【現代】裏金

 現在のバンベルト王国のとある街。


「おいそこの下民。門を通りたいなら何か足りないんじゃないか?」


「何か? でございますか?」


 人が他にいないタイミングで街に現れた下民に、門を守る衛兵が声を掛けた。どうやらここを通るのに、何かが足りないらしい。


「そうだ。渡さない事にはここは通せんなあ」


「何かと言われてましても……検査は終わったんでしょう? 通させてください」


 しかし、単に何かと言われても分かる筈がない。話している最中に持ち物の検査は終わったため、下民はそのまま門を通ろうとする。


「おい貴様! 勝手に通ろうとするんじゃない!」


「あ、ひょっとして、これの事でございますか?」


「ふん。分かっているなら最初からそうしろ」


 それを制止する衛兵に、下民は思い至ったと腰から巾着を取り出してそれを渡す。


 中身は、勿論金である。そう、金の価値と魔力は、いつの世も不変なのだ。


「ほらとっとと行け」


「いえ、暫くここにいる事になりました」


「あ?」


 それを受け取った衛兵は、もう用がないと言わんばかりに追い出そうとしたが、そうは問屋が卸さない。先ほどまで他に誰もいなかった筈なのに、いつの間にか複数の屈強な男が彼らを、いや、衛兵を取り囲んでいた。


「賄賂横領逮捕部だ! 貴様賄賂を要求したな! 現行犯で逮捕する!」


「ひいいい!」


 その男達に取り押さえられる衛兵。


 話は変わって、女王ルナーリアは幾つかのことで有名だが、その内の一つに賄賂と横領が嫌い、いや、大っ嫌いという事が挙げられる。どれくらい大っ嫌いかというと、態々、賄賂横領逮捕部なんて、名前からしてそれしか念頭にない部署を立ち上げて捜査させるわ、額が大きかったせいもあるが、罰則を強めて公衆の面前で鞭打ち刑にされた役人はいるわ、鉱山送りにされた衛兵はいるわで、公然と賄賂が行われることは激減した。


 勿論秘密裏にはまだ行われているし、表立っての物も激減したとはいえまだ根絶していない辺り、金の力とは凄まじいものだ。


「ありがたやありがたや」

「女王様はいつも下々を気にかけてくれておられる」

「ありがとうございますルナーリア女王陛下」


 その騒ぎを聞き付けて、街の者達が集まって来るが、あの衛兵に被害にあった者が複数おり、その憎き衛兵が連行されていく光景を見て、女王陛下に対する敬愛を深める。


 だが彼らは知らない……


 いや、賄賂横領は、内乱時に宰相側に加担した小物達を粛清する名分だったが、その後、粛清した後に十分な人材的が補填されると、今度は派閥に関わらずしょっ引いたので、女王の政治的方針と言えばそうなのだが。極々一部が知るもう一つの理由も存在していた。


 それは


『金』『贈り物』『あれ』『通行料』『それ』『持ってるだろ』『早く出せ』


『あ奴等ぜーーーーーったいに許さん! 絶対にだ!』


 そう、流浪時代に行く先々で、何をするにしても賄賂を要求されてブチ切れた、ルナーリアの私怨もあったのだ! しかもこの女王、とんでもなく執念深く、一部では赤い目の色と合わせて"赤蛇"と呼ばれるほどで、賄賂を要求してきた役人の顔を全員しっかり覚えており、女王となった後調査をさせて、しっかりと報復、いや、取り締まった。なおこの執念深さだが、勿論グレンにも発揮されている。


 そんな女王が、私怨と報復のために肝いりで、いや、綱紀粛清の為に設立された賄賂横領逮捕部であるため、影からひっそり支援している存在があった。


 ◆


「テレサ様、ご報告があります」


「聞きましょう」


 一見、侍女同士が話をしているように見える。場所も、王宮内に存在する、女王の使用人を調整するためにその侍女の片方、テレサに与えられた部屋だ。という事になっている、と注釈が付くが。


「まず、こちらが提供した情報を基に、逮捕部が複数の街で摘発をしています」


「ご苦労様です」


 だが、この単に机と書類を入れるための収納スペースしかない部屋が、裏の世界で恐れられるバンベルト王国諜報部の本部という事は、殆ど誰にも知られていなかった。


 なおその恐れられる存在を題材にして、閃いた。王太子殿下、ご婚約者の追放はお待ちください。事件の真犯人は、使用人諜報部隊が突き止めて見せます。って本を書いていい? と宣った男がいるらしい。


「次に、国内で塩の密売人は確認されていませんが、隣国スーワルドでは塩の税が重く急増しており、我が国からも闇商人が大量に塩を買い付ける事が予想されます。ですがスーワルドの戦況は変わらずに拮抗しており、どれほど増えるか見通しが立ちません。こちらが現地からの報告書です」


「ふむ……」


 テレサは側近である侍女、いや、侍女も出来る諜報員と言うべきか。から受け取った報告書を、メガネの奥の瞳を細めて読み始めるようとしたが、


「それと……」


「はい?」


 だが、テレサは側近に止められた。当然上司の行動を止める様な事は慎まねばならなかったが、それでもその側近は、とっとと終わらせたかったのだ。


「その、諜報部が把握している"千万死満"のへそく、隠し口座ですが、どうもごっそり減っている様で……それと同時にメイス愛好会の動きが活発化しています……ですが鍛冶場は落ち着いているので、ひょっとしたらスーワルドに、メイスの素晴らしさを説きに行こうとしているのではないかと……」


「分かりました。報告は以上ですか?」


「はい」


「では私は女王陛下に報告をしてまいります」


「はい」


 途轍もなく言い難そうな女中の報告を受けると、テレサは読もうとした報告書を持って、女王ルナーリアの私室へと向かう。


 宿六の裏金の用途を報告するために。

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