第46話 共闘


「勝手口とか、裏口はどこですか?」



 赤城医師が俺に聞いてきた。しかし……。



「この家には、出入り口は玄関だけです。今家に入ってきたのは、愛利奈や母さん、女の人ではないですよね?」


「うん、顔は暗くて分かいけど、たぶん、あの背格好は男だと思う」


「じゃあ、俺に付いてきて下さい。二階へ行きましょう」



 赤城が敵なら、もう詰んでいる。でも、そうでないのなら、生き残れる可能性がある。

 不本意ながら、ここは赤城医師と共闘が必要だ。一対一だと時の運だが、一対二に持ち込めば勝率はかなり上がる。


 油断してはいけないが、今は一旦赤城医師と手を組もう。

 俺たちはそろりと、リビングから二階に行く階段を上った。



 ゴトッ、ガンッッッッ!


 物音と、衝撃音が聞こえる。

 何か蹴るような音。真犯人の焦りと苛立ちを示しているようだ。


 音の方向からして、おそらく一階の母の寝室に入ったのだろう。

 一階を一通り回って、リビングから二階まで上がるには少し時間があると思う。



 作戦会議をしよう。



「優生君。まず警察を呼びましょう。次に、私は階段の近くに隠れ二階に上がってきたときに取り押さえてみます。君はその隙に逃げて、警察を誘導してここに連れてきて下さい」


「それはありがたいですが……大丈夫ですか?」


「いえ、あまり自信はありませんが、やってみましょう。もし刺されるようなことがあれば、早めに救急車を呼んでいただけると」


「分かりました」



 もしこの状況で赤城医師に裏切られたら、相当苦しい状況になるだろう。だけど……少しずつ俺の中で赤城医師への警戒心が緩んでいく。


 まずは、赤城医師に警察を呼んでもらった。

 しかし、ここは田舎。警察が来るまで30分以上はかかるかもしれない。

 あまり期待はできないけど、時間を稼げればなんとかなる。


 その隙に俺は、例の未公開動画の内容を確認する。

 再生しても、画面は真っ暗なままだ。サウンドオンリーというやつだ。


 スマホにイヤホンを繋いで聞く。



「えー、今から赤城君と飲みまーす」


「「カンパーイ!」」



 何だこれは? この声は悟さん……なのか?

 それに、赤城君って。



「優生君、電話したけど……って、こんな時に何を見てるの?」



 少しだけイラッとしたような声で赤城医師が言った。



「悟さんが残した動画かもしれないんです」


「なんだって? 悟が? イヤホンを片方貸してくれないか?」



 途端に真剣な表情になる赤城医師。



「これは……うん。私と、悟だ。懐かしい声だな……」



 赤城医師は少し涙ぐんでいる。しかし……。



「いや、これは……まさか……?」


「どうしたんです?」


「この音声……。後ろに波の音が聞こえる……。これ、あの時のものか?」



 多分、あの時とは、自殺した日ということなのだろう。

 俺は、動画の音声に耳を傾けた。


 動画は場面が変わったのか、悟さんの声だけになっていた。

 彼の声が、淡々と状況を説明してくれる。



「あーあ……。赤城の奴寝ちゃったわ。まあ、こいつなら、海に落ちたりしないだろう」


「この音声は、もし俺の身に何かあったときのために残している。もし他人が聞いていたとしたら、俺はもう生きていないだろう。スマホで録音し、自動で動画サイトにアップロードされるようになっている」


「俺は、五月十日にインタビューした相手が嘘を付いているというタレコミがあったので、直接話を聞くためにこの港の灯台向かっている」


「たまたま、赤城と飲む日だったので、ちょうどよかった。待ち合わせの場所もすぐ近くだ」



 音声がいったん途切れる。ここまでか? と思った次の瞬間、別の場面と思われる音声が流れ始める。

 しかし、その様子がおかしい。



「ふん、バカめ。父の病院を落としめる邪魔者は死ね」



 悟さんの声じゃない。

 誰だ?


 続けて、「ぶくぶくぶく」という音とその背景に波の音が続く。

 バシャバシャと、水の跳ねる音がしているが、次第にその音が小さくなっていった。



「もう死にましたかね?」



 別の声が聞こえた。これも悟さんの声じゃない。「邪魔者は死ね

」と言った人物でもない。

 この声に聞き覚えがある。ストーカーの男の声だ。



「いや、もうしばらくそのままだ。後は、分かってるな?」


「ああ。自殺に見せかけるんだろ?」



 そして、動画再生が終わる。

 ワケが分からない。これが一体何だというのだ。


 期待外れの内容に落胆しながら、赤城医師の顔を見る。

 彼の顔は、蒼白になっていて、震えている……。



「どうしたんです?」


「い、いや……この音声……もしかしたら、悟が瞬間の音声じゃないか?」


「え……?」


「確信は持てないけど。死ねって言っているし、バシャバシャという水音は、抵抗していて、ぶくぶくというのは強制的に水に頭を押しつけられているんじゃ……?」



 水温はともかく、何者かが死ねと言っているのは物騒に感じる。

 とはいえ、俺にはいまいち現実のことだと受け止められない。



「い、いや、それは流石に想像力逞しいというか……」


「心当たりがある。悟に、こういうことを言いそうなやつが一人いる……」


「え?」


「悟は、医療ミスについて調べていた。この市にある、とある病院が数年前に医療ミスをしたのだと……。ライターとして、病院と戦う遺族のことを取り上げたいと言っていた」


「もしかして、喧嘩って……?」


「うん。私も医者の端くれだし。そもそも、事実なのかどうか疑わしいと思っていた。医者の言い分もあるだろうしと言ったら喧嘩になってしまってね」



 もしかして……。

 俺は悪寒がした。背中に嫌な汗が流れる。



「その、とある病院って……?」


「悟は取材途中だからと、はっきり言っていなかった。だが……もしかして……?」


「もしかして……何か心当たりが?」


「悟の妹、君も知る下山里桜さんは、最初の検査で腫瘍を発見できなかった……あれが医療ミスだとすると……」


「…………まさか?」



 赤城医師はうなずく。


 俺の今までの記憶から、いくつかの点が線で繋がる。

 その病院と同じ名字の男を知っている。里桜さんにストーカーがいることを最初に教えてくれた男の名が。

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