第四章 夢の先を目指して
第42話 希望
目を開けると、いつもの天井があった。いや、やけに滲んでいる。
涙がとめどなく流れていて、シーツを濡らしている。
「うっ……うっ……」
涙が止まらない。
里桜さんと愛利奈は、最後の力を振り絞って俺を手当てし、家の外まで連れ出してくれたのだ。
俺を助けなければ、二人は命を落とすことはないかもしれない。
でも……里桜さんも愛利奈も、自分のことは後回しにして俺を生かそうとしたのだ。
こんな俺を……どうして?
自分の命より大切だというのか?
結局、惨劇が起きてしまう未来がすぐそこまで来ている。
俺が避けても、里桜さんによってサプライズとしてパーティを開かれる。
俺と付き合ったのが嬉しくて、祝いたかったのだと言っていた。
付き合ったのがまずかったのか?
里桜さんが、春を迎えるためには、付き合ってはダメなのか?
多分、そうだ。今さらながらに、茜色の夢ノートに書いたことを思い出す。
茜色の夢で、桜が咲き乱れる公園で俺が里桜さんに告白される夢。
つまり、あの時点で俺と里桜さんは付き合っていないのだ。
それをねじ曲げたから?
サプライズパーティは俺と里桜さんがつきあったことが理由となって開かれた。
もし中止になっても同じ結果になる可能性は高い。
だけど……。あの絶望の中に一つの光があった。
犯人は、ミサンガを狙っていたことが分かった。
里桜さんと、愛利奈のおかげ。二人が、命を使って、つないでくれたのだ。
でも、それを調べる前にやらなければいけないことがある。
俺は、里桜さんと付き合ってはいけない。別れを告げなければならないし、それに納得してもらわないといけない。
それが何を意味しているのか、俺は分かっているつもりだ。
どれだけ傷付けようとも……俺が嫌われようとも——。
命を落とすより遙かにマシだ。
☆☆☆☆☆☆
学校への通学途中。今日の里桜さんは、やたら俺にベタベタくっつきやたらと胸を押しつけてくるような気がする。
愛利奈は俺たちを置いて、先に学校に行ってしまった。
「先輩、どうかしましたか?」
「いや、ううん……なんでもないよ」
「そうですか? 本当に?」
俺の目をのぞき込み、にこりと笑顔を向けてくる里桜さん。
朝、あれだけ絶望したのにこの、里桜さんのふわっとした雰囲気が陰鬱とした空気を吹き飛ばしてくれる。
多分、俺の様子がおかしいのに気付き、どうにかしたいと思ってくれている。
本当に、優しくて、俺のことを思ってくれる。いつも、心配をかけてばかりだ。
「うっ……」
目頭が熱くなりそうになるのをぐっと我慢する。
でも俺は、伝えなければいけない。
「里桜さん、今日放課後、俺の家に来てくれないかな。ちょっと、相談がある」
「は、はい……何でしょうか……先輩?」
「二人だけで話したい」
「……分かりました」
里桜さんは、首をかしげながら頷いた。
突然の申し出に驚いているだけで、全く疑う様子がない様子に俺の胸がチクッと痛む。
心の中で、ごめん、とつぶやいた。
俺は、呼び出してから彼女に酷いことをする。
本当にできるかどうかはやってみないといけないけど、ここで嫌われなければ意味がない。
「じゃあ、里桜さん、だいたい四時くらいかな?」
「学校からまっすぐ帰ると、それくらいですね」
「分かった。暗くなる前に終わるから」
「はい……あの、暗くなっても大丈夫ですよ?」
俺の家に里桜さんが来て、帰るときはいつも俺が一緒に送っていた。
でも、今日は、それはないだろう……。
「うん」
「あの、あと、私も相談したいことがあります」
「じゃあ、その話も聞くよ」
「はいっ!」
里桜さんは口元を綻ばせて元気の良い返事をする。
彼女の言う相談とは、それほど重要ではないのだろう。
俺たちは学校に着くと、それぞれの校舎に向かう。
時々振り返る里桜さんを見ながら、俺は決意を固めた。
☆☆☆☆☆☆
俺は午前中の授業が終わると、決戦の日の準備を始めた。
二日後の夜、赤城医師を呼び出す。
赤城医師の目的は、二つのミサンガだ。一つは里桜さんが、一つは愛利奈が手首に巻いている。
里桜さんのは、今日奪うつもりでいた。彼女がどんなに抵抗しても……だ。
愛利奈のも今日手に入れる。多分、愛利奈はそこまで抵抗はしないと思う。最悪、寝ている間に奪うことも可能だろう。
次に赤城医師を呼び出す。
俺たちを殺してまで、二つのミサンガが欲しいのだ。写真を撮って送ってやれば間違いなくノコノコとやって来るだろう。
やってきた赤城医師に、二つのミサンガを見せる。
ミサンガにどんな秘密があるのか分からないけど、切る真似をするなり、飲み込む真似をするなど、カマをかければナイフを取り出す可能性は高い。
その瞬間の動画を前に使っていたスマホを使って録画しておけば、殺人未遂に問えるだろう。俺はそう考えた。
なんだったら、刺されてもいい。挑発してもいいだろう。
茜色の夢では、問答無用で切りつけてきたのだ。案外、小細工すら不要かもしれない。
ただ、一つ問題があった。
明日にでも母さんと愛利奈を家から遠ざけないといけない。
最悪、失敗に終わっても二人は守る必要がある。
実はこれにも策がある。
たぶん上手くいくだろう。
俺の口元が歪むのを感じる。多分、ニヤリとしていやな顔をしている。
あるいは、狂気に満ちているのかも。
一通りの準備ができたとき、ピンポーンとインターフォンの鳴る音がした。
里桜さんがやってきた。
一連のミッションのうち、一番難しく俺にとってツラいのは、これからなのかもしれない。
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