第04話 暗闇の中で
……俺は真っ暗な闇の中にいた。
これは夢だろうか。
初めて茜色の夢を見た日、父を失ったあの日。
助けることができたのに。俺だけが助けられたのに。
自動車に乗ることを俺が止めていれば。
途中で、休憩しようと言っていれば。
そもそも、皆で出かけなければ……。
助けられなかったあの日。
父を見殺しにしてしまったあの日。
俺は仏壇に向かい謝罪を繰り返す。
「父さん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
いくら謝っても、父が帰ってくることはない。そんなことは分かっている。
でも、やめられなかった。
俺は学校にも行かず、何日も塞ぎ込んだ。
「お兄さまは、わたくしを助けてくださいました。
わたくしもつらいのですが、お兄さまはそれ以上に落ちこんでいて……だから……せめてわたくしは、いつも側にいます」
愛利奈が献身的に慰めてくれたおかげで俺はようやく立ち直った。
でも、それでも、後悔の念は消えることはない。
もし、あの時行動していたら、あの優しい父を失わずに済んだのにと思ってしまう。
「父さん、俺を恨んでいるよね。息子に見殺しにされたことを」
そう虚空に問いかける。でも、答えが返ってくるはずがない。
はずがないのに——。
「ううん、違うと思います……」
暗闇の中に誰かの声が聞こえた。聞き覚えのある、澄んだ透明感のある声だ。
「違う? そんなことはない」
「愛利奈さんのお兄さん。最後に見たお父さんの顔、覚えていますか?」
闇の中に、気遣うような口調で語りかけるその声。
俺はそれをとても優しいものだと感じた。
父が命を落とす、ほんの少し前を思い出す。
「お父さんの顔、覚えているよ。血をたくさん流していて……俺を見て、苦しいはずなのに優しい顔をしていた」
「はい……それから?」
「強く生きろと言った。かすかな、かすれた声で」
そうだ、すっかり忘れていた父の最後の言葉。それを今思い出した。
——あの日。
雨が降りしきる道の、ひしゃげた車の中で……。
俺と愛利奈を見て……手を伸ばして……。
俺たちを安心させようとしたのか、一つも苦しそうな顔をせずに、父が言った。
血がたくさん出ていて、息をするのも苦しかっただろうに。
「その表情に、その言葉に、恨みを感じましたか?」
「いや、少しも感じなかった」
「でしたら、それが答えだと思います」
暗闇に包まれていた俺の意識を一筋の光が照らす。
俺の額に、何か温かいものが触れている。誰かの、しっとりした手のひら。
「もともと恨んでなんか……いなかった……?」
……暖かい光に照らされて暗闇の世界が終わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます