【現代】傭兵"ちまちま"
「だから! 俺が契約してるのは店前の警備であって、荷運びじゃないんですって!」
「木箱一つを運んでくれと言っとるだけだろう!」
バンベルト王国王都内にある小さな商店で、店主と貧相な傭兵グレンが揉めていた。原因は、納品された物が収められている木箱を、店の奥に運んでくれと頼まれたグレンが、契約に含められていないと断固拒否しているからだ。
「その木箱を抱えて後ろに回ってたら、強盗が来た時店の警備出来ないでしょうが! 契約書が店の警備になってる以上、対応出来なかったら俺の信用問題に関わるんですよ!」
グレンの考えでは店の警備として雇われている以上、それが最優先であり、いや、最優先ではなく、完全にそれだけを考えるべきであり、一瞬とは言えども契約外の事で持ち場を離れ、しかも木箱を持って手が塞がっている状況など言語道断なのだ。しかし、店主としては木箱が来た時は手が離せなかったため、グレンにたったそれだけ、一分もあれば済む事を頼んだのに頑として譲らないのだ。用事が終わったため自分でやればすぐ済むとはいえ、それを放っておいてグレンに詰め寄るのも無理はない。
「前に雇った傭兵はやってくれたぞ!」
「ならそいつが間違ってるんです!」
しかも、店主が以前雇った傭兵は、似たような事があってもすぐにやってくれたため、余計その事が揉める原因となっていた。
「話にならんクビだ! この事はギルドにも言っておくからな!」
「はい契約終了ですね。ではこちらの契約終了書にサインをお願いします」
「出て行け!」
ずっと平行線を辿る会話に堪忍袋の緒が切れた店主は、グレンに契約終了を通告するが、急に事務的なトーンの声になったグレンにますます怒り、彼を店から追い出した。
◆
時代が変われば考え方も変わる。傭兵ギルドの受付係は、人相が悪ければ悪い程良しとされたが、国の王都などでは段々と女性の受付嬢が増えていた。が、これに関しては考え方が変わったと言うより、太古から存在していた受付嬢は美人の姉ちゃん。これは絶対。異論は認めない。の考えを持っていた派閥が、ついに下剋上を達成したからだろう。
「依頼失敗? ちょっと待ってください……これで6件連続ですけど分かってます?」
「ごめんよミアちゃん……」
その王都の傭兵ギルドで、受付嬢から絶対零度の視線を浴びているグレン。なんとこの男、似たようなやり取りで雇い主全てを怒らせて、最近傭兵稼業に復帰してから依頼達成率0%を叩き出していた。
「おいおい"ちまちま"の奴また失敗しただって?」
「傭兵の名に傷が付くだろうが!」
「とっとと辞めちまえ!」
「だっはっはっは!」
「ミアが可哀想だろうが」
そんな彼を笑う他の傭兵達。
余談だがこの受付嬢は可愛らしい事で有名で、普段は窓口に長蛇の列が出来るのだが、今は偶々人がいなかったため、彼女がグレンの担当を嫌々していた。
「傭兵全体の信頼度にも傷が付きますし、そもそも向いてないんですよ。転職してください」
(大きな街とか王都じゃこの手合いはいないって聞いたのに、とっとと別の仕事探せよ)
何度も一人のせいで契約が打ち切られると、傭兵全体の信用問題に関わるため、普通は仕事が回されなくなるのだが、偶にだがグレンの様な以前傭兵をやっていたという中年は、昔の縁で傭兵ギルドの誰かが、ある程度仕事を回していたりするため、誰かがその尻拭いをしなければならないのだ。その尻拭いをする羽目になったミアという受付嬢が、心底グレンを面倒がっていても仕方ない事だろう。
「いやあ、おじさんこれしか出来なくて……はは……」
「はあ……」
(なんかで失敗した口かよ)
最古の職業の一つである傭兵は、その体と適当な武器があれば、学も能力も無くとも成立するため、傭兵としてしか生きられない者も多い。中にはこの男の様に一度傭兵業から離れても、何かで失敗してまた舞い戻るという事も少なくないのだ。
「話は終わったかい?」
「あ! マックスさん! どうぞどうぞ! 今終わりましたので!」
「あ、こりゃすいません」
項垂れているグレンの背後から男が現れた。
「おい、個人傭兵ランキング10位、"永遠炎"のマックスだ」
「ズーワルドに行ってたはずだろ?」
「ああ、向こうで敵方に雇われた12位の"雷光"とやり合ってたはずだ」
「まさか……昇格か?」
「一桁が入れ替わるのか……」
爽やかな顔で長い金の髪を括り、身の丈ほどの大剣を背負ったこの男こそ、個人傭兵ランキング10位"永遠炎"のマックスであった。
「ご用件は何でしょうか!」
