第32話 誕生日会(2)


……茜色に染まる夢を見ていた。



 俺は、家のリビングで里桜さんを抱き締めていた。

 愛利奈も母さんも、いつのまにか姿を消している。



「先輩……あの、その、私の初めてをもらってくれませんか?」



 そう言って、顔を上げ、目を瞑った里桜さんの唇に俺の唇が触れた。その瞬間、部屋が閃光に包まる。

 カメラのフラッシュのように、光がほとばしる。



「キャッ!」



 里桜さんがかわいい悲鳴を上げて、俺にくっついた。

 ほぼ同じタイミングで、部屋の照明が消え真っ暗闇になった。


 愛利奈や母さんの演出? と思ったけど、部屋にある家電が全て停止していた。

 停電だ。


 ドォォォーンという音が遅れてやってきた。ザアアアという雨音も聞こえる。



「きゃああああ!」



 突然、母さんの悲鳴が聞こえた。

 廊下からだ!

 一体何が起こっているんだ?



「里桜さん……ここにいて」


「は、はい」



 不安そうな里桜さんの声。彼女の表情は見えない。

 俺は立ち上がり、手探りで廊下の方向に歩いて行く。


 ドアを開けた瞬間、俺は衝撃を感じ後ろに倒れた。



「クッ……何だ?」



 ただでさえ暗い視界が闇に包まれていく。

 頭を打ったためか、意識が遠くなっていく。



「先輩! 何か——」



 里桜さんが叫ぶ声が聞こえたけど途中で途切れる。

 ドン、と、俺の身体が床に倒れる感覚があり、全てが闇に包まれた——。



 胸の辺りに感じる強烈な熱さによって目が覚めた。

 ほんの少しだけ、意識が飛んでしまった。



「ぐっ……一体何事……だ? 身体がうまく動かない」



 幸いすぐに意識が戻ったらしい。時間にして数分くらいだと思う。

 ただ、左胸の辺りが焼けるように熱い。


 誰かとぶつかった感覚はあった。それで仰向けに倒れて、今も俺は床に転がっていた。

 妙な鉄の匂いが鼻をつき、胸が焼けるように熱い。

 それとは別の匂いもする。灯油?


 重い瞼を開くと、そこには信じられない光景が映っていた。

 ここはパーティをやっていたリビングだ。暗いもののチラチラと揺れている光が見える。


 蛍光灯の光ではない。

 オレンジ色の炎が床を伝っている。火事だ!


 俺はうつ伏せになり、腕立て伏せの要領で半身を起こした。


 炎が何かを照らしている……リビングの隅の方に誰かが倒れている。

 母さんだ! 服は赤黒く染まり、床に、液体が……赤黒い液体が広がっている。

 誰かに刺されたのか?


 愛利奈がそのすぐ傍で倒れていた。

 彼女の周囲も血の海だ……。二人ともピクリとも動かない……。


 死んでいる……?

 なぜ?

 どうして?


 誰がやった?


 ごぼっ。


 俺の口から血がこぼれている。

 焼けるような胸の痛みの正体が分かった。俺も胸を刺されている。

 血がどくどくと流れ出ていく。


 だけど、意識は思いのほかハッキリしていた。


 俺は這いつくばりながら、里桜さんがどうなっているのか、彼女が座っていたソファの方に視線をやった。

 ソファの上で横になっている。だけど……彼女も他の二人と同じように、胸と口から血を流していて動かない。

 まさか……まさか死んで……?


 里桜さんの近くに人影が見える。身長の高いスラッとした大柄な男が突っ立っていた。


 ピカッと、部屋の中が白い光に包まれ、すぐにドーンという落雷の音がする。


 一瞬だけ光に照らされた男の姿に見覚えがある。

 男は、何か紐のようなものを二つ持っている。



「お、お前……何をした……かはっ」



 口から溢れる血で、うまく喋ることができない。

 男は呆然とした様子で、俺を見下す。



「まだ、生きていたのか……。すま……ない」



 男が俺の方にゆっくりと迫ってくる。

 見覚えのある体格、顔。今の俺には、悪魔に、鬼畜にしか見えない男……。


 赤城医師。

 彼が、俺の元に迫ってくる。

 片手にナイフを携えているのが見えた。赤く染まったナイフが。

 母さんや愛利奈、里桜さん、そして俺の血を吸ったナイフが。



「ごほっ」



 俺は再び血を吐く。

 頭はやけに熱く、身体は驚くほど冷たくなっている。


 意識が薄れていく。ああ、これはもうすぐ死ぬってことなのか。


 もう少し。

 せめて、あともう少し……何か情報を……。


 しかし、俺の願い虚しく視界が暗くなっていく。遠のいていく。

 遠くで俺の名を呼ぶ声が聞こえ……そして……全てが真っ暗になった。


 俺は死ぬのか?

 嫌だ……死にたくない……死にたくない……。


 頭の中に、今までの思い出がちらつき、それを見ているうちに気持ちが落ち着いていく。母さんとの思い出、愛利奈との思い出、里桜さんとの思い出。

 胸の痛みも水のように消えていく……。

 思考も止まり……鼓動も何もかも全てが停止して……。


 ——全てが無になった。



 俺は命を落とした。里桜さんも、愛利奈も、母さんもだ。赤城医師によって、全員殺されたのだ。



……茜色に染まる夢が終わる。

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