第17話 兄妹でお出かけ


 週末の土曜日。

 俺と愛利奈は電車に揺られていた。


 車内は空いていて、四人がけの席に二人で座っている。

 お昼ご飯を食べてから、家を出たので今は午後一時を少し過ぎたところだ。


 天気はやや雲が多いものの太陽が出ており、ぽかぽかしていた。


 俺は久々に長時間、愛利奈と二人で話をすることになる。

 この感じ、少し懐かしい。

 俺と一緒に外出するなんて、久しくなかったことだ。


 愛利奈は外出する時は、だいたいゴスロリ風お嬢様風だけど今日はメイド服のような服を着ている。

 これが目立つ。当然、電車内で注目を浴びることになる。


 注目を浴びる理由は、服装だけではない。

 愛利奈自身の容姿によるものもあるのだろう。


 正直、椅子に座り流れる景色を黙って眺めている愛利奈の様子はとても絵になると思う。

 喋るときの印象とはまた違うのだ。


 じっと愛利奈を見ていると、視線に気付いた愛利奈が嬉しそうに口を開いた。



「お兄さま、今日のために髪の毛をお下げにしたのです。それと、この服のポイントはですね——」



 今日のため?

 気合いが入っているけど、出かけるときの愛利奈はいつもそうなのかもしれない。

 目を引くことの多い服を好むために、髪型など色々気を遣うのだろう。



「愛利奈ってそういうの好きだよな」



 俺がそう聞くと、愛利奈は「うん」と言うと急に小声になった。



「っていうか、お兄ちゃんが好きなんでしょ……」


「えっなんだって?」


「ううん、なんでもありませんわ」



 確かにアニメのキャラに一時期ハマったことがあるのは事実だ。

 でもそれ結構前なんだけどな。


 愛利奈が話すのは最近見たアニメの話だったり、友達の話だったり、でも一番多いのは里桜さんの話だ。


 今日は愛利奈がついてきたのは、里桜さんと関係があることだからだろう。

 そうでなければ、一人で言ってくださいと冷たくあしらわれたに違いない。


 俺はストーカーのことをまだ言えないでいた。

 だけど、愛利奈が一歩足を踏み入れている以上、伝えざるを得ないだろう。



「なあ……愛利奈。今日のことなんだが」


「はい、なんでしょうか?」


「港の写真のことなんだけど——」



 俺は手短に話をした。

 入手経路のこと。つぶやきアプリの怪しいアカウントのこと。愛利奈は真剣に聞いてくれる。



「このことは里桜さんにはまだ話さないようにして欲しい。まだ仮定の話で進んでいるだけだ」



 愛利奈は少し考え込んだあと、「分かりましたわ」とにっこりと微笑んだ。

 直後、声が一オクターブ下がる、



「ところで、どうやってこのアカウントのことを知られたのですか? 里桜さまをエゴサしていたとか?」



 愛利奈の目がジト目になっている。

 だが、俺は無実だ。



「い、いや……。実は中等部の校舎に行ったとき、青海生徒会長だっけ? その人に会って、聞いたんだ」


「青海君……青海さま?」



 愛利奈は一瞬俺を睨む。



「ん、ああ、そうだよ」


「ふーん。まあ、いい人ですわね。生徒会長は」



 若干、微妙な顔をする愛利奈。

 なんとなく、いい印象を持っていないのだろうか?


 青海君が生徒会長で、だいたいどんな男か想像できていた。

 俺は敢えて、愛利奈がもっと話してくれるように疑問形で聞く。



「そうなの?」


「うん。面倒見が良いって言いますか……里桜さまのことも気にかけていらっしゃって、わたくしに声をかけて下さいましたの」



 なるほど。

 生徒会長だから、長期休んでいた里桜さんのことを気にするのは当然かもしれないな。



「心配だったんだろうな」


「ええ。里桜ちゃんも青海さまのことを信頼しているようでした」



 まあ、人格者じゃないと生徒会長なんか無理だろう。

 愛利奈からこぼれる言葉は、どれも肯定的な話ばかりだ。


 なのに、この様子はいったい何だろう?

 思春期の女の子特有の男には理解できない言動ってやつ?



「でも……」



 少し愛利奈は言い淀む。

 俺はその先を促した。



「でも?」


「なんというか完璧すぎて……。私は少し苦手ですわ」



 そう言って、ふう、と溜息をつくようにして愛利奈は遠い目をした。

 流れていく窓の外、秋の色に染まる景色を眺めている。


 とはいえ、苦手という言葉の中に警戒心はほとんど感じられなかった。

 苦手ではあるが、嫌いでは無い、そんな距離感なのだろう。



「あの、スミマセン」



 突然、近くの席に座っている人が話しかけてきた。

 小太りの男性だ……年齢にして二十代中頃くらい。


 俺たちは四人用ボックスシートに座っていて、俺の隣は愛利奈だ。

 向かいの席は空いていて「個々空いていますよね?」と言ってその男性が座る。

 


「あの、大変可愛らしい女の子だと思って……あの、写真撮らせていただいても大丈夫ですか?」



 どうやら、愛利奈のゴスロリ風の服をコスプレだと思って話しかけてきたらしい。



「あら、いいですわよ」



 愛利奈はノリノリで快諾し、ポーズを取り始める。

 随分慣れているように感じる。


 ……愛利奈ってもしかして、俺の知らないところで撮影会的なことをしているのか?


 まさかな。愛利奈に限ってそんなことはしていないだろう。

 という思いとは裏腹に、俺の口からは疑問が漏れる。



「おい、愛利奈、いつもこんなことしてるのか?」

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