第16話 旧知
「これ、どこにありました? もしかしてネットの記事に残っていたとかですか?
写真の港は……里桜ちゃんのお兄さまが亡くなった場所……ですの」
「何だって? 里桜さんのお兄さん……
どうして亡くなったのか聞いてなかった。
あまりそういうところまで踏み込むには、まだ関係が浅い。
俺は写真を見つめた。
どうしてストーカーのアカウントのつぶやきに、そんな写真が含まれているんだ?
「亡くなられたのは事故だそうですの。里桜ちゃんのお兄さん、悟さんは……酔って港から海に転落したのだとか」
「事故ってこと?」
「ええ。ただ、警察は自殺の可能性も疑っていて……しばらくあとに、最終的には自殺として処理されたと聞いています。一緒に飲みに行った人がいたのですが、その人と一緒に港に行って——」
「自殺か……何か遺書のようなものがあったのかな」
愛利奈の話をまとめると、一年前の夏頃、悟さんとその人が飲みに出かけたらしい。
もともと旧来の友人同士である二人は、飲み終わってから海の風にあたろうと港に向かった。
二人は語り合い、そのまま岸壁で寝てしまったのだとか。
しかし、朝になりその人が目覚めると、悟さんの姿が見えなかった。
その場所から少し離れたところで海に転落、溺れているところを発見されたようだ。
「……一緒に飲みに行った人が怪しくないか?」
「それが、複数の目撃者がいるらしいのです。その人を残して、悟さんだけがフラフラと歩いていくのを、釣りをしている人が見ていたのだとか。
釣りをしていた人たちは、朝までその人が眠っていることを見ているそうです」
なるほど。
それなら、確かに警察も疑うわけにいかない気がする。
怪しいところは特に無いってことか?
どうにも引っかかるけど。
「お兄さま……何か気がついたのですか?」
「い、いや、何か引っかかる」
俺はスマホ画面の港の写真を見つめる。
事件性がなくても……いや、事件性がないからこそ……どうしてそんな港の写真が里桜さんのストーカーがアカウントに載せていたんだ?
現地に行けば何か分かるんじゃないか?
俺は藁にも縋る気持ちで、その場所に行ってみたいと思った。
「あの、お兄さま……?」
「い、いや……なんでもない」
「この港に行ってみるつもりですか?」
どきっ。
思っていることを言い当てられ、心臓が飛び跳ねる。
そういえば、最近の愛利奈は妙に勘が鋭い。
里桜さんの通院を後押ししてくれたのも愛利奈だ。
「あ、ああ……。本当は里桜さんに聞いてみたいところだけど、どうにもお兄さんのことだと聞きにくいな」
「はい。あまり聞かない方が良いと思います。今日から入院していますし……。
それに、わたくしも話を聞いているので、わたくしに聞いて下さいませ」
「うん、分かった、ありがとな」
俺は愛利奈の部屋を出ようと背を向けた。
「あの、お兄さま、私も一緒に行きます」
「……え?」
「里桜さまの力になれるなら……何でもしてあげたいし、私の知っていることも役に立つかと」
愛利奈の頼もしい提案だが、少しだけ躊躇した。
巻き込むかもと思った。
だけど、幸いストーカーのターゲットは里桜さんのみだ。
愛利奈は俺と同じようにモブ扱いだった。
俺のひいき目を抜いても妹の愛利奈は相当な美少女だと思う。
なのに、俺と同じようにモブ扱いするとは……。
とはいえ、危険に晒されないので、もちろんそれでいいのだ。
「分かった。じゃあ、明後日の土曜日、写真の港に行ってみよう。どこか分かる?」
愛利奈はスマホを少し操作して「
う……県の反対側じゃないか。片道二時間コースだな。
「さっき話した、悟お兄さんが一緒に飲みに行った人ですが、私たちは会っていますわ」
急にとんでもないことを愛利奈が言い出した。
「……本当か?」
「はい。赤城先生、医大で里桜ちゃんの主治医をしている人です」
ウソだろ。
愛利奈は、当時のネットのニュース記事を保存していた。
その記事はゴシップ誌のようだが、それには確かに赤城医師の名前が載っている。
そういえば、初めて俺が会ったとき、ジロジロと俺の顔を見てきたな。
もしかして、俺が悟さんに似ているからなのか?
警察は事情を聞いただろうし、事故として処理されたのなら犯人ではないのだろう。
怪しいけど……警察に見抜けない者が俺に見抜けるとは思えない。
茜色の夢でも見ない限り。
「じゃあ、お母様に許可と交通費をもらってきますわ」
「あ、ああ」
とんとんとんと、軽やかに階段を下る愛利奈。
やけに乗り気な様子に戸惑う。
そういえば二人でどこかに出かけるなんて、いつぶりだろうか。
楽しみにしてくれていると言うことか?
☆☆☆☆☆☆
そして週末がやって来る。
しっかり母の許可をもらった俺と愛利奈は張り切って、写真の港に向かったのだった。
何か手がかりが得られれば良いのだけど。
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