第07話 愛利奈の機転
信じられなかった。何かの間違いだと思った。
今まで、あの夢が外れたことなんて一度もない。
結局その晩、俺の考えを裏付けるような夢を見てしまった。
******
……茜色に染まる夢を見ていた。
「ごめんね。もうちょっと、時間があると思っていたけど……もう無理みたい。余命三ヶ月なんだって」
市内にある国立医科大学付属病院のとある病室での出来事。
「無理って……里桜さん、一体どうして……そんな、ウソだろ?」
「悪性の腫瘍……もっと早く見つかっていればよかったの。……秋の終わりに足が痛むことがあって近所の病院に見てもらっていたけど見つからなくて。本当の原因が分かるのが遅れちゃったみたい——」
……茜色に染まる夢が終わる。
******
俺は、ハッと体を起こすのと同時に目覚めた。
前回とほぼ同じ夢を見てしまった。
やはり里桜さんは病気に冒される。
だとすると、異常が見つからなかったのは何かの間違いだ。
それに、もう一つ気付いたことがある。夢の中で、俺が里桜さんを呼ぶ言葉が変わっていた。
最初に見た夢は「下山さん」、今回は「里桜さん」。
茜色の夢は、状況が変わったことを反映している。
にもかかわらず、里桜さんは余命宣告を受けてしまう。
そういえばあの時……。
思い出したことを確認するため、俺は茜色の夢ノートを読み返してみようと思い机に座る。
いつものように、引き出しから茜色ノートを取り出そうとした。
その時、何か様子が違うことに気付く。
微妙な違和感を感じる。誰かノートに触ったのだろうか……いや、それどころじゃない。俺はすぐにノートを開いた。
やはり、里桜さんは前回の夢で市内の国立医科大学付属病院に入院している。
急がなければ。
俺は早速、朝食を食べながら愛利奈に聞いてみた。
「なあ、里桜さんは、近所の病院に行ったんだよな?
ということは、国立医大付属病院ではない?」
「そうですわ。近所の何て言いましたかしら。ええっと……そうですわ、青海医院でしたかと」
朝食後、もう一度茜色ノートで確認する。
『近所の病院で診察してもらっていたけど
里桜さんの発言。
つまり、病気を早く見つけるためには近所の病院ではダメで、市内の国立医大で検査してもらうしかない。
病院に行かないことが悪いのではない。
診察を受けても病気を見つけられず「様子を見ましょう」などと言われてしまうのだ。
里桜さんが病で命を落とす、真の原因はこれだ!
今までと同じように説得しようとしても、素直に聞いてくれるかどうか分からない。
何か説得の材料を見つけなければ……そう思っていた。
しかし、新しい発見があるわけでもなく……数日経ってしまった。
そろそろ限界じゃないだろうか?
分からない。一体いつが、本当のXデイなのか。
朝。しびれを切らした俺は、愛利奈を迎えに来た里桜さんに言おうと決心する。
今まで会うのを避けていた俺は、久しぶりに里桜さんに会った。
「里桜さん、検査のことだけど——」
「上高先輩、心配してくださってありがとうございます。結局異常も無さそうで、様子を見ようということになりました」
「いや、その話だけど、市内の国立医科大学病院でもう一度検査して貰えないかな?」
「えっ、医大ですか。うーん、既に一度診てもらったわけで……親が何て言うか」
確かに、ただでさえ根拠が薄いのに病院に行ってもらったのだ。
診察料もかかるだろう。その上別の病院に行けというのは……。分かっていたとはいえ、どうしたものかと考え始めたとき、
「ねえ、里桜さま。あの、診察料はあたしとバカ兄が出したいと思いますので、あたしたちだけでも行きませんか?」
躊躇する里桜さんを愛利奈がまっすぐに見つめて言った。
「え……愛利奈さん?」
「それなら大丈夫でしょう。そうですわね……今日、午後から学校休んで」
「きょ、今日、学校を休んで?」
さすがに驚く里桜さんに、グイグイと押す愛利奈。いったいどうしたんだ?
「はい。わたくしからのお願いですわ」
「愛利奈さん……?」
「里桜さま、お願い。お願いだから」
「……じゃ、じゃあ……愛利奈さんが一緒に来てくれるなら……」
難航すると思われた交渉が、愛利奈の加勢でとんとん拍子で進む。
「おい、愛利奈?」
「バカ兄のためじゃない!
里桜ちゃんのためよ」
決して愛利奈はふざけている様子もなく、まっすぐ俺を見て言った。
目的が達成できるならこのまま愛利奈に乗ってしまおう。
「じゃあ、俺も行く」
「はい。当然ですわね」
突然決まった里桜さんの受診。俺は赤城医師に連絡を取った。
******
その日の午後。俺たちは医大に向かった。
平日の昼間にバスに揺られて病院に向かう。
愛利奈と里桜さんは仲良く話をしていて、俺はその様子を隣で聞いていた。
不謹慎だとは思うけど、非日常感があって楽しい。
里桜さんはちらちらと俺の方を見て目が合うと、控えめに会釈をしてくれた。
これできっと……うまくいく。
俺は確信めいた手ごたえを感じていた。
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