【過去】裏金
「ちょっと街による必要があるな」
「うむ……」
「そうですね……」
「ああ……」
カッポカッポと歩む馬のプリンを見ながらグレンが呟くと、後ろの藁の中に隠れている少女達が同意した。
本来なら少女達は、一刻も早くバンベルト王国を抜け出す必要があったのだが、それでもグレンに同意した訳。それは単純明快。
「塩が尽きたから補給せにゃならん。けど金がない」
飲み水は川の水を沸かし、ビタミンという言葉はないが、人間が経験則で必要だと分かっている野菜も、ある程度は山の幸で取ることは出来る。しかし、塩ばっかりはどうしようもない。いや、岩塩という手段もあるにはあるが、彼らは取れる場所を知らないし、あったとしても大抵は人の手が入り無許可で取ることは出来ず、結局はどこかの街で買う必要があった。
「あーあ。どっかで都合よく塩の密売してないかなあ」
「塩の密売が起こるほど、我が国は税を課していません」
「これから上がると思うぜ」
「それは……」
テッサが言葉に詰まる。塩の密売が起こるとしたら、塩に課せられた税が高くなる時だが、今まで高い税ではない。今までは。しかし、宰相が反乱したとなっては話は変わる。反乱に必要なのは何と言っても軍事力だが、軍にはありとあらゆることに金が掛かり、それを解消するなら、生活必需品に税を掛けるのが最も手っ取り早い手段の一つだ。そのためグレンは、まず間違いなく塩の税が上がると見ていた。
「塩の密売人の数には気を付けな。どれだけ御上が恨みを買ってるのか、一つの指標になる」
「覚えておきます」
素直に頷くテッサだが、それがいつになるかは誰にもわからなかった。
「次行くルーマンの街なら、ある程度は安全なんだよな?」
「はい。ルーマン伯爵は宰相と非常に仲が悪かったので、私達に関して協力することはないでしょう」
「あ、じゃあ伯爵に協力して貰うってのは?」
「いえ、魔法石の鉱山を幾つも持っているため、経済も非常に良好なのですが、そのせいで、中央から度々介入を受けて、鉱山を取り上げられそうになったため、中央とも険悪でした。私達が面会に行っても、捕まって殺されるでしょう」
「ははあ。誰だって自分の財布に手を突っ込まれるのは嫌だからな。あれ? って言う事は宰相と伯爵の間で戦争起こる?」
「可能性はあります」
これから向かうルーマン伯爵領は、魔法石の産地として有名であり、その利益で領内は潤っていたのだが、それを自分のものとしたい宰相や、他の役人達に度々ちょっかいを掛けられており、中央との関係は劣悪だった。そのため、少女達三人を直接見つけようとはしていないだろうが、かといって支援も受けられるはずがなく、必要なものを補充すれば、それ以上行動は起こさない事となった。
「しかし、荷馬車が通れない街だったら、嬢ちゃん達をほったらかす事になるな……」
グレンの懸念は、次に向かう町の大通の大きさが、荷馬車が通れない、もしくは許可がいる場合、少女達三人を町の外に置いておかねばならない事だ。
「それは心配ない。変装用の魔道具があるが、つい昨日魔力の充填が終わった。それを使って付いて行く」
「ほほう。便利なもんがあるんだな」
ルーナの言葉に感心するグレンだが、彼女の言う魔道具は高価どころの話ではなく、本来は国王、王妃、その嫡男が緊急時に使うために作られた3つしか存在しない、ある意味国宝の様なものだった。
その遮蔽効果は素晴らしく、魔道具が勝手に最適な姿を調節し、ありとあらゆる手段を使っても、使用者を単なる村人、あるいは町人に見せかけることができ、少女達が使った場合、農村のそこらにいる少女達にしか見えないよう姿を変えさせるのだ。
その3つ全て持ち出せたルーナだが、長い間使用されていなかったため充填されていたはずの魔力が尽きてしまっており、ようやく昨日、自分達の魔力で補充できたのだ。
「試しに使える?」
「ああ」
確認するため、グレンがそれの使用を促し、ルーナは透明な仮面の様な物を頭に被る。
「こりゃ凄い。どこからどう見ても田舎の鼻垂れ嬢ちゃんだ」
「ふん」
「不敬です」
「だからルーナ様に向かって!」
ルーナの長い金髪は短いくすんだ赤毛に変わり、顔にはそばかす、瞳の色に鼻の位置も……いや、そもそも顔の骨格からして変わっており、変装という表現では収まり切らない、全く別人に変身したと言うべき姿となった。
「よし。これで荷馬車が入れなくてもなんとかなるな。あ、そうそう。先に言っておくけど、衛兵が欲しいのは上からの評価じゃなくて現金だから」
「は?」
◆
ルーマン伯爵領の街は、許可がなければ馬が街に入れなかったため、プリンを外の厩舎になけなしの金を払って預け、一行は変装用の魔法道具という準備の良さもあり、無事街へと
「次。なにをしに来た?」
そう簡単には入れなかった。
「へえ。仕事を探しに。この子達は村の娘で、奉公先を探しておりまして」
街へと入るための門に詰めている衛兵が、グレンと田舎娘三人衆をじろじろ見ていた。態々道中寄った宿屋街で買った、ボロボロの服に靴まで履いている田舎娘達だ。もしやバレたかと緊張していたが、怪しまれる要素は無い。
それはつまり。
「怪しい者を中に入れる訳にはいかんな」
ニヤニヤと嗤う衛兵。
賄賂の要求だ。
こういったことは、基本弱者に対して行われる。なにせ御上が一々下民に取り合うはずがなく、泣き寝入りするしかないし、また、もし万が一通報されたとしても、すぐさま報復出来るからだ。
「へえ。どうかこれで勘弁していていただけませんか」
「ふむ。まあいいだろう。よし通れ」
グレンから渡された巾着の中身を確認した衛兵は、これならまあ晩飯代くらいにはなる。田舎の下民ならこれが精々だろうと、一行を通過させた。
こうして一行は、ルーマン伯爵領の街へ何の問題もなく入れたのだ。
「妾が戻ったら、あ奴は今までの額に応じて鉱山行きだ。なに、少額なら勘弁してやろう。妾は心が広いからな」
「おう。そうしろそうしろ」
実際十数年後、コツコツと集めた賄賂の額が大きかったため、鉱山送りにされた衛兵の将来は問題あったが。
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