第03話 きっかけ
真っ暗だった視界が茜色に染まって……夢をみているような感覚に落ちていく……。
******
……茜色の夢を見ていた。
見覚えがある景色。
ここは去年までいた中等部の校舎だ。
俺は手元のスマホを確認する。
表示された日付は……今日、12時10分。見てるうちに11分になった。
息を上げて走る俺への、中等部の生徒たちからの視線が痛い。
ひそひそ話している声が聞こえる。
ここは中等部棟の三階の廊下だ。
俺は走り出した。息を荒くしながらさっき上がってきた階段の反対側を目指す。
目的の階段が見えたとき、息が苦しくなり、手を膝に当て息をついた。
「はぁっ、はあぁっ、はぁっ」
まだ苦しいけど階段まで辿り着いた。
「キャアアッッッ!!」
嘘だろ。里桜さんの悲鳴だ。下から聞こえてきた。
ドサッという音が聞こえ、俺は二階に続く階段を駆け降りる。
「キャーーーーー!」
続いて愛利奈の声だ。張り裂けそうな悲鳴だった。
俺が二階の階段の踊り場まで辿り着くと……。
「おい……嘘だろ?」
そこには、うつ伏せで倒れている里桜さんの姿があった。
表情は見えない。だが……僅かに見える額が赤い液体で染まっている。
俺は彼女の元に駆けつけ、抱き起こした。
「おいっ……大丈夫か?」
「あ……悟にぃ……どうして?」
虚ろな目で俺を見つめる下山さん。
そして……そのまま、無言で微笑むと目を瞑った……。
……茜色の夢が終わる。
******
ガタッ。
自分が立てた椅子の音で目が覚める。少し遠ざかっていた先生の声が元のボリュームに戻った。
ほんの一瞬だけど意識が飛んでしまって、夢を見ていた。
寝ていたことを恥ずかしく思い、心臓が高鳴る。しかし幸い周囲のクラスメートには気付かれていない様子だった。
夢が俺を駆り立てている。彼女を救え、と。
そんなことは無いはずなのに。
でも、心臓の高鳴りがなかなか落ち着かず、俺は自分の行動を抑えられくなってくる。
一息ついたところで、チャイムが鳴る。
キンコンカンコン……。
授業が終わった。12時になったのだ。
……まてよ?
さっきの夢は……今日の12時10分頃の夢じゃなかったか?
茜色の夢はほぼ確実に起きる夢なのは分かっている。
俺は中等部の校舎に向けて全力で走り出した。
中等部の生徒が俺たちがいる高等部の校舎まで来ることはあるけど、背格好は違うし制服も異なるため目立つ。
それと同じで、俺が中等部に行くのも目立つのだろう。
ここの三階で、下山さんが階段から落ちて大けがをする。
いや、悪ければもしかしたら……?
悪い予感を払拭するように俺は頭を振った。
階段の下に辿り着いたとき、俺は呆然とする。
「ワックスをかけたばかりなので、この階段は使えません。生徒会」
立て看板がしてあった。
なんてこった。
そうだ、さっき見た夢では、中等部校舎の反対側の階段から三階に上がり、ぐるっと回って降りてきたのだ。
俺は手元のスマホを確認する。
表示された日付は……今日、12時9分。
ぐるっと反対側の階段から回って行ったら、10分を過ぎるだろう。
夢の通りにしていてはダメだ。
俺は階段の上を見つめる。
アスリートになったような気分だ。
「ワックスで滑って転ぶかどうか、勝負だ!」
俺は看板を押し倒し、階段を駆け上がる。
あれ?
大丈夫だ。滑ることもなく駆け上がれる。
階段の表面は乾いていた。ワックスはこれからかけるのかもしれない。
俺は二階の踊り場までたどり着いた。まだ下山さんは倒れていない!
間に合った。
そこから上を見上げると、下山さんの姿があった。まさに今、階段を降りようとしている。
ここで足を滑らすのなら。
「下山さん、足下気をつけて!」
「えっ……あっ?」
俺に気付いた下山さんの顔が曇った。どうも俺の印象は最悪みたいだな。
何人かの生徒が彼女の後ろにも見えた。
その瞬間、
「きゃっ!?」
「ちょっ!」
下山さんが階段の上でよろめく。
俺は気を抜いてなかったので、急いで階段を駆け上がり下山さんを抱き留める。
しかし態勢が悪く、バランスを崩して下山さんの下敷きになる形で後ろに落ちていった。
……階段の下に向けて。
ああ——結局誰かがこの階段から落ちるのか。
スローモーションのように、時の流れがゆっくりに感じた。
母や愛利奈の顔が脳裏に浮かぶ。
これが、走馬灯ってヤツか。フラグじゃないか……。
「キャアアッッッ!!」
下山さんの悲鳴が聞こえた。次に背中にドン、という衝撃が伝わってくる。
床に背中を打ちつけ激しく痛いけど俺の意識はまだ残っている。
俺は仰向けになった状態だ。下山さんは俺の胸の上にうつ伏せで顔を伏せている。
どうやら、俺がクッションになって下山さんが床に激突するのは避けられたようだ。
とはいえ、背中も痛いし後頭部がやけに熱い。
酷い頭痛がする。
でも、次第にそれはぼんやりとした痛みとなり、視界が暗くなっていく。
薄暗くなっていく。
「愛利奈さんのお兄さん! 先輩! 先輩!!」
下山さんの声が聞こえる。極めて元気そうだ。
どうして、そんなに必死なんだ?
俺はどうということもない。ただ、やけに眠くて……。
シャンプーの桃のような良い香りが鼻をくすぐる。
俺の身体全体で、彼女の温もりと柔らかさを感じる。
下山さんは華奢だと感じていたけど、思っていたより胸があるな……。
などと緊張感に欠けることを思いながら、俺の意識は深い闇の中に落ちていった——。
******
……俺は真っ暗な闇の中にいた。
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