第三章 二人の距離とその関係

第31話 誕生日会(1)


……茜色に染まる夢を見ていた。



 家のリビングで、里桜さん、愛利奈、そして母さんが笑っている。


 部屋の壁には色紙による飾り付けが施されていて、とても賑やかだ。

 テーブルの上には、四人分より遙かに多い量の惣菜や炒飯、パスタなどの料理が並んでいる。色のバランスも良く、とても良い香りがする。


 母さん指導の下、愛利奈や里桜さんが作ったものだ。


 はははと笑い声が絶えない俺の誕生日パーティ。

 明るい声のメインは愛利奈であり、次に大きいのは里桜さんだ。いつもの静かで落ち着いた様子はなりを潜め、ずいぶんはっちゃけているご様子。


 愛利奈は赤と白のサンタコスプレをしている。ミニスカートに黒ストッキング……色使いはともかく、バニーガールっぽいぞ。

 里桜さんは、白いニットワンピースだ。身体のラインが出ていて……ドキッとする。今日のために準備したようだ。



「せんぱぁい! 誕生日おめでとうございます!」


「お兄しゃま、おめでとおございますでしゅわよ!」



 二人の変なテンションは、母さんが自分用に買ってきたお酒入りの果実酒をジュースと間違えて飲んでしまったためだ。


 愛利奈も里桜さんも、ろれつが怪しいし、やけに明るい。

 アルコール入りは最初の一杯だけだ。あとは普通のジュースを飲んでいるので、徐々に落ち着くだろう。


 俺は清く正しく、しらふだった。



「ありがとう。みんな」


「優生、よかったの? せっかく下山さんと付き合っているんだし、恋人同士二人でやればよかったのに」


「そうそう。そうだよーお兄しゃま」



 愛利奈がニヤニヤと口元を緩めて相づちをうつ。

 一方の里桜さんは、アルコールで少し赤くなっていた顔がさらに赤くなっていた。

 まあ、二人きりというのも、素敵だけど、みんなで楽しむのもいいかなと思ったのだ。



「母さん、俺の誕生日祝うの面倒なだけじゃないの?」


「そうじゃないけど……はぁ、これだからウチの男は……」



 そう言って遠い目をする母さん。

 いったい、過去に何かあったのか?



「それにねー、里桜しゃまは、お兄しゃまに、あげたいものがあるんだって」


「えっ? プレゼントは貰ったけど」



 ふと、里桜さんの方を見ると、さらに肌の赤みが増したような気がした。



「里桜さん、顔真っ赤だけど、大丈夫?」


「う、はい……。ちょっと、お水いただいてきます……」



 そう言って里桜さんはリビングからキッチンの方に向かっていく。

 勝手知ったる親友の恋人の家、という雰囲気だ。


 さっきから里桜さんの様子がおかしい。

 愛利奈は普段からおかしいので、あまり気にならないのだが。


 ふらつきながら歩いてきた愛利奈が、俺の横にやってきて耳打ちする。



「お兄しゃま……もう、ずっと唇が荒れていましゅから、リップで整えておいた方がいいでしゅわよ?」


「何だよ今さら」


「いいから……里桜しゃまのためれす。はい」



 そう言って強引に俺にリップを渡す愛利奈。

 俺はそれをポケットにしまう。まあ、後で塗っておこう。


 時計を見ると夜八時を指していた。もうすぐ、お開きにしないといけない時間だ。


 里桜さんが戻ってきて、俺の隣に座った。

 顔色は赤みが引いて、随分良くなっている。


 そんな里桜さんが、俺の方を見て上目づかいで言った。



「あの、先輩……少し……いいですか?」



 気付くと、いつのまにか愛利奈も母さんも姿が見えず、リビングはしんとしている。まるで申し合わせたかのように二人はどこかに行ってしまった。

 リビングには俺と里桜さんだけだ。


 ゴロゴロゴロ……。

 遠くで音がした。



「雷か鳴ってる。また雪が降るのかな?」


「昨日から少し寒いですよね。今も……」


「ん? 暖房の温度上げる?」


「あの、先輩が……暖めて下さい」



 驚いた俺が里桜さんに目を向けると、彼女は顔を伏せた。

 よっぽど恥ずかしかったのだろう。


 俺は「うん」とだけ返事をして、里桜さんの背中に手を回して、抱き締める。

 近づくと、彼女の温もりと香りを感じた。



「先輩……あの、その、私の初めてをもらってくれませんか?」


「初めて……って?」



 そう言って、里桜さんは顔を上げ、目を瞑った。

 俺の心臓が高鳴る。

 里桜さんの遠慮しがちな性格からすると、ちょっと違和感を抱く。きっと愛利奈に何か言われたのだろう。


 俺は、何も言わずに顔を近づけ——。

 


……茜色に染まる夢が終わる。



 夢が終わり、意識が現実に戻った。目を開けても瞳に映るのは暗闇だけ。でも間違いなく俺の部屋だ。

 なんとも間が悪いタイミングで目が覚めてしまった。



「茜色の夢君さぁ……もうちょっと空気を読んで欲しいんですけど?」



 スマホで確認すると午前二時だった。

 明かりをつけ、のそのそと起き上がり……いつもの習慣で茜色のノートを開く。


 気になることがある。

 俺の誕生日は、十二月二十七日。クリスマスの後だ。

 俺と里桜さんは付き合っているらしい。


 里桜さんが誘拐されそうになってから以降、随分里桜さんとの距離も縮んだような気がする。

 進展が早くなるのも必然なのかもしれない。


 里桜さんは初めてと言っていた。俺もキスは初めてだ。

 そう思うと、少し口元がニヤける。



「ふぁぁぁ」



 眠くなってきた。

 起きている理由もないので、俺は再び布団に潜り込む。


 夢の続きが見られるといいなと思いつつ、俺は眠りに落ちた。

 またもや、その願いは叶えられるのだった。



……茜色に染まる夢を見ていた。




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