【現代】オークとオーガ軍。恐れられる“王神帝”

 サリーン帝国の野戦陣地には、続々と他国や組織から援軍が集まって来る。


 人類は分かっているのだ。ここでもしサリーン帝国がオークとオーガに落とされると、をたらふく食べて更に数が増えた怪物たちに対処ができなくなる。それはつまり、人間という種の存亡に直結する事態なのだ。


 それ故に仲がよかろうと悪かろうと、複数の主な教会勢力が手を組み、人類の大団結を訴えて、類がない混成軍が誕生することになった。


「あそこにいるのは“清らかな水の乙女”教の女大司祭か?」


「あっちは“不動の大木”教の枢機卿だ」


「教会勢力のビッグネームばっかりだ」


「ああ。このまま会談が出来そうだ」


 様々な国の騎士達が感嘆の声を漏らす。


 質素な服に身を包んだ女司祭がいれば、分厚い毛皮を身に纏った、一見すると狩人のような枢機卿まで、各教会勢力のナンバーツー、もしくは実働部隊のトップが集結している。その様はまるで、今から宗教勢力の重要な会議があるかのようだ。


 勿論彼らは単独ではない。癒しの術の使い手のみならず、もっと直接的な戦力としてモンクや、聖騎士を引き連れている重要な戦力だった。


「噂では秘密結社の“地平線”も参加してるらしい」


「なに!? あの魔法狂い共が最後に表に出たのは、もう何十年も前の話だろ!?」


「しかもだ。副総裁のミガルが率いてるとか」


「おいおい。教会勢力は容認してるのか? オーク共と戦う前に、人間同士で戦うとかご免だぞ」


「まあ黙認だろう。人間の世界が滅びるよりはマシなはず」


 騎士達が顔を顰めて囁く。


 集まった勢力の中には、かなり際どい実験をして、教会勢力から睨まれているような変わり種も存在していた。しかし、それを咎める余裕はない。


 そして別の見方をすれば、そのような勢力すら参戦するほど、人類生存圏危険事態は言葉通り、人類全体の危機なのだ。なにせ彼らが活動できるのは、あくまで人間社会が存在しているからであり、それが滅びては元も子もなかった。


「だが揉めるだろうな……」


「ああ……」


 しかし、例え目の前に滅びがあろうとも、仲が悪いというのはどうしようもないことだった。


 それが人という種なのだから。


 ◆


「面倒なのが来たわい。人類のために頑張ろうとする儂らに何の用じゃ? 今の状況が分かっておるのか? そもそも大団結を訴えたのはおぬしら教会勢力じゃろ?」


 年老いた翁にして秘密結社“地平線”の副総裁であるミガルは、いかにもな怪しいフードで顔を隠しているが、その表情ははっきりと嫌そうに歪んでいる。


「釘を刺しに来ました」


「よもやまた悪神の術を使うのではあるまいな?」


 それもその筈。やって来たのは女大司祭と枢機卿で、ミガル達の宿敵のような存在だった。


 常識的に考えるならば、一致団結を促した教会勢力が、態々不和の原因を作ることは慎まなければならないが、本当に“地平線”の連中は際どいのだ。


 力は単なる力であると嘯いて、邪悪な悪神達から引き出したり研究を行っている“地平線”だが、スタンスとしては人類そのものに敵対はしていないし、無関係な者を使っての人体実験の類も行っていない。それどころか、このような人類の危機を防ぐために活動していたりする。


 しかし、虎視眈々と人類に災いを齎す機会を窺っているような、悪神の力まで利用しているのは危険すぎた。


 その為何度か、教会勢力は真剣に“地平線”の殲滅を考えたが、先にも述べた通り一応人類に貢献していることと、構成員が強力なこともあって二の足を踏んでいた。


「儂らがなんの神の力を使おうと勝手じゃろうが。それとも、そんなことを言ってる間に人間が滅んでもいいと?」


「その悪神が人類を滅ぼそうとしているのでしょうが」


 ミガルと女大司祭の間で火花が散るが、どちらも正しい。


 人類が生き残るために手段は選ぶべきではないが、ミガルの主張する手段は、人類の破滅を願っている悪神の力なのだから本末転倒だろう。ミガル達は制御しきれているつもりでも、失敗すれば新たな災厄が訪れることになる。


 平行線を辿る彼らは一触即発の緊張感を持つ。


「丁度良かった。暇してたんでその喧嘩に僕も混ぜてくださいよ。あ、勿論どちらにも肩入れしない第三勢力として受けて立ちます」


 そんな彼らにのほほんとした、場の空気が分かっていないかのような声が投げかけられる。


「レ、レース!?」


 だが、世界でも有数の実力を持つ一同は、そののほほんとした声を発した“王神帝”レースを認識した瞬間、一歩後ろに後ずさった。


 そこに宗教勢力の高位聖職者という立場も、秘密結社の副総裁の実力も関係ない。彼らが世界有数なら、シュッシュッと音を出しながら拳を突き出すレースは、最高位の存在なのだ。


(化け物め!)


 ミガルを含めた“地平線”の構成員は恐れ慄く。彼らは悪神への理解が深いため、直接戦うことは愚の骨頂だと思っている。故にこそ、そんな堕ちた神を堕としてしまったレースを彼らは殊更恐れ、それは裏の社会で知る者はいない実力者である“地平線”の総帥が直々に、レースとは関わるなと伝達しているほどだ。


(頼もしいは頼もしいのだが!)


 一方、宗教勢力の思いは少々複雑だ。


 悪神を堕とし、竜を堕とし、巨人を堕としたレースは、まさに英雄の中の英雄であり、各宗教勢力が聖人の認定をしてもおかしくはない。だがレース自らが全方位に喧嘩を売るために名乗っている“王神帝”が全てを台無しにしていた。


 実在する神に仕えている身としては、人間でありながら二つ名に神を入れているレースを容認する訳にはいかなかったのだ。


「さあやりましょう」


 そして救いようがないことに、満面の笑みのレースは、人類同士の不和を解決するためではなく、本気で暇つぶしの喧嘩をするつもりだ。しかも誰かに止めてくれと言われたのではなく、喧嘩に対する異常な嗅覚で察知したからであり、傭兵ギルドギルドマスターローガンが、一応社交辞令を知ってるだけの喧嘩馬鹿と評するだけはあった。


 逆を言えば、レースが暇つぶしの喧嘩相手にはなると思う程、この場に集っている者達は強者なのだ。


「儂らは忙しいのでな。失礼する」


「同じく」


「僕だけ仲間外れだなんて、皆さん酷いですねえ。ちょっと泣いちゃいそうです」


 だが喧嘩と言えば聞こえはいいが、実際には遊び感覚で捻られることが分かっている宗教勢力やミガルは、そそくさと退散することを選択する。


「仕方ない。そろそろ“千万死満”が来る頃合いだから、こっそり遊びに行こうかな」


 何気ないレースの独り言に、退散していた者達がギクリとする。その名は強者としての階段を上がれば上がるほど重く圧し掛かる名であり、彼らが恐れるレースですら、間違いなく自分が死ぬからと殺しの依頼は絶対受けない存在。


 死と同義である頂点の名だった。

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