【過去】傭兵"千万死満"

「すんません。買取お願いします」


「一般向けにはやってないぞ」


「はい? ここ武器屋だよね? なんで?」


 街に足を踏み入れたグレンと三人娘だが、早速道中で手に入れた物を売ろうと、武器を取り扱う専門店にやって来たのだが、いきなり躓いていた。なんと、髭もじゃの店主は、武器を扱う店なのに買取をしていないと言うではないか。


「隣にある建物何か分かるか?」


「いんや」


「隣は傭兵ギルドで、ここはその専売店なんだ。だから傭兵向けにしかやってない」


「ははあ」


 実はこの店、立派な外装だと思ってグレンが選んだのだが、それもある意味当然。個人でやっている店ではなく、傭兵ギルドが傭兵向けにやっている専売店で、巨大な組織の一部だったのだ。


「ならはいこれ。傭兵ライセンス」


 しかし、グレンもまた傭兵であり、それを証明するためギルドから発行されている、傭兵ライセンスを店主に渡す。


 このグレンが持っている傭兵ライセンスは中々優れもので、カードの外見をしているが、中に情報を記録する魔力版が組み込まれており、今までの戦果や実績なども知れるのだ。その分高価で、そこらの傭兵では手に入れられないし、ギルドも発行していないため、極一部しか持っていない傭兵にとってのステータスなのだ。


 ここの隣の大陸では。


「なに? お前さん傭兵だったのか……ってなんだこれ?」


「いや、だから傭兵ライセンスだって。これで買い取ってくれるだろ?」


「……これ、何処で取得した? ひょっとして隣の大陸か?」


「ひょっとしなくても隣の大陸だな。ひょっとしてまさか……」


「そのひょっとしてでまさかだな。こっちじゃ使えん。という訳ではない」


「なんじゃそりゃ。脅かすなよ」


「だがまあ、手数料は掛かるが、こっちで取り直した方がいいのは確かだな。埋め込まれてる魔力版の機能が使えんから、お前さんがいくら頑張っても、その情報は更新されないし、向こうでどれだけ名を馳せていようが、こっちじゃ知る術がない」


「マジかよ……」


 だがここはグレンの故郷とは全く違う、遠い異国なのだ。彼がどれだけ故郷で頑張っていようが、こっちでは完全に無名だった。


「昔見ただけだが思い出してきた。確かにこんな感じだったな。それで何を売るんだ?」


 だが一応、隣の大陸とはいえ傭兵ギルドは傭兵ギルドであり、買い取りは行ってくれるようだ。


「安物の短剣4つと、本命の対魔法指輪6つ」


「またこれは上等なのを……」


 髭もじゃの店主はグレンが出した短剣はちらりと見ただけだが、続いて出て来た指輪に顔をしかめる。ルーナ達を襲った刺客達が持っていた物だが、それは一流の魔法使いが放った魔法でも防げるほど、強力な魔法的防御を可能にする逸品で、そう簡単に手に入る代物ではなかった。だがまあ、そんなものを持っていようが、メイスで頭をカチ割られると全く役に立たないが。


 店主も、何処で拾ったとは聞かない。態々飯のタネを教える傭兵なんてものはどこにもいないのだ。


「ちょっと待て。こっちの査定は少し時間が掛かる」


「はいよ。そうだ、こっちの安物の買い取り金で、その傭兵ライセンスの手数料払える?」


「ああ。こっちはすぐだから先に渡して、待ってる間に隣で申し込むか?」


「そうす、いや取り消し。待たせて貰うよ」


「そうかい。なら適当に座っててくれ」


 待ち時間を潰すため、隣の傭兵ギルドでライセンスをこちらで取り直そうと考えたグレンだが、考え直して待つことにした。


「なんで態々待つのだ?」


 店主が買い取りのため奥に消えていくのを確認して、ハンスがグレンに聞いた。


「覚えときなハンス。傭兵稼業なんてものは、舐められたら終わりなんだ。ガラの悪い連中は食い物にしようとするし、頼りない奴に仕事も回されない。でもさっき、あの髭もじゃは最初、俺の事を傭兵って思わなかっただろ?」


 最初から高名な傭兵団と暮らしていたグレンは、店主が自分を傭兵と思っていない事に気が付いて、ある失念に思い至った。異邦で自分は、外見上単なる若い男でしかない、という事だ。


「という訳で、最初っから傭兵団"竜の口"の"千万死満"でいかなきゃならん」


「はん?」

「はい?」

「なんだそれ?」


 三人娘には何の感慨も湧かせなかったが……


 その名は敵には死神と同義


 味方には勝利と同じだった。






 ◆


「こっちに来て正解だったな」

「ああ、契約金がいい」

「最前線か……リスクと見合う金額ではあるが……」


 傭兵ギルドの内部は質素なものだ。なにせ傭兵ときたら野盗と変わらない者が多く、喧嘩が起こるのは日常茶飯事なため、凝った内装などしようものなら、その日の内に買い替える羽目になるだろう。そのため飲食、特に酒など提供する酒場的な役割なんてものは当然なく、しかも受付で書類仕事をしているため、飲み物が飛び交うなど言語道断なのだ。


 なお、隣の大陸ではこの真逆で、傭兵ギルドの中なのか酒場なのかよく分からない状態であり、後々これに疑問に思ったグレンが、こっちでは単に事務仕事しかしてないんだなと受付に話を振ると、上記の様な話をされ、ぐうの音も出ない正論に、故郷の傭兵ギルドが恥ずかしくなって、暫く黙り込むことになる。