「総ギルドマスターに呼ばれていてね」
「すぐ確認をしますので少々お待ちください!」
そしてランキング10位となると、その稼ぎ出す金はそこらの弱小貴族を優に超え、また、本人の顔立ちもあり受付嬢から最も人気の高い傭兵であった。そのため受付嬢の対応が、グレンと全く違うのも当然である。
人は平等ではないのだ。
「総ギルドマスターに呼ばれてるって事は……」
「ああ間違いない。多分9位に昇格だ」
内乱の終結後、今度は国外から侵略して来た外敵を打ち破っていたバンベルト王国は、それに比例して傭兵の重要性も高いままであったため、傭兵ギルドの総ギルドマスターも長くここに留まっており、今まで存在していなかった傭兵ギルド本部というものが、ここに誕生するのではないかと思われている。
そして、その総ギルドマスターから直々にお呼びがかかるという事は、国か関わる何か大きな極秘依頼、もしくは傭兵ランキングでも特別視されている、"一桁"と呼ばれる存在に昇格する可能性が高かった。そのため、マックスを見る傭兵とギルド職員の目は、お零れにあずかろうとしたり、尊敬だったり、玉の輿だったりと、様々な思惑が絡み合っていた。
「はあ……時代が違う……」
一方で、とぼとぼとギルドを去るグレンだったが、普段なら"ちまちま"と嘲笑いの言葉を投げかけられる筈が、新たな"一桁"が誕生するかもしれない興奮で、誰にも気付かれることがなかった。
「今日は酒だな……あ、呼ばれたって事はいるのか。じゃあ誘ってみるか」
そんなグレンの予定だが、どうやら飲み友達と酒を飲むようだ。
余談だが……バンベルト王国からの極秘依頼は存在しない。いや、存在しないのではなく、それは一人だけが依頼されている。
◆
◆
「全く最近の若い傭兵は、腰が軽すぎんだよ!」
「そうともグレン! 俺らが若い頃は、契約書に書かれている事以外はこれぽっちもやらなかった!」
それなりの調度品が置かれている執務室で、グレンともう一人の中年が酒を飲んでいた。いや、年寄りの愚痴り合いか。
その男の頭部は見事なまでに禿げ上がっているせいで、目元から顎にまで掛けて残る刀傷がより強調され、体は一見小太りかと思うほどの筋肉に覆われている。
「信じられるか? 俺って店の警備で雇われてるのに、木箱を一つ裏まで運べって言われたんだぜ?」
「ないない! そんな事するなんてあり得ねえ!」
「だろ?」
男の名はローガン。傭兵ギルドの総ギルドマスターであり、この大陸で最も影響力を持つ人物の一人であった。国家によらない大陸中に存在する戦力を、傭兵達を束ねるという事は、能力、人望、名声、人を率いる全てを兼ね揃えていなければ成立しないのだ。
現にこの男はついに不敗のまま、1000を超える戦場を団を率いて潜り抜けて、現役時代では、傭兵ランキングの個人と傭兵団の両方を、彼とその傭兵団が一位を独占し続け、しかも常に最前線にいながら五体満足のまま引退した、兵達にとってまさに生ける伝説である。
「しかもなんか二つ名が溢れてるし! あれ自分が付けるもんじゃないんだぞ!」
「そうそう! 俺の"不敗"もいつの間にか付いてたし! いやでも、よく考えたらお前にも一因があるぞ。隣の大陸から、二つ名の文化を持ち込んだからこうなったんだ。しかもその後"千万死満"は超大活躍! そりゃ真似したくなるさ! はっはっは!」
「こんな事になるとはなあ……」
実はこのローガンは、グレンが"千万死満"であると知っていた。いや
知っていたからこそ、不敗であり続けた。戦場で殺されていなかった。
「やっぱこれも時代かねえ……年寄りは時代に合わないんだ……」
「冗談じゃねえぞグレン! 俺ら年寄りは、若い奴らを困らせるのが義務なんだ!」
「そうだよな! 若い奴は苦労しねえとな! だっはっはっは! さあ飲もう!」
「おうともよ! はっはっはっは!」
老害そのものな最悪な言葉を交わしながら、"千万死満"と"不敗"は、いや、馬鹿と馬鹿は、酒を飲みまくるのであった。
「やっぱ傭兵はメイスだよな!」
「そうとも!」
まあ、なんだかんだ楽しんでいるようだ。
◆
「……へ、あれ? ここ何処?」
「メイス愛好会の同士と酒を飲んだ後で悪いのだが、その国内のメイス愛好会の動きが活発化してる。何か知らんか? なあこの宿六」
「ひょえ」
飲み過ぎてメイスを抱いたまま寝てしまったグレンだが、気が付けば愛しの恋女房が自分を見ていた。
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