第34話 主治医


 普段は他の生徒の姿も見えるけど、今日は誰もいない通学路。

 静かな通りを、俺は里桜さんと一緒に歩く。


 まだ心配なのか、里桜さんは俺の手を両手で握っている。

 温かい……。しっとりとしていて、気分が落ち着く。



「ごめん、里桜さん。つきあわせてしまって」


「もう、謝らないで下さい。私が、好きでしているのですから」



 そう言って大切そうに俺の手を抱えてくれる。

 彼女の瞳には、俺が映っているのだろうか。それとも、悟さんを見ているのだろうか?

 いや、そんなことは今はどうでもいい。



「里桜さん、その、赤城医師って、どんな人?」


「赤城先生ですか? とてもいい人ですよっ。私の相談も真剣に聞いて下さいましたし」



 そう語る里桜さんは、少し嬉しそうにも見えた。

 里桜さんって……まさか赤城医師のこと……。


 いやいや、すぐそういう風に考えるのは良くないな。



「そっか……相談って?」


「身体のこと、足のこととか、手術の後今まで通り歩けるのかとか……ですね」


「そ、そっか……良いお医者さんなんだね」


「はい。そう思います」



 確かに、俺の印象も同じだ。

 前、里桜さんの検査についても後押しをしてくれたし。

 その柔らかな話し方は整った顔立ちと相まって、信頼できるような印象を持ってしまう。


 でも……。

 だったら、なぜ、俺たちを殺すんだ?

 俺はギリッっと奥歯を噛みしめる。



「先輩? 赤城先生がどうしたんですか?」


「い、いや、ちょっと気になって。次は、いつ会うの? 検査以外に会ったりとか……」



 ちょっと変な聞き方になってしまった。

 これじゃまるで、赤城医師と里桜さんの関係を疑うような感じじゃないか……。



「次は来月ですね。十二月の初めにまた検査があるので、その時です。検査以外は会うことは無いですよ。忙しいみたいですし」


「そ、そっか……分かった」



 俺の無粋な質問に、素直に答えてくれた里桜さんに感謝しつつ、赤城医師とどう対峙していくか考えなくてはいけない。


 俺の誕生日パーティを開かなければいいのだろうか?


 俺からパーティをやるなどと言い出さないだろう。そもそも何年もパーティ的な事なんかしていない。せいぜい、ケーキを買って家族三人で食べるくらいだ。


 パーティ自体は、里桜さん、愛利奈、母さんの誰かが言い出したのだろう。


 パーティを断ることで、問題の先送りはできるかもしれない。

 しかし……ストーカーの男による里桜さん誘拐のように、なんらかのきっかけで早く事件が起こる可能性がある。


 犯人の男が、何らかの理由により犯行を前倒ししたのだ。恐らくは俺の行動の変化が理由だ。

 茜色の夢を見るタイミングがあったから良かったとはいえ、そうでなければ今頃どうなっていたか……。



「先輩、寒いですか?」


「ううん、大丈夫。ありがとう」



 俺を気遣ってくれる里桜さんが死ぬとは……いまだに信じられない。

 だけど今回は俺たちが死ぬ日と犯人が分かっているのだ。

 赤城医師の知られずに、その背景を調べる必要があるだろう。



 ☆☆☆☆☆☆



 結局、その日は一時間ほど遅刻して学校に到着した。

 昼休憩になると、さっそく協力を仰ぐため、俺は中等部に向かった。


 里桜さんと愛利奈に気付かれないように、その生徒を呼び出し、ひとけのない場所で話をすることにした。



「なるほど、それで解決ってワケですか。僕の情報が役に立って嬉しいです」



 そう、青梅ははにかむ。彼は中等部の生徒会長で、俺にストーカーのSNSアカウントを教えてくれた。

 彼が教えてくれたことがきっかけで、里桜さんを救うことができたのだ。



「うん、ありがとう。助かったよ」


「先生とか新聞とかではあまり情報が分からなくって。教えていただいてありがとうございます」



 俺は彼、青海に里桜さんの自殺に見せかけた殺人未遂の一件を、簡単にかいつまんで説明した。港の話はあまり関係ないと思い、していない。



「いやいや、青海の話がなければ、辿り着かなかったよ。そういえば、あのアカウントって……」


「あのストーカーのアカウントは、削除されてましたね。下山さんがさらわれたその日の朝に。公園に連れ去られたくらいに犯人が自分で消したんじゃないかな?」



 消されるんだったら、全部画像を保存しておけばよかったのだろうか。

 とはいえ、ストーカーの件は解決したのだ。



「そういえば、つぶやきサイトに超詳しいSNS博士の青海君にお願いしたいことがあるんだけど……いいかな?」


「……はあ、何ですか?」


「その……」



 俺は言ってしまっていいのか少し悩んだ。

 俺たちが殺される夢を見ていなければ、決してしないこと……それを今からやろうとしている。

 危険ではあるけど、青海君は繋がりが無いはずなので、多分大丈夫だろう。



「俺や愛利奈、そして里桜さんについて、あのストーカーみたいな変なアカウントがないかということと、それと……赤城って言う医者についても同じように何かないか、調べて欲しい」


「赤城……」



 青海は、少し眉をひそめた。

 そりゃそうだ。誰だって突然知らない名前を出されたら不思議に思うだろう。



「うーん、これといって根拠があるわけじゃないけど、赤城というのは里桜さんの主治医なんだ」


「へ、へえ……何か、その医者に何かあるってことですか?」


「いや、そういうワケじゃ無いんだけど……」


「……? 何か気になるなら、調べるのに役に立つので教えて貰えるといいんですけど?」



 俺は、簡単に赤城医師のことを説明した。里桜さんの主治医であり……里桜さんのお兄さんの自殺前に一緒にいた人物。



「へえ……なるほど。調べてみます。でも、SNS博士はよして下さい」



 青海はそこそこやる気を見せたようで、何か分かったら俺のLINEに連絡するということになった。

 愛利奈と里桜さんに離さないようにと釘を刺しておく。


 正直なところ、SNS上にあることなどあまり期待できないけど、打てる手は打っておきたい。



 ☆☆☆☆☆☆



 あの惨劇の茜色の夢を見てから一週間経った。

 同じ夢を見る日もあれば見ない日もあった。


 俺は、次第に夢に慣れていく。

 毎回ほぼ同じで、夢を見ている最中は本当に苦痛であり、悔しくもあり、寒くもある。


 何度も里桜さんに抱き締めて貰うことになってしまった。でも、起きてからは、「夢だから」と思う事ができるようになっていた。


 慣れると同時に、少し焦りも出てくる。

 生徒会長の青梅からは期待する情報は得られていない。SNSを調べるものの、なかなか情報が無いそうだ。

 そんなに都合がよく何か分かるはずがない。


 ネットで悟さんの自殺や赤城医師のことを俺も調べるのだが、新しいことは何も分からないのだ。


 里桜さんが言っていた、検査の日が近づいていた。その日里桜さんは、赤城医師に会うだろう。


 茜色の夢は変わっていないので、まだ何も起きないと思っていた。

 しかし、検査の日の前日、朝いつもの時間になっても、里桜さんがやってこなかったのだ。




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