第37話 進展

 俺は家に着くなり、浮かれる気持ちを切り換えた。


 俺は、帰るなり自分の部屋のダッシュして、スマホで検索を始める。

 まずは、悟さんの作成した記事だ。


 核心に迫れなくても、きっとその中にヒントがあるはずだ。

 赤城医師と揉める、何らかの原因となる記事が。


 帰ってから、俺はひたすらスマホの画面を叩く。



「下山悟」

「下山悟 記事」

「下山悟 ライター」

「下山悟 事件」

……

「下山悟 自殺」



 しかし、これといってめぼしい情報は無い。

 名前だけだと、同姓同名の他人ばかりだし、思いつくワードを入れても検索結果に期待する情報はなかった。


 生徒会長青海に頼んでも、なかなか新情報が来ないわけだ。

 今回はあまり頼りにできないかもしれない。


 めげずに、つぶやきサイトを開いて見ると……俺のアカウントのフォロー数が一つ増えている。

 誰かのフォローを追加したわけではない。

 もしかして……?



「えっ?」



 フォロー一覧にあってはいけないアカウントが復活している。

 生徒会長の青海が教えてくれた、里桜さんのストーカーアカウントだ。


 犯人は逮捕され、裁判の途中だったはずだ。

 どうして復活している?


 つぶやきの内容は綺麗に削除されている。

 何も残っていない。


 そうなると、気になるのはこのアカウントを「フォローしているアカウント」だ。

 俺のアカウントもその一つだが、もちろんそれは理由がある。


 でも、それ以外のアカウントはどうだ?

 不審な復活に何か関係あるかもしれない。


 一つづつ、俺はストーカーアカウントのプロフやつぶやきを調べていった。



「ん?」



 アカウント名「山下」なるアカウントがある。

 下山……山下……まさかな。英語の表記は「shimoyama_satoru0422」。

 英語表記の方は悟さんの名前そのものだ。


 いくつかつぶやきがあり、アカウントのプロフィールには何も書かれていない。

 ただ、動画サイトへのURLだけが記されていた。


 さっそくリンク先の動画を見ようとするも、非公開のため見られない。

 うーん……いったいこれは何だ?

 動画サイトのアカウント名は「Breadcrumbぱんくず」だが、何か意味があるのだろうか。



「ふう、結局手がかり無しか」



 一旦スマホを操作する手を止める。

 収穫はなにもない、ただ、気になることができた。

 非公開になっているということは、例の動画自体は存在するはずだ。


 それが何なのか、動画サイトのアカウントにログインしなければ分からないだろう。

 もの凄く気になるものの、これ以上調べることが……いや、まだつぶやきを見ていないな。


 早速先ほどの山下アカウントを見てみた。



「8月6日 22:12、やはり」


「8月6日 20:05、今日はアイツと飲みに行く。楽しみだ」


「8月5日、急に飲みに行きたいと連絡があった。自分も、そう思ってた所だ」」


「8月4日、いい加減、仲直りしないと行けないと思いつつ、もう半年経ってしまった」


「5月10日、今日は取材がある。多分最後になるだろう」



 これは……。

 八月六日を最後に更新が途絶えている。どれも去年のものだ。

 しかし、最後の……「8月6日 22:12、やはり」……これは……いったい?


 まさか、この時……。俺は愛利奈に、いつ悟さんが亡くなったのかを聞いた。



「えっとね……確か、うん。八月六日だよ」



 そうすると、このアカウントは悟さんのものなんじゃないか?

 一連の自殺した日までのつぶやきと、その日に更新が止まっているアカウント。


 その可能性は高い。

 だとすると、このリンク先の非公開の動画はなんだ?


 あまりよくないことだと思いつつ、動画サイトのログインを試す。


 アカウント名は恐らくつぶやきサイトと同じとして、パスワードだけ分かればいい。

 関連しそうなものを入力してみる。が、当然のことながらログインできなかった。

 まあ、そう簡単に入れるわけないよな……。


 三回試したところで、俺はログインへの試みを止めた。

 これ以上はロックがかかってしまうかもしれない。


 この前、里桜さんの家に行ったときに、スマートフォンなど残ってないか聞いたけど、見当たらないそうだ。

 彼の使っていたPCは初期化されていたらしい。


 だとすると、残っているのはこの非公開の動画だけということになる。

 なんとしてもパスワードを知りたいところだ。


 どこかに残していないだろうか……?

