【過去】お買い物

 傭兵ギルドの専売店で、逸品の指輪はそれなりの値で売れたのだが、またしてもグレン達は金で困っていた。


「むう……塩も含めて色々高いな……」


 その原因は、寄る見せ寄る店で、どこもかしこも物の値段が高いのだ。特に塩や小麦、生野菜などは非常に高く、おいそれと手が出せないほどの値段となっていた。


「あ、やっぱりそうだったんだな」


「そうとも。ハンスでも分かるくらい高い」


「私でもってどういうことだ!」


「自分で買ったことある?」


「……」


 その異常な高値は、今まで自分で買い物などしたことのないハンス達でも分かるほどで、理由は当然、戦争が間近なため、領主軍が買い占めを行っているからだ。


「さあ今入ったばかりの塩だよ! さあ買ってくれ! さあ値段はたったこれっぽっち!」


「あ、あそこの行商人が安いんじゃないか? 行ってみよう!」


「ちょっと待つんだハンス」


 一行がさてどうするかと悩んでいる時、大声で客を呼び掛けている中年男性の行商の姿があった。その行商をハンスが指差したが、グレンはじっと様子を窺っている。


「ありゃ多分……詐欺だな」


「なぬ?」

「詐欺?」

「なんだって?」


 堂々と塩を売っている行商に対して、グレンの下した結論に三人娘は困惑する。


「なんでだ?」


「まず、今街の中で売る必要がない。領主軍に持って行ったら、全部買い取ってくれるはずだ。高値でな」


「確かに……」


 そもそも安いと謳い、実際安く売る必要が無いのだ。多少高くても今の状況なら売れるし、なんなら領主軍に持って行けば、丸ごと全部買い取ってくれるだろう。


「それに街の人もすぐに飛びついていない。つまり今までこの街に寄ってた行商じゃないって事だ。結論、あの塩が入ってる壺の中身は、下の半分以上砂だ。それなら御上に売らない理由も説明が付く。軍に砂入りを売ったら、そのまま縛り首だからな」


「なに? そんな事をする奴は流石にいないだろ?」

「確かに」

「せこすぎるだろ」


 グレンの推測に、三人娘は懐疑的だった。幾らなんでも塩に砂を混ぜるだなんて考えられないのだ。


「じゃあちょっと見てな。これも社会勉強だ」


 グレンはニヤリと笑いながら行商の元へ向かう。


 その際、周りにいた主婦達に意味深な目配せをして、その主婦達もなぜか小さく頷いた。


「おお! これはお安い!」


「いらっしゃいませ! さあどうぞ買って下さい!」


 気さくに声を掛けたグレンに、行商もこれまた気さくに迎え入れる。その姿は詐欺を働いているようには見えなかった。


「ちょっと壺の中を見させてもらえませんか?」


「ええ勿論勿論!」


「すんなり見せたぞ」

「はい」

「やっぱり考えすぎなんですよ」


 すんなりと壺の中身を見せた行商に、三人娘はグレンの考えすぎだと思ったが、そのグレンは確信した。やっていると。


「こりゃ中々の塩ですな!」


「そうでしょうそうでしょう!」


 塩の出来は良くも悪くもない極普通のもので、グレンの見立てでは、確かにこの値段でもこれなら利益は出る。が、領主軍に持って行けばもっと利益が出る筈なのに、それをしていないのは、商人としてあり得ない。絶対に。正攻法で利益が出る方を選ばないなんて、それはもう商人ではないのだ。


「勿論壺の中身は全部塩ですよね? 嘘だったら御上が全部没収だけど分かってる?」


「そりゃそうですよ!」


「では一壺下さい」


「はいまいどあり!」


 一瞬行商の目が泳ぎ、ちらりと裏道を確認したのをグレンは見逃さなかった。


「はい代金。これで契約成立ね。じゃあこの壺にします」


「あ、ちょっと!?」


 グレンは一方的に代金を渡すと、行商がサンプルに持って来た壺ではなく、後ろに並べている壺を手に取った。


「あ、手が滑っちゃった!」


「あ!?」


 ついうっかりグレンが叩き落した壺は、彼の力と地面に耐え切れず、それはもう見事に砕け散ってしまった。少量の塩と、大量の


 砂浜の砂をまき散らしながら。


「ぺろっと。な、なんだこれはー! 砂じゃないかー!」


「て、てめえなにしやがる!」


 グレンは素早くしゃがんで、分かっていながら砂を舐めると、大声でその驚きを表現したが、愛想のよかった行商の方は、顔を真っ赤にして彼に掴みかかろうとした。そう、した。


「ちょっと! これはどういう事!?」

「俺達を騙そうとしたな!?」

「ふざけんじゃねえ!」

「衛兵! 衛兵を呼んで!」


 だがそれは、いつの間にか行商を囲んでいる市民達に囲まれ不可能だった。


「捕まえろ!」


「ひっ!?」


 騙そうとしたなら、バレた時の覚悟をしているはずだ。それなのに悲鳴を上げた行商は、屈強な男達に殴り倒され、そのまま通りかかった衛兵に連行されてしまった。


「な? 詐欺師だっただろ?」


「おいそれ……」

「まさか……」

「ひょっとして……」


 そんな騒動の中、こっそり抜け出したグレンが、やれやれと肩を竦めながら三人娘の元に戻るが、彼女達の視線はグレンの顔ではなく、彼が手に持っている壺、もっと言うと行商が最初にサンプルとして持って来た壺と、行商に渡したはずの金に注がれていた。


「俺ちゃんと言ったじゃん。嘘付いたら御上が全部没収だって。はい壺を御上が没収。金の方は、まあ小遣いかな。けけけ」


「ぬお!?」

「不敬です」

「小遣いだと!? 子ども扱いするな!」


「けけけけ!」


 グレンは嫌味な笑いをしながら、壺とその代金をルーナに押し付けた。彼はまだルーナの正体を完全に把握している訳ではなかったが、まあ王族だろうから御上が没収したのに間違いないだろうと、御上が没収したとして献上したのだ。


「だがこれは砂なのだろう?」


「傭兵の意地汚い勘だがね。それだけ全部塩さ。多分な」


 ルーナの問いに気持ちよく笑っているグレンの勘は当たっていた。この壺だけが全て塩で、行商が疑われた際に使う非売品だったのだ。


「妙に釈然とせんな……」

「はい」

「子ども扱いを取り消せー!」


「なに言ってんだ。俺ぁ一流の傭兵だぜ? 汚いやり口上等、正攻法も上等、両方上等で一流なのさ」


 タダで手に入れた塩なのだが、グレンの手際に釈然としないものを感じながらも、ここ数週間、傭兵のせいですっかり逞しくなった少女達は、まあ金が浮いたならいいかと納得するのだった。


「だが小遣いだと? その内妾達に、小遣い下さいと言わせてやる」

「はい」

「子供じゃなーい!」


「けけけけけ! そりゃ楽しみなこった!」


 しかし小遣い発言はいただけない。後年この時のことを、グレンは深く後悔するのであった。

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