最終話 桜の咲き誇る公園で——side 愛利奈


 中三の冬が終わり、季節は流れていく……。


 四月になり、春と共に新学期がやってきた。

 私は高等部に進学し、前と変わらない日常を送っている。



「そろそろ時間だぞ、愛利奈」



 新しい制服を着て、お兄ちゃんと一緒に高等部の校舎に通うのだ。


 青海生徒会長は退学になった。あれだけの事件を起こしていたのだから当然なのだろう。

 過去の事件も追及されているようだ。これから、裁判も行われる。

 彼の父親の病院も経営破綻となり、もうなくなってしまった。


 元々、悟さんが調べていた医療ミスが噂になっていたみたいだ。その上里桜ちゃんの病気の見逃し。

 さらに、青海生徒会長による事件でなおさら経営が立ちゆかなくなったらしい。


 青海生徒会長が、里桜ちゃんをマークしていたのも、検査での病気の見落としのミスと、悟さんの調査の件を重ねていたからだろう。

 ストーカーに、里桜ちゃんの様子を探らせていたのだ。

 悟さんは医療ミスの事例を調査していて、青海医院や遺族に取材をしていたという。

 目障りになって、青海生徒会長が悟さんを殺害をしてしまった。

 ただ……彼自身が一人で首謀していたとは考えにくく、医療ミスをした本人である彼の父も事件に関わっているという話も聞く。


 里桜ちゃんは、兄の悟さんが自殺でなく殺された事が分かり、色々と大変だったようだ。

 お兄ちゃんも力になってあげていたらしく、二人で辛い時期を乗り切った。


 里桜ちゃんの主治医である赤城先生は短期間の休養を取ったものの、すぐ復帰をしたみたいだ。今でも里桜ちゃんの主治医なのだという。

 妙にお兄ちゃんを気に入っているようで、時々家にやってくるようになった。

 私と里桜ちゃんも誘われて一緒に遊びに行くこともある。

 やたら、私の服を褒めてくれるしいい人だとは思うんだけど……距離感がうまく掴めないでいる。


 お兄ちゃんは、あれから茜色の夢を見なくなったらしい。

 いつも、こっそりとお兄ちゃんの部屋に侵入して「茜色の夢」ノートをチェックするのが日課だったのだけど、最近全く追加されていない。

 もう、苦しむ夢なんか見ない方がいいんだけどね。


 お兄ちゃんは、会わない方がいいと里桜ちゃんに言われてショックを受けていた割に、事件が解決し、体調が戻ってからは積極的に二人で会っているようだ。

 とはいえ、付き合ってはいない。

 どうみても付き合っているようにしか見えないのだけど、二人は断固として否定している。


 周囲は、早く告白しろ、付き合えと急かすのだけど。でも、お兄ちゃんと里桜ちゃんは気にしない。


 多分それは——。




 ☆☆☆☆☆☆



 桜の満開が発表された、その日。

 お兄ちゃんと里桜ちゃんは、二人が前にデートしたことがあるという港山公園に来ていた。

 その隣には、赤城先生がいる鳥取医科大学病院が見える。


 満開の桜並木のもと、公園の片隅は人影が少ない。ゆっくりと桜色に染まる公園を歩くには、最高のロケーションだと思う。


 私は、二人の様子を古い桜の木の陰から見守っている。



 春の陽差しは暖かく、桜の花びらがわずかに舞って二人を包んでいるよう。

 里桜ちゃんも真新しい高等部の制服を着ていて、とても顔色も良く健康的で、艶のある髪の毛が風になびいている。


 里桜ちゃんの病気がほぼ治り、お兄ちゃんに感謝している。

 次第に言葉が少なくなっていき、見つめ合った二人は——。



「…………」


「…………」



 思わず身を乗り出してしまう私。

 でも……。


 長い沈黙の後、どういうわけか二人とも頷き、一緒に照れるようにくすっと笑った。

 期待した告白の言葉はない。


 お兄ちゃんと里桜ちゃんの関係は恋人以上に固い絆で結ばれている。

 言葉など不要な関係になった、何も言葉を交わさなくても分かり合えるようになった、私にはそう見える。

