第06話 赤城医師
やってきたのは赤城という医師だった。
内科が担当らしい。
横長の頭良さそうなメガネに、少し長めの髪の毛。
精悍で、俺も赤面しそうなくらい顔が整っている。
赤城医師は俺の顔をまじまじと見つめてきた。メガネの奥から鋭い視線を感じる。
俺の顔をジロジロと見てきていて……うーん。少し苦手かも。
「俺の顔になにかついてますか?」
「い、いや、失礼しました。もう大丈夫だとは思いますが、念のため明日いくつか検査して、問題無ければ退院できると思います」
俺は一晩、ここにお泊まりするらしい。参ったなぁ。
「それで、さっき上高さんが話していたことですが」
「ミサンガのことですか?」
「いや……その、病気がどうとかという話です」
苦笑いをされてしまった。
彼は医者だから病気のことが気になるのは当然か。
「えっと……」
夢で見たからなんて言えない。仕方なく俺がここに運ばれることになった経緯を説明する。
里桜さんがふらつき、倒れて、それを受け止めたこと。
彼女の後ろにも何人か生徒がいたから、ぶつかったりした可能性もあるけど……里桜さんが言ってないのでそれはないのだろう。
「なるほど。そんなことがあったのですね。下山さんはどう思われますか?」
「はい……違和感を感じることは確かにあるのですが、感じないときもありますし気のせいかも」
ですよねー。やっぱり冷静になると気のせいだと思いますよね。
これで振り出しに戻ってしまった。
また、何か説得の手立てを考えなくては。
「確かに下山さんの年齢だと成長痛である可能性も高いですね。
でも、念のため病院で検査するのはありかもしれません。
何も無ければ、それでいいじゃないですか」
えっ?
思わぬ助け船が出た。
だったら、これに乗らない手はない。
「俺もそう思う。病院に行って欲しい」
下山さんは俺を見つめてきた。
赤城医師の後押しがあるものの、俺の言葉が信用できるかどうか、確認するような視線を感じる。
俺は目を逸らさず、彼女の瞳を見返した。
俺を信じてくれなくてもいい。とにかく病院に行って欲しいと願う。すると、
「……そこまでおっしゃるなら、分かりました」
下山さんは根負けしたという様子で言った。
少し前進して俺は胸をなで下ろす。
まあ、このイケメン医師、赤城さんの口添えが大きかったのかもしれない。
下山さんこういう人がタイプなのか?
いや、そんなことは……うーん。
「じゃあ、少し診察して紹介状を書いておきましょう。
下山さんのところに近いところはどこかあったかな。ちょっとこちらへ」
「はい。じゃあ、愛利奈さんのお兄さん、また後で」
「うん。あぁ、あと、俺は優生って名前で呼んでもらってもいいよ」
「じゃ、じゃあ、お名前は恥ずかしいので、上高先輩とお呼びしますね。私のことは、下山でも名前でも、どちらでも」
「だったら、里桜さんって呼んでいいかな?」
敢えて茜色の夢で見た状況と違う呼び方をする。
同じ結末に、同じ未来にならないように、小さな抵抗だ。
「はい。上高先輩」
そんなやり取りをしていると、赤城医師が微笑ましそうに俺たちを見ていた。
その視線に俺は恥ずかしくなる。
「ではこれで」
赤城医師と下山さんは病室を去って行く。
二人の後ろ姿を見ていると、お兄さんと並ぶとこんな感じだったのかもしれないと思った。
しんと静まりかえる病室。ぽつんと取り残される俺。
あれ? 妙に寂しいのはなんだろう……?
******
それから間もなくして、着替えを持って来てくれた母と愛利奈が病室に入ってきた。
入院することになって何を言われてもしょうがないと覚悟をしていたのだけど「女の子を身を挺して助けるとは、カッコいいよ優生」と妙に褒められてしまった。
三人で一泊の準備を慌ただしく済ます。
一泊なので、着替えもあまりなくたいしたことはない。
里桜さんは母が送ることになった。
後で聞いた話だと里桜さんは母に対しごめんなさいと頭を下げ続けたらしい。
母は全部俺が勝手に転んだだけだから気にしなくていいと言って、すぐに二人は打ち解けたようだ。
家に着く頃には女三人かしましく笑いに溢れたとのこと。
いったい誰の噂をしていたのやら……。
愛利奈もその様子に嬉しそうにしていたらしい。
******
「ただいま」
翌日、退院の手続きをして家に帰った。
もう夕暮れ時で愛利奈は学校から帰っている。
リビングに入ると、ソファでごろごろしていた愛利奈が起き上がり、俺に向けて抗議の声を上げる。
「バカ兄さま。里桜さまが明日病院に行くっておっしゃっていました。
また病気に行けと言っていたのですか?」
「うん。赤城って医師も同意してくれたし」
「もしかして、病室で何か里桜さまにしたのではなくて?」
「何かってなんだよ。するわけないだろ」
ふう、と愛利奈は腕を組み目をつむった。
色々考えているようだが。
「ん? どうした?」
「いえ……。里桜さまはお兄さんがいて、雰囲気がバカ兄に似ているの」
「やっぱりそうか」
「そうですわ。写真見せたら、会わせて欲しいって言われましたの」
「おい。何勝手に人の写真見せているんだ?」
「別にいいではないですか。
里桜さまも元気になったし……。彼女は、去年お兄さんが亡くなってから塞ぎ込んでしまって学校休んでいらしたの。
それでやっと最近、通えるようになったのですわ」
俺はさすがに驚く。
「え、亡くなっていたのか……あの様子だと、かなり仲が良かったのか?」
「そうですわね。いつもお兄さんの話をしていて、本当に好きだったんだと思いますわ」
里桜さんが俺を見た時のリアクションにそんな理由があったとは。
でも、あの様子はちょっと引っかかる。
「それなのにいきなり病院行けとか酷いですわ。
里桜さまも驚かれていたようですし」
「もしかしたら異常が見つかるかもしれないだろ?」
かもしれない、ではない。必ず見つかるだろう。
「でしたらいいですが。やっぱいバカ兄ですわね」
相変わらず、といった様子で愛利奈は部屋に帰っていった。
里桜さんの病気が見つかったら、ちょっとした騒ぎになる。俺はそう思っていた。
しかし、その翌日……。
「え、里桜さんは異常なし?」
里桜さんが病院に行った結果、何も異常が見つからなかったと言うことだ。
「成長痛、もしくは気のせいだから続くようならまた来て下さい」と言われたそうだ。
俺は声をうわずらせてしまう。
そんなバカな。
今の季節に見つかれば、助かったと言っていた。ということは、それが可能だと思っていたのだが、無理なのか?
単に時間の経過を……腫瘍が大きくなるのを待つしか無いというのか?
「ええ、異常なしですわ。バカ兄!」
「そんな、まさか」
「いつもお世話になっている近所の病院で、診て貰ったと言うことですわ。
里桜さまがおっしゃいましたよ?」
信じられなかった。何かの間違いだと思った。
今まで、あの夢が外れたことなんて一度もない。
俺は夢で見た内容を思い出す。
茜色の夢ノートを見返してみた。
……まさか……?
結局その晩、俺の考えを裏付けるような夢を見てしまった。
******
……茜色に染まる夢を見ていた。
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