 俺はその晩、ひたすらにその痕跡を探したのだった。



 ☆☆☆☆☆☆



 気がつくと、外からチュンチュンという鳥の音が聞こえる。

 カーテンを開けると、空が白み始めていた。


 なんということだ。結局徹夜してしまった。

 もうすぐ起床時間だ。

 

 結局パスワードの痕跡は見つからなかった。


 もう一つ気になることがあった。あのストーカーのアカウントが再び削除されていたことだ。

 つまり、一時的にアカウントが復活して消えたことになる。


 いや、今はそんなことより例の未公開動画だ。



 今日から里桜さんも学校に復帰するし、彼女にパスワードの心当たりを聞いてみよう。

 まだ希望は捨ててはいけない。


 しばらくして、里桜さんがやってきた。

 顔色も良く、完全に元気になったようだ。

 俺と愛利奈は、揃って玄関に向かう。


 二言三言、里桜さんと言葉を交わす。

 でも、互いに目を逸らしてしまう……。


 別に悪い意味で目を合わせないわけじゃない。

 今日の放課後、互いに想いを打ち明けるのだ。


 でも、結果はお互いに知っていて、その答え合わせをするだけ、俺はそう思っている。

 恐らく、里桜さんもだ。



「……お兄さまと里桜さま、ご様子がおかしくないですか? 何かありましたか?」



 学校に向かう途中、愛利奈が俺たちの様子見て、首をかしげて聞いてくる。



「や、な、何も無いけど」


「本当に?」


「うん……な、何も」


「ふうん……険悪な雰囲気でもないので、いいですけど」



 茜色の夢で見たことあるとはいえ、俺は心臓の鼓動が落ち着かない。

 うまく告白できるだろうか?

 まさか、万が一の可能性、振られるという可能性はないだろうか?


 緊張のためか、眠気は吹き飛んでいた。

 目はらんらんとギラつき、口は引きつったままだった。



 ☆☆☆☆☆☆



 そんな興奮状態で過ごし、ついに放課後になった。


 俺は駆け足で中等部の屋上に向かい、辿り着く。

 ここは、本来は立ち入り禁止なのだけど、いつも鍵が開いていることは公然の秘密だ。

 そのため、内緒話や告白、あるいは付き合っている生徒同士の逢瀬などに用いられている。


 空は夕焼け色に染まっている。グランドの方から、部活動のかけ声が聞こえる。

 待ち合わせの時間まで少し余裕があった。


 正直なところ、こんなことをしていいのだろうかという疑問はある。

 でも、愛利奈の死はたぶん、愛利奈と仲を深めたことで避けることができたのだ。

 だとしたら、里桜さんとの仲を深めることも、解決に向けた一歩なのだと思う。


 ふと気配を感じて振り向くと、中等部生徒会長の青海がいる。



「あれ? どうしたの?」


「先輩の姿が見えたので、追いかけてきました」



 青海も走ってきたようだ。少し息が荒い。

 彼は大きく息を吐き続けた。



「あの、先輩、例の件調べているのか、なかなか分からなくて」


「ああ、そういえば、お願いしていた件、ちょっと進展したよ」


「えっ?」



 青海はやけに大げさに驚いたようで、表情を隠せていない。

 いつも落ち着いている彼にしては珍しいなと思う。俺は、悟さんのつぶやきサイトのアカウントや未公開動画のことを説明した。


 青海はあごをつまむような仕草をして真剣な表情で俺の話を聞いていた。



「なるほど、動画サイトのアカウントのパスワードが分かれば、何か進展があるかもしれないってことですね」



 さすがに理解が早い。さすがSNS博士だ。

 ただ、彼はこれくらいすぐ見つけられそうだと思ったのだけど。

 きっと忙しかったのかもしれないな。



「うん。何か分かったら連絡して欲しい」


「はい。分かりました」



 その時、キイ、と屋上に続くドアが開いた音がした。

 青海は振り返り、ドアから出てきた人物に視線を移した。



「なるほど、先輩のお目当ては下山里桜さんでしたか。じゃあ、これで僕は失礼します」



 青海の背中を見送る。

 すれ違うようにして里桜さんがやってくる。

 彼女は俺の姿を見ると、ぱっと笑顔になって走り出した。



「はあっ、はあっ、先輩っ!」



 里桜さんの呼吸が落ち着くまで、しばらく待った。


 そして、互いに何も言わずに見つめ合う。

 せっかく落ち着いていた心臓が、バクバクし始めた。


 さて、これからが本番だ。

 俺は沈黙を破って、口を動かす。



「里桜さん、俺——」



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