第47話 返礼
青海医院。そうだ、確かに、里桜さんの病気を発見しようと頑張っていた頃、愛利奈とこんな会話をしていた。
「なあ、里桜さんは、近所の病院に行ったんだよな?
ということは、国立医大付属病院ではない?」
「そうですわ。近所の何て言いましたかしら。ええっと……そうですわ、青海医院でしたかと」
あの時は受け流していたけど、ここで繋がった。
青海医院は、過去に別の医療ミスをしていた。里桜さんの診察でも、腫瘍見逃しというミスをしていた。
だとすると、真犯人は……。
俺の脳裏に、一人の人物が浮かぶ。
俺は赤城医師の目を見た。
彼の瞳は潤んでおり、俯き加減ではあったが、俺の目をまっすぐ見返してくる。
「はは……。悟は俺が殺したようなものだと思っていたけど……アイツが殺していたのか」
トン、トン。
ついにゆっくりと階段を上がってくる足音が聞こえた。
アイツだ……真犯人がこっちに向かっている。俺を殺そうと近づいてきている。
照明は落としたままだ。
赤城医師と、先ほど話した計画を実行する。二人の共闘だ。
「今だ!」
俺が照明を付けるのと同時に、赤城医師が真犯人に飛びかかる。
「ク、クソッ、赤城が今、ここにいる?」
階段を上がってきた真犯人は、赤城医師の顔を見て驚愕の声を上げた。
二人の男が階段の上で取っ組み合いをしている。
真犯人はやはり……青海生徒会長。青海医院に勤める父がいる、里桜さんと同級生の青海生徒会長だ。
「優生君、今のうちに!」
「はい!」
ヤツはマスクをしているものの、背格好や雰囲気で分かる。
青海の手にはナイフが握られている。夢で見た、赤城が持っていたナイフ。
慎重に、でもできるだけ急いで二人の横を通り過ぎ、階段を駆け下りようとした。
が、一瞬の隙を突き、俺の足下に青海のケリが入る。
「うぉっ」
俺はバランスを崩し、階段の下へ倒れ、そのまま滑るように転がり落ちる。
酷く頭を打ち、視界が闇に飲まれかける。でも、あと一歩のところで、意識を手放さずに済んだ。
俺は階段の下に転げ落ちた。身体の節々に鈍い痛みが走る。
「くっ——」
「優生君、外に向かって走れ!」
階段を見上げると、青海が赤城医師に馬乗りになり、今にも彼の腹にナイフを突き立てようとしていた。
このままでは、赤城医師が殺される。
俺は階段を駆け上った。
俺の動きを予想するように、青海は俺の方を向き、ナイフの切っ先を向けてくる。
俺は丸腰でナイフを持つ青海に向かうことになる。
赤城医師は倒れているので、実質一対一。勝負はどう考えても武器を持つ青海に分がある。
でも、俺は逆転の機会があることを知っている。
「優生君、どうして逃げない?」
赤城医師、その心配はごもっとも。
でももうすぐ……そろそろ、あの時間だ。
突然、閃光が家の中を照らした。
ほぼ同時に、大地が震えるような音が響く。
ゴロゴロゴロ……ドォォォォォン!
来た!
閃光の直後、家の中全体が暗闇に包まれる。停電だ。茜色の夢で見た光景。
青海の動きが止まる。
俺はそんな隙を見逃さない。非常灯が照らす中、青海に体当たりをする。
赤城医師から引き剥がすことに成功し、俺と青海がもつれるように転がる。
転がる中で、右胸に酷く熱く鋭い痛みが走る。
無我夢中で身体に突き刺さっているナイフを投げ捨て、俺は青海の上に覆い被さり、両手を押さえた。
勝ったと思った。
しかし、僅かな非常灯の明かりに青海の勝ち誇った表情が浮かぶ。
「ここまでか……でも、まだ……」
ん? 何だ?
何かを狙っている?
もしかして……コイツも未来を見通す力が?
「な、何をした?」
「そろそろだと思いますが」
あっ……。
脳裏に茜色の夢で見た、炎に包まれる自宅の映像が浮かぶ……コイツ……火の手が上がるような小細工を?
しかし、しんとしたまま、何も起きない。火の手が上がる様子はなかった。
「な、なぜだ? せっかく灯油をまいて……着火するようにしたのに……?」
青海は計画が頓挫したのを認めたのか、呆然としている。
「上高先輩……どうして……全てを見通すような目をしているんだ?」
そりゃそうだ。俺は、茜色の夢で、未来を見るというズルをしていた。
負けっぱなしだったけど、最後の最後で勝てて良かった。
ざああと、雨が降る音が屋内に響き渡る。
気がつけば、薄明かりの中、赤城医師が青海を拘束しようとしている。
俺も手伝おうと立とうとするものの、うまく身体が動かない。
やたら眠くなってきた。
そういえば、俺刺されたんだっけ。
これだけは、変えられなかったな。
「おい、優生君? この血は……君のものなのか?」
茜色の夢では、愛利奈と里桜さんが俺を救ってくれた。
でも今、彼女たちはここにいない。
俺が望んだことだ。
里桜さんや愛利奈が死ぬことに比べても、最高の結末だ。
なあ、茜色の夢の中の愛利奈、里桜さん……命をかけて俺を守ってくれたその思いに応えることができたぞ。
謎を解いて真犯人に辿り着き、捕まえることができたぞ。
ありがとう。
命がけの伝言がなければ、この結末は迎えられなかっただろう。
このまま死ぬのかな。
でも、二人を守ることができたのなら。
何も思い残すことはない。
「しっかり……おい! 優生君!」
遠くで俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
その声も次第に、小さくなっていき、俺は底知れぬ暗闇の中に、意識を放り出した——。
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