 さて、その傭兵ギルドの内部だが、宰相とこの街の領主が険悪であり、戦争は間違いないと判断してやって来た傭兵達でごった返しており、しかも鉱山を多く抱えるだけあって金払いがいいため、彼らはそのまま契約という流れが多かった。


「おいおい、あそこの傭兵、兵士4人を同時に相手して殺したマルスじゃないか?」

「向こうのは有名な女傭兵のサンドラだ」


「ではマルス様、こちらの契約書にサインを」

「はいサンドラ様、契約金はこの額で間違いありません」


 そんな裕福な領地であったため、有名な傭兵達もやって来ており、彼らの対応はベテランの職員でも緊張していた。なお一時期、美人な女性職員を受付にしようと考えた傭兵ギルドだが、素行の悪い傭兵が多いのに受付を女性にして上手くいくわけがないと、その日の内に没になった経緯が存在し、そのため傭兵ギルドの受付では、人相が悪ければ悪い程よしとなっている。


 舐められないというのはそれほど大事なのだ。


 つまり


 男が、巨人が訪れたのも結局はそれに行きつく。


「あ」

「ひっ」

「かはっ」


 ギルドの中に入って来たのは、細身の男で顔を黒い布でぐるぐる巻きにしている奇人だが、誰もそれを指摘することが出来ない。


 圧があるのだ。まるでこの建物の中に、巨人が無理矢理入って来たかのような圧が。そのせいで傭兵達は無意識に距離を取ろうと下がり続け、ついには壁際まで追い詰められてしまう。


 巨人はただそこにいるだけなのに。


 カツ


「うっ」

「あっあっ」


 一歩巨人が踏み出した。その分、いや、それ以上に離れようとする傭兵達だが、既に背には壁か、他の傭兵が存在し、壁と他の傭兵に挟まれた者もいたが、全員がそれどころではない。巨人はそれほど途轍もない圧を感じさせるのに、全く目を離せなかった。


「ご、ご、ご用件を……」


「隣の大陸から来た。こちらの規格に合うよう、ライセンスの更新をしたい」


 声は平凡、などとんでもない。


「うわ」

「あ」

「お、おおお」


 存在その物の圧が、斥力が、声だけでがらりと引力に変わった。大観衆の中であろうと、絶対にその声を聞き逃さず、そのまま声の主を探そうとするほどの引力に、後世、例え100万の民衆でも全員が喜んで死地に向かうと評された傭兵大将軍の声に、傭兵達はフラフラと男が座った席に引き寄せられてしまう。


「お、お、お名前は」


「"千万死満"。千に万に死が満ちる、だ」


 哀れなのは、その巨人と一対一で話をする羽目になった受付の男だろう。目まで黒い布で隠れているのに、しっかりと自分を見ていると分かってしまう受付は、震える手で必死に用紙に書き込む。しかも運が悪い事に、傭兵は契約書は読めても、字が書けない者が多かったため最初から代筆なのだ。


 つまり、真っ正面からその圧を受けて声まで聴く必要があった。


「ち"千万死満"……」


 そのため、どう考えても名前ではないのに、殆ど思考ではなくマニュアルに沿った行動しか出来なくなっている受付は、そのまま用紙に書き込んでしまう。


「ご、ご出身は……」


「隣の大陸、マースタッド」


「ね、年齢は……」


「36」


 年齢に関しては完全に嘘であったのだが、まさかその布を取って素顔を見せてくれとは誰も言えない。


「しょ、所属している傭兵団は……」


「"竜の口"」


 初めて巨人に感情の様なものが現われた。それは誇りであり、隣の大陸では知らぬ者のいない、この世でも最も危険な場所を表す団の名を口にした。追放されていたが。


「な、何か特段の功績は……」


 周りにいた傭兵は来た、と思った。隣の大陸の事はよく分からなかったが、功績は分かりやすい。実はこの質問、傭兵なら誰もが誇張して述べるので信憑性が全くなく、近いうちに消される項目となっており、慣れた傭兵は新入りの言う功績とやらを笑うのが通例となっていた。


 だが、今日は違った。


「一対一で成竜と巨人を殺している」


 全員がやっぱりと思った。この存在なら出来ると思った。


 例え相手が、空を飛び魔法を操り剣も弓も通らぬ怪物でも、人を小石に貶め城壁を一撃で砕く化け物でも。軍が動員されてなお敗北する相手でも。だ。


「い、以上になります」


「ああ。手数料だ」


「こ、これはすいません!」


 その他幾つかの質問を終えると、受付は男を送り出そうとしたのだが、男から手数料を受け取ることをすっかり失念しており、慌てて会計を終わらせる。


「仕事だが相応しいものがあったら請け負う。ではな」


「ま、またのご利用をお待ちしております!」


 去っていく男を、職員どころか周りにいた傭兵達まで最敬礼で見送った。


「あ、あ、ありゃあヤバイ!」

「と、隣の大陸から来たって言ってたよな!?」

「うわすっげえ。すっげえ。すっげえ」

「だ、だめだ。腰が抜けた……」

「"千万死満"って誰だ!?」

「お、俺も何かそんな感じなのを……」


 男が去った後のギルドは、爆発したような騒ぎとなって口々に感想を言い合い、中にはしきりに自分の肌を擦ったり、床にへたり込んでしまうものもいたほどだ。


 余談だが、この短い時間で彼らに与えた影響は大きく、後々傭兵達の間で二つ名が広まる切っ掛けも、この場にいた傭兵達が発端であった。


 更に余談だが、彼らは男と一緒にギルドに入って、一緒に出て行った行った、小さな三人には最後まで気が付かなかった。


 更に更に余談だが、その男は圧をコントロール出来るため、その三人は傭兵達と受付の様子にしきりに首を傾げていた。

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