってきた。

 でも、と俺は思う。


 半年先まで待たなくてもいいのかもしれないと。



 ☆☆☆☆☆☆



 念願の日曜日、里桜さんとデートの日。

 俺たちは近所のバス停の前で待ち合わせをして、郊外のショッピングセンターまで出かけて映画を見る予定にしていた。


 俺は朝、ギリギリまで寝ているつもりだった。

 しかし、早朝に愛利奈に叩き起こされ、服装や身だしなみの厳しいチェックを受けることになる。



「これからはわたくしがしっかりお兄さまをチェックいたします!」



 な、なんか……俺に対する言葉使いは柔らかくなっていたけど、どうにも干渉がキツくなったような気がする。

 気のせいかな?

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