第12話 思い出
昼食をとり服のお店やペットショップを回った。
里桜さんは、ずっと引きこもっていたというので、こうやって出かけるのがとても楽しいという。
時間があっという間に過ぎ、夕方になるころ。里桜さんがぼそっと言う。
「どこか、公園に行きませんか?」
「公園?」
「あ、いえ……なんでもありません」
里桜さんの控えめな提案。ショッピングモールは人が多く疲れたのかもしれない。公園なら、座って落ち着いて話すこともできるだろう。
「じゃあ、港山公園がいいかな?」
「え、そんな……あの、いいんですか?」
「俺もちょっと行ってみたくなって」
茜色の夢で告白を受けた公園は見覚えがあった。広く桜が並ぶ公園、湖が見えて、医大が見えるのは多分港山公園だ。
僕らは、バスに揺られて港山公園に向かった。
道中は二人ともやや疲れたのか互いに肩を寄せてうとうととしていた。
里桜さんに触れた肩と腕の体温と、揺れが心地よかった。
「ちょっと外は寒いね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
公園に着くと、やや冷たい外気に一瞬だけ体がぶるっと震えた。風は感じないものの、夜に向かう空気に少しだけ体温を奪われる。
不意に、手のひらにしっとりとした指が絡まるのを感じた。里桜さんだ。
彼女の手のひらは俺のそれより少し冷たい。
そういえば冷え性だと言っていたっけ。
「こうすれば温かいと思ったけど……先輩の手のほうが、ずっと温かいですね」
「うん。夏は暑苦しいんだよね」
「そ、そんなことありません。夏でも、大丈夫です」
何が大丈夫なのかよく分からないけど、里桜さんのこの距離の近さに驚く。
多分、亡き兄と俺を重ねているのかもしれない。そう考えたら、俺は今までに無い寂しさを感じた。
二人で、公園を並んで歩く。
秋の中旬にさしかかり、木々も紅葉の気配を感じさせ寂しく感じる。その上、黄昏時の時間帯というのもあって、すれ違う人はいなかった。
公園の隣には、大きなビルが見える。医大だ。最初に見た茜色の夢で、死の病に冒された里桜さんがいた病室は、あのどこかにあるのだろう。
ふと病院から視線を感じて見上げるが、建物の中の様子はまったく分からなかった。
「あの、先輩? どうされました?」
「ううん。何でも」
俺は首を振って、夢の記憶を追い払おうとした。
隣で微笑んでいる里桜さんが死に瀕した状態になるなんて、もう考えたくもない。
里桜さんの手に俺の体温が伝わって、暖かくなっていた。生きているという温もりがあって、それがどんなにかけがえのないものか思い知る。
「あの、先輩」
急にぱっと手を離した里桜さんが、無邪気に笑ってざっざっと小走りに俺の前に回り込む。
「うん?」
「私、先輩のことが……ううん……また、こうやって一緒に出かけてもらえたら……嬉しいです」
里桜さんは何か別のことを言いかけ、それを飲み込んだように見えた。
彼女のお兄さんの代わり……にはなりたくないな。俺は、初めてそう思った。多分、うんと言いさえすれば、里桜さんもきっと喜ぶのだろう。
でも、俺にはできなかった。
「里桜さん。聞きたいことがあるんだけど、お兄さんのこと、聞かせて欲しい」
「えっ……」
里桜さんの表情が一瞬曇り、俺から目を逸らした。
が、次の瞬間には、今までと違って、俺を見据えるように見つめ話し始める。
「私はいつも優しい兄が大好きでした。いつも一緒にいてくれて、何かと構ってくれていたと思います」
「愛利奈からも聞いているよ。ちなみに、何て呼んでいたの?」
「
「可愛いと思うよ。でもそれ最初会った時、俺に言いかけたよね?」
俺は少し笑いながら里桜さんに言う。別段不快に感じたわけでもないし、あまり萎縮して欲しくなかったから。
「は、はい。反省しています。どこかで、先輩を兄と重ねていたのだと思います」
「まあ、仕方ないよね。似ているって話だし。……今日俺と手を繫いだりしてくれたけど……お兄さんにも似たようにしていたの?」
里桜さんの俺に対する接し方は、最近初めて出会ったような男に対するものと違うように思う。
里桜さんは俺の疑問を聞き、急に顔を曇らせ黙ってしまった。ミスった。気まずくなるくらいなら聞かなきゃ良かった。
「ごめん……変なこと聞いて」
「いいえ、今日のこと思い出したら……距離近すぎだったって思って。兄と同じように思っていたわけじゃなくって、無意識なんです……嫌な気持ちにさせてしまって……ごめんなさい」
急に不安になったのか、里桜さんは俯き、胸に手を当て自らを落ち着かせようとしている。
「ううん。大丈夫全然、イヤだと思わなかったよ。正直なところ家族以外であまり経験なくて、ドキドキしていた」
「本当ですか……?」
俺がうんと頷くと安心したのか、里桜さんの顔が綻ぶ。
「お兄さんのことは、普通の仲の良い兄妹って感じだったのかな?」
「どうでしょう。私は……兄を男の人として好きだったのでしょうか」
その声に、何か罪悪感のようなものが含まれている。
「分からないけど、でも、里桜さんがお兄さんを好きだったのは……それを悪いことだと思う必要はないと思うよ」
そう言うと里桜さんの瞳が揺れ、潤みはじめる。
「そうでしょうか……。ずっと気になっていて」
「うん。俺はそう思う。お兄さんは、その思いを受けて幸せだったんじゃないかな」
里桜さんの思い詰めた表情を見てつい、言ってしまった。里桜さんのこともそのお兄さんのことも、何も知らないのに。なんだかすごく偉そうに言ってしまい恥ずかしい。しかし……。
「ああ、ああ……そうですよね……はい……ありがとうございます」
里桜さんは少し目を拭うような仕草をしてから再び胸に手を当てた。まるで祈るように目を瞑り、微笑んでいる。
「私と兄の関係を、あまり良く思わない人もいました。でも、上高先輩や愛利奈さんは認めてくださって……救われたような気持ちになりました」
そうか。色々あったんだな。里桜さんの迷いが少しでも軽くなるのなら、話して良かった。
俺は反射的に手が伸びて、彼女の頭を撫でてしまう。
「ああ……」
里桜さんは、目を瞑ったまま、俺の手に委ねるように縋る。
しばらくそうしたまま、静かな時間が過ぎた。
——気がつくと、すっかり太陽が沈み夕闇が迫っている。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね。上高先輩、その……はい」
里桜さんは、また何か言い留まっている。だったら……。
「里桜さん、またこうやって一緒に遊んで貰ってもいいかな?」
そう言うと、彼女はぱっと、顔を上げた。
「はい、是非、お願いします!」
「うん。じゃあ、また連絡するね」
「先輩、メッセージアプリのIDを交換しませんか?」
アプリを起動し、スマホを寄せて振り連絡先を登録する。
「上高……優生さん」
「うん。これからもよろしくね、里桜さん」
「はい、よろしくお願いします、先輩っ!」
公園に来たとき里桜さんがしたように、今度は俺から手を繋いだ。それもすごく自然に。
気温はここに来たときより下がっていたけど、互いの手のひらから伝わる体温は少し暖かく感じた。
俺たちは、またバスに乗り、話をしながら彼女を家まで送る。
自宅に帰宅すると愛利奈からまたニヤニヤしていると突っ込まれてしまった。
愛利奈はそう言いつつも満更ではなさそうで、私のおかげでデート成功したのですわと鼻が高そうだ。
その晩、俺は再び茜色の夢を見る予感があった。あの、幸せな夢の続きを再び見られる。
俺はそう思いながら眠りにつく。
……茜色に染まる夢を見ていた——。
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