【過去】近衛兵
「晩飯、肉と魚どっちがいい?」
「肉」
「肉」
「肉」
「畏まりました皆様。ウサギでも見つけられたら肉だな。いなかったら魚」
今日も荷馬車がガタゴトと街道を進んでいる。馬を早く走らせると、それだけ馬と荷馬車の両方にガタが出るためだが、藁の下に少女達が隠れている事以外、実にのんびりしているように見えた。
そして少女達とグレンが出会ってまだ数週間だが、常日頃から小馬鹿にしてくるグレンに対して、少女達も遠慮というものが無くなっていた。
「んん? 後ろからなんか急いで来てるな。追手かね?」
「なら逃げないと!」
「ふっ、こういう時に必要なのは擬態さ。慌てた様子がないと注目されないんだ。という訳で静かにな」
ふとグレンが後ろを見ると、土埃を巻き上げながら急速に接近してくる一団を捉えた。ハンスは小声で慌てた声を出すが、グレンには何か考えがある様で、荷馬車を街道の脇に止める。
「退け下民!」
「へへー!」
グレンは少し慌てたふりをしながら荷馬車から飛び降り、地面に頭を擦り付ける。
その一団は白く輝く見事な騎士甲冑に、深紅のマントまで身に付け、明らかに身分の高い騎士の一団が馬を疾駆させていた。
「……いったか。ちょろすぎ。馬持ってる時点でそれなりの農家って発想にならんとは、これだから身分の卑しい奴を見た偉い騎士様ってのはものが分かってない」
当然そんな集団が、農家の下民と荷馬車に構う訳がなく、そのまま横を走り去った。その農家の下民は下げた頭に隠れてニヤリと笑っていたが。
「あ、ウサギ見っけ!」
騎士を嘲笑っていたグレンだが、騎士の一団に驚いて草むらから飛び出したウサギを見つけると、服の下に隠してある投げナイフを投げつけた。
「よし晩飯確保。皮の剥ぎ方覚えてるかい?」
「夢にまで見たわ!」
「不敬すぎます」
「勿論覚えてる!」
見事首元にナイフが刺さっているウサギを回収しながら、荷馬車にいる少女達に声を掛けるグレンだが、なんとこの男、少女達の身分なんざ知ったこっちゃないと、ウサギや鳥の羽のむしり方から、皮の剥ぎ方、内臓の処理まで教え込んだのだ。当然、動物とはいえ死体を扱う仕事が、下民も下民の仕事と考えると、明らかに身分に合っていなかった。
「傭兵レッスン1。飯の作り方。これで嬢ちゃん達も、一人で生きていける立派な傭兵に近づいたな」
少女達の抗議の声を無視して、グレンは一人うんうんと満足げに頷いていた。
◆
「やはり、温かい食事はいいものだ」
「うん? ああはいはい。毒見された後の、冷めたのしか食ったことがなかったんか」
「ああ」
夜の街道、火を囲み粗末な木の器で食事をする一行。
ルナーリアは殆ど味もついていないウサギの肉を食べながら、それでも暖かい食事が美味しいと呟く。
「レッスン100くらいの、毒の気付き方を前倒しするか?」
「そのうちな」
「……ルーナ様、昼の一団ですが」
「ああ、近衛だな」
「恐らく」
グレンの冗談のような本気のような言葉を聞き流し、少女達は何事か相談し合う。
「ああ、あいつら近衛兵だったのか。道理で換金しがいがある鎧だと思った。んで敵? 味方?」
「敵だ」
その少女達の会話にグレンが混じり、どういった勢力なのかを聞く。
「宰相と共謀して王を弑したが、必死に妾達を探しているのだろう。なにせ片手落ちになったから、反乱後の地位が不安定だろうからな」
「ほほう」
ルーナはほぼ自分が王族と言っているようなものだが、この数週間の雑なグレンの対応に、良くも悪くも慣れてしまっていた。
「近衛兵とか家柄とか能力で選りすぐられた連中だろ? それが反乱するとか、世も末だね」
「反乱軍を抑え付けたら即解体して、二度と近衛なんて名前は復活させない」
ルーナは近衛兵たちに強い怒りを抱いているのか、その語気は非常に強かった。
「やっぱ契約書が絶対の傭兵じゃないとダメなんだって。きっちりした傭兵に、死ぬまで自分の事を守れって契約書を書かせたら完璧」
「金額はどれほどです?」
「そんな死ぬまで戦う傭兵がいるのか?」
「金額は…………軽く見積もっても超ヤバイかな。傭兵の方は…………探したらいるかも……」
「駄目ですね」
「駄目じゃないか」
ここぞとばかり持論を展開するグレンだが、テレサとハンスの突っ込みに撃沈していた。彼も言ったはいいものの、王族と王城なんていう傭兵にとって場違いも極まっている場所で、しかも命を捨ててでも戦う契約書を作成する場合、その金額は勿論のこと、そもそもそんな奇特な傭兵がいるかどうか真剣に考えこんでしまった。
「ならお前を近衛長に取り立ててやろう。ありがたく思うのだな」
「はっはっは! 農家の孤児が近衛長ってか! はっはっは! その時用に契約書作っておいてやるよ! 近衛長となって死ぬまで三人をお守りしますって! はっはっはっは!」
この後冗談で、本当に近衛長云々の契約書自体は作られたのだが、それに署名されることはなかった。
ついに反乱軍を下すために立ち上がった軍の、民の上に立つことを決めるも、不安に押しつぶされそうだったルナーリア、テレサ、ハンナの三人が渡された、条件も、金額も書かれていない、ただ、死んでも死ぬまで守る グレン。とだけ書かれた三枚の契約書に、それぞれが署名したため必要なくなったのだ。
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