 だから、もう……私の役目は終わりなのだ。



「おめでとう、お兄ちゃん、里桜ちゃん」



 そっと、木陰から私は二人を祝福する。



 ——実は。

 私もお兄ちゃんが言う茜色の夢と似たようなものを見ることがあった。

 里桜ちゃんが自殺したと学校で知る夢を見たり、お兄ちゃんが刺される夢を見たり。

 でも、それは、思い起こせば——茜色の夢ノートをこっそり見ていた私が産みだした幻なのかもしれない。


 多分、きっと。


 お兄ちゃんの茜色の夢ノートを読んで、私はどうにかお兄ちゃんの力になれないかと頑張ってきた。


 里桜ちゃんを病院に、強引に連れて行った。


 みんなが刺されるからと止血の方法を保健の先生に習ったり、家が燃えてしまうからと、蒔かれた灯油を燃えなくする方法を調べたりした。


 ナイフを持つ相手に対する護身術を身に付けようとしたりした。結局間に合わなくて、いざというときは体当たりをするつもりだった。


 家からお母さんを遠ざけるために、色々と頭をひねった。


 メンタル面でも力になろうとした。泣きそうな里桜ちゃんを慰めたり、落ちこむお兄ちゃんを慰めたり。

 色々と駆け回って準備をした。

 忙しい日々が続いていたけど、とっても充実していた。


 その甲斐あってか、お兄ちゃんと里桜ちゃんが元気になって本当に良かった。


 今私の目に映るお兄ちゃんと里桜ちゃんを見ると確信できる。きっともう大丈夫、って。

 気がつくと、いつのまにか互いに見つめ合い二人の顔が近づいている。そして重なって……。


 さて、いつまでも覗いているのは悪い気がするので、そろそろどこかに行こうかな。


 二人を背にして、私は反対方向に向かって歩き始める。

 桜祭りをしているので、一人で回るのもいいかもしれない。


 ああ……。

 これからは、一人の時間が増えるのかな。

 さすがに、ちょっと寂しいな。


 不思議と、鼻の奥がツンとする。目頭が熱くなる。

 もー。幸せなことのはずなのに、私はダメだなぁ。


 しかも、ハンカチを忘れていた。

 拭ってくれる人はいない。そう思うとますます泣けてくる。


 ……やっぱり、家に帰ろうかな。


 止まらない涙にイライラして、いい加減拭おうと立ち止まったとき。

 私の顔の横からにょきっと腕が伸びて、ハンカチが顔にかけられた。



「んっ?」



 振り返ると、お兄ちゃんと里桜ちゃんが、揃って口を尖らせている。



「あのさあ、一人でどこに行くんだ? 桜祭りはこっちだろ?」


「そうだよそうだよ。愛利奈ちゃん、一人で行かないでよ」



 あらあら、まあまあ。

 二人とも、私がまだ必要みたいだ。


 しょうがないなあ。本当にこの二人は……まったく。

 もうしばらく、私が見ていなければいけないようだ。


 私は鼻をかむと、湿ったハンカチをお兄ちゃんに返した。



「……俺のハンカチ……」


「ふふっ。愛利奈ちゃん、ティッシュあるよ?」


「もう、本当に、本当に二人ともしょうがないんだからっ」



 私は涙を拭いながら、笑顔をつくり強がってみせた。


 もうしばらく、私は二人と一緒にいても良いらしい。

 それがいつまでなのか、一旦は考えないことにしよう。


 三人で並んで、賑やかな屋台が並ぶ通りへ歩いて行く。


 私たちを祝福するように風が吹き、桜吹雪が舞っている。

 ひらひらとピンクの花びらが青空に飲まれていく。

 その様子は、とても、とても綺麗で、私はいつまでも見とれていた——。





茜色の夢に、君の未来をたどる。








————————————————

【あとがき】


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茜色の夢に、君の未来をたどる 手嶋ゆっきー💐【書籍化】 @hiroastime

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