【現代】一人近衛 黒騎士

「今年の収穫はどうなっておる?」


「はい女王陛下。ここ100年最も豊作と言われた30年前に匹敵した10年前と変わらぬ一昨年でしたが去年はそれをさらに上回り今年もそれに匹敵する程の収穫でございます。これも全て、女王陛下の善政の賜物でございます」


 絶妙に分かり難く、息継ぎもしなかった大臣から、農作物の収穫について報告を受けるルナーリアだが、これはつまり、いつも通り豊作という事なのだろう。


 そんなルナーリアと重臣達が居並ぶ玉座の間であったが、普段はいない存在が玉座の間、どころか最重要人物である、ルナーリア女王のすぐ後ろに控える者がいた。


 それは真っ黒な、本当に真っ黒な全身を覆う騎士鎧で、装飾に金や銀でも彩られていないが、それでも作りは見事の一言であり、中にどんな貧相な男がいても、それに気が付かせないであろう力強さを感じさせた。


「あれがルナーリア女王の一人近衛、黒騎士……」

「公式の行事に出席しているのは随分久しぶりだな」

「内乱時、宰相側の名のある武将を尽く討ち取った……」


 それこそが、先の内乱と戦争において女王の剣として、数々の将を討ち取った生きる伝説。ルナーリアの剣、先矢先槍、1000人斬り、殺人殺将など多くの異名を持ちながらも、最も有名な二つ名は、黒騎士ともう一つ、"一人近衛"と呼ばれる存在であった。


 そんな黒騎士には謎が多く、ルナーリア女王が逃避行の最中に出会った遠国の騎士であり、彼女に忠誠を誓った万夫不当の勇者という事しか分かっていなかった。


 しかし重用されている事に間違いはなく、かつてルナーリアが即位後に廃止された、近衛の名を使用することを唯一許された存在であり、今も守護騎士として彼女の傍に控えているのが何よりの証拠だろう。


 そんな黒騎士とは一体何者なのか……


 ◆


「あっつ。やっぱ騎士甲冑なんて古いよ。時代は革鎧の傭兵スタイルだね。間違いない」


「ふっ。途端に威厳が無くなりよったわ」


 女王の私室で豪奢な鎧を脱ぐ男、グレンが文句を言っていた。そう、黒騎士の正体はこの男であった。


 だがなぜ、血統で選ばれるはずの近衛の名が彼に冠されているかと言うと、内乱後粛清された近衛隊だったが、そんなものとは真逆のグレンならいいだろうと、ある意味かつての近衛への当てつけの様に、ルナーリアがそう呼ばせているのだ。いや、一人近衛と呼ばせているのだ。ひょっとすると、愛した男に隣へいるよう、遠回しに言っているのかもしれない。


「母上! アルフォンスです! 隣にはテレサだけです!」


「入りなさい」


「失礼します!」


「失礼いたします」


 グレンの愚痴を笑っていたルナーリアだが、扉の外から息子であり王太子のアルフォンスの声が聞こえて来た。彼女は入室を許可したが、この部屋には鎧を脱いだグレンがいる。


 ある意味ルナーリアにとって大問題であったが……


「父上お迎えに来ました!」


「よっしゃお待たせ! 早速行こうか!」


「はい!」


 テレサと共に入室したアルフォンスだが、グレンの、いや、父の姿を見つけると、小走りで彼の元までやってきた。


 そう、アルフォンスは父の事を知っており、限られた空間でのみだが彼らは親子だったのだ。


「それじゃ行ってきます!」


「行ってまいります!」


「あまり遅くならんようにな」


 ルナーリアに向かって傭兵風の敬礼をするグレンに従い、アルフォンスもどこかへ向かっていった。


「ルナーリア様、その、やはり、色々と……」


「妾達の事を考えると必要な事だ。そうであろう?」


「それは、まあ……」


 何かを言いたげなテレサであったが、ルナーリアの言葉に不承不承頷いていた。一体親子の向かった先とは……。


 ◆


 ◆


 時刻は夜、ルナーリアとアルフォンス、そしてルナーリアの娘にしてアルフォンスの妹、ミナが夕食を取っていた。おまけでグレンも。


「母上! 今日のシチューに入ってるウサギは僕が獲ってきました!」


「おお、そうかそうか」


 アルフォンスの言葉に、ルナーリアが笑いながら頷く。だが……


 あり得ない。王太子がウサギを獲って来た? あり得る筈がない。


「いやあ、いつも思うけどアルは筋がいいね。俺の若い頃を思い出すよ」


「父上の言うとおりにナイフを投げたら当たったんです!」


 グレンが原因だ。なんとこの男、自分の息子とはいえ王太子を、こっそりと城から王都郊外の草原まで連れ出し、そこで狩りを教えていたのだ。


「母上、父上! ミナも! ミナも狩りに行きたいです!」


「どうする?」


「ふむ。確かにそろそろいいかもしれんな」


「やったあ!」


 アルフォンスの妹も狩りに出かけたいようだ。いや、狩りなら鷹狩など貴族特有の遊びもある。それのことだろうか。


「遊びではないぞミナ。王族とはいえ一人で飯を採り、皮も内臓も処理して食う。これは必要な勉強なのだ」


「はい!」


 いやそうではない。彼らが言っているのは、遊びではなく正真正銘本当の狩りだ。


 これは、アルフォンスがある程度体を動かせられる年齢となったとき、グレンが提案してルナーリアも了承した、サバイバル訓練の一環であった。これには流石にテレサとハンナも難色を示したが、ルナーリアに逃避行時代の苦労話を持ち出され、子供達には何があっても生き残れるよう、人間として一人前になって貰う。と言われると、確かにあの時は苦労したと、いつの間にか昔話になって、旦那主催の子供達サバイバル訓練が実行されたのだ。


 そのせいで参加メンバーは、王太子に加え、テレサとハンナの子供、つまり公爵家の子息まで参加する、とんでもない豪華メンバーとなっている。


 そして、彼らの取っている食事だが、硬いパンと、余り物の野菜とウサギの肉が入ったシチューだけ。王族とは思えぬほど質素であった。いや、質素というより論外である。勿論これは稀にだけだ。だが、それでも、それでも論外である。


「あったかいの美味しい!」


「だね!」


 しかし、ミナは、いやアルフォンスも喜んでいた。王族の食事は当然毒見があり、彼らに届くころには冷めきったものだ。勿論、温め直すという工程はまた人の手が入るため行われず、それがそのまま届けられる。


「ふ。また厨房の賄い係グレンとして腕を上げてしまった」


「お前傭兵を止めるつもりか?」


「そんなつもりはないです……ええ、本当です……」


 それを不憫に思ったグレンが考えた末導き出した結論は、賄い係として厨房に入り込み、自分が作った物を届けてあげよう。というものだった。これなら毒を疑わず食べられる。そう考えた彼は、態々テレサに身分を偽装して貰い、たまに厨房にやって来て賄い係として仕事をしているのだが、当然賄い係が扱える食材など程度が知れており、この場に持ってこれるのは質素なシチュー程度だが。


 しかしその味が青春の味であるルナーリアは、これまた態々テレサに、当時食べていたような保存のため硬くなっているパンを持ってこさせ、子供達を粗食に慣れさせようとしたのだ。


「じゃあ僕が代わりに傭兵になって、傭兵王を名乗ります!」


「ミナは傭兵王女!」


「パパ嬉しいいいいい!」


「これは後で、普段どんな傭兵の話をしているか、妾にもお話せねばならんなあ。うん?」


「すいません……お手柔らかにお願いします……」


「あはは!」


「あはははは!」


 とりあえず、名前の前に傭兵と付けとけと言わんばかりの子供達にグレンは感動するのだが、流石のルナーリアも傭兵王だの傭兵女王だのを許すはずがなく、グレンは目を伏せてビビっていた。


 だがまあ、夫婦の仲の良さを見て、子供達も笑い声を上げる食卓なのは間違いなかった